第四話
「ん!」
両手で掴む小さな握り飯には、大好きなトマトソースで柔らかく煮込んでる肉片が入っていた。料理長が僕の好物だからと、よく握り飯に入れてくれるのだ。
ちなみに、形は丸く、前世の記憶でぼんやりと思い出すおにぎりのような三角ではない。
嬉しくなってにこにこはむはむと食す。
米は、基本的に平皿に盛られ、フォークで掬って食べる物だが、握り飯だけは手で掴んで食べるのが常識。
僕はもう三歳なので、フォームもスプーンも(多分)問題なく使えるが、手掴みで食べれる朝食の握り飯が米の食べ方としは一番好きだ。
「本当にあなたは毎度毎度‥‥。私がキュジラ家へ今日帰るのは決まっている事でしょう。何故そこまで絶望して『もう生きていけない』『死ぬしかない』と男のくせに泣くのです」
「だって一月も会えないじゃないかあああ!!」
「煩い」
マリア姉さんは、一月毎に、マギュロ家とキュジラ家を行き来している。
僕の母上から色々と学ぶ為らしい。
マリア姉さんの帰る十日くらい前から、毎回「あとたった十日で‥‥」「あとたった九日で‥‥」と、カウントダウン形式で、毎朝マルス兄さんが絶望して泣きながらマリア姉さんに縋り付くのだ。
婚約前のようにキュジラ家へ許可なく日参したら、即婚約破棄すると契約事項にあるらしく、明日からマルス兄さんは、マリア姉さんに一月会えなくなる事が決まっている。
「マリアあああああああ」
そんないつも通りな二人を気遣うことなく、好物を夢中で頬張り、二つ目の握り飯に口を付けていると、ふわりとした軽い感触が、僕の柔らかい髪の毛を撫でる。
「リアちゃん。マルスようになっては駄目ですからね。節度ある、常識を持った男に育つのですよ」
「マリアあああああああ」
マルス兄さんを踏み終えたマリア姉さんが、僕の頭を撫でながらこう言うのもいつもの朝食のお約束。
生まれた時から、何故かマルス兄さんがマリア姉さんに踏まれたり頬を張られたりしているのが日常だったから、特に疑問を感じたことがなく育った。前世の記憶をぼんやり思い出した僕は、なんとなく「これは普通じゃないけどマルス兄さんだから仕方ない」と妙な納得があり、引き続き、そういうものだと認識している。
「マリアあああああああ」
「うん」
「良い子ね、リアちゃん」
「えへへ」
「マリアあああああああ」
マリア姉さんは凄く優しくて良い匂いがするので、女の人の中で三番目に好き。
一番は母上、二番目はばぁばだ。
父上も母上も、二人の兄も使用人達もみんな、ばぁばの事をばぁばと呼ぶので、ばぁばの名前は知らない。ばぁばと呼ぶが、多分、血の繋がった祖母ではなく使用人なのだと思う。
小柄でふっくらとした体型でかなり年老いて皺が多いばぁば。
だけれども、誰より、ハキハキシャキシャキしており、父上でもたまに怒られる、誰も頭の上がらないお婆ちゃんだ。
「マリアあああああああ」
そんなばぁばが、用を終えたのか、マルス兄さんの声が聞こえたからか、食堂に戻ってきて、そのままスタスタとマルス兄さんの元へ一直線に歩く。
スパーンと良い音が鳴る。
ばぁばが「マリアあああああああ」と喚いていたマルス兄さんの尻を張る音だ。
マルス兄さんが、スクリと無言で立ち上がる。
そして、トボトボと食堂から出て行った。
多分、ばぁばに怒られるのが怖いのだろう。僕もばぁばのお説教は怖いもの。
「さあさあ、皆さん、今日はお早めに朝食をお済ませ下さい。マリア様のお荷物も積み終わりました。旦那様とマルス坊っちゃんの出立の準備も整えておりますよ」
「ああ、ばぁば有難う」
「ええ、有難う」
「わかった」
「有難うございます」
最初に返事をしたのが父上で、その次は母上、ルーク兄ちゃん、マリア姉さんの順だ。
そう、父上も母上もルーク兄ちゃんも最初からこの場にいた。
父上も母上もルーク兄ちゃんも、先程まで自身の息子、自身の兄であるマルス兄さんが、婚約者のマリア姉さんに足蹴にされていたが華麗に無視していたわけだ。
我が家の誰も婚前からのマルス兄さんの行いを止められず迷惑を掛け続けた。いや、掛け続けている。だから、自ら身を捧げ婚約者になってくれたマリア姉さんのやることには、我が家の誰も一切口を出さない。否、出せない。
「父上もまりゅ‥‥まるしゅ‥うーん‥兄しゃん‥もお出かけにゃ‥にゃの?」
呪いの影響が今日も濃い。
歯は生え揃っているのに何故こうも舌が回らないのだろう。
「そうだよ。父上とマルス兄さんは、悪い奴をやっつけに行くんだよ」
「しょっかぁ。りゅーく兄ちゃんはお家にいりゅ‥る?」
「ああ、いるよ。本当は俺も行きたいんだけど父上がお許し下さらないからな」
ルーク兄ちゃんが、今日も眩く光り輝きながら優しく答えてくれる。
本当にキラキラだ。
「当たり前だ。いくら最強だと方々から言われたとしてもお前はまだ十歳の子供だ。戦場に立たせるわけがないだろう」
「残念です。早く年を取りたものです」
「あらあら、ルークってば。年を取りたいだなんて若いから言える台詞ね」
「お前はいつでも綺麗さ」
「ふふ、旦那様ってば」
父上がいつものように母上を褒め称え、母がコロコロと笑う。
仲良しだ。
僕は、お口をばぁばに拭いてもらっている。
ご飯粒も残さず握り飯を食べたので、ばぁばに「綺麗に食べれましたね」と、褒めて貰えてご機嫌だ。
そんな朝食を終え、玄関前に全員が揃う。
キュジラ家へ帰るマリア姉さんの馬車が二台並ぶ。
その馬車の前には、父上とマルス兄さん、それから同行する家臣達の馬が勢揃いしている。
僕は、父上に抱っこして貰っている。
「では、行って来る」
「ご武運を」
「ご武運を父上」
「皆様ご武運を」
「マリアああああああ」
出立となり、僕は父上の腕の中からルーク兄ちゃんの腕の中に引き渡される。
「父上、早く帰ってきてね」
「ああ。良い子にしていなさい、リア」
「マリアああああああ」
そして、マルス兄さんが首根っこを父上に掴まれ、馬の方に引き摺られて行く。
「マリアああああああ」
「煩い。早くお行きなさいな。それ以上喚けば、婚姻を一年引き伸ばしますよ」
「そんなああああああ」
「また‥‥。喚くのですね」
「‥‥」
「宜しい。一月後には戻って参ります。それまでに、敵を黙らせてらっしゃい。わかりましたね、マルス」
「わかった‥‥」
「ご武運を」
無事出立した父上達を見送り、マリア姉さんのお見送りも終える。
三歳の僕は、悪い奴が誰かも知らないし、我が家――城から出たことがないので、戦場が何処にあるかもわからない。
だから、今回の戦線で、均衡していた状況に変化が起こる事も、起こった後も、何も知らずにいつも通り、にこにこふわふわと平和を謳歌していたのだ。
転生したこの世界が、どういった世界かもまだ知らずに――。
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