第35話 留学生
登場人物のおさらい
マルコ・キュジラ
エドゥ王国 キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
アイク
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。黒髪で目は青い。ルキウスを信奉している。
イーサン
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。南部に協力し、映像と声を届ける魔道具を装着中。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十二歳。人より神に近い超人。
メッダカ
メージ王国 メダッカ家の当主。西の特区を領地内に持つ。
ルキウス・ムカディエ
北部の中央にある北唯一の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。
メージ王国、西の特区内にある迎賓館にある会議室に、南北の担当者が揃い席に着いていた。
金色の髪に白い肌の北の貴族や役人が並び、向かいの席で厭らしい笑みを浮かべている。
その一番端の席に、今回の留学生の代表として、黒い髪に碧い瞳の少年が一人座っている。
(この子が……)
マルコは、事前にイーサンより得ていた情報から、この少年がアイクなのだと確認した。
アイクもまた、ルーク君と同じ年だと思えない程、イーサンのように小柄だった。
(軍関係者には事前に通達していたが、給仕をする使用人はかなり動揺しているな……)
黒い髪に碧い瞳。
その容姿から、親のどちらかが、北部の人間であることは明白だった。
この情報を知らされていなかっただろう、飲み物を給仕していた使用人の幾人かが、アイクを見て動揺し動きを止め、顔が強張る場面を心痛な面持ちで見守る。
「事前に同意して頂いた通り、留学生のみの受け入れで宜しいですね」
この会談の南部の代表であり、この西の特区を預かるメッダカ殿が、念には念を入れ確認をする。
南部に留学するのは、留学生のみであり、決して北部の無礼者共の同行という名の監視や間諜が無い事を。
「ええ、事前に決めた通りに。これを期に、北部と南部の融和への一歩としたいものです。そしていつの日か、三百年前のお互いの誤解を解きたいものですね」
「貴様っ!!」
大袈裟に雄弁に語った北部の貴族の一人の挑発に、メッダカ殿が激昂する。
いや、南部の全員が一瞬で殺気立った。
「いやいや、失礼。ご機嫌を損ねましたかな。ですがね、我々は北部と南部の融和……女神様の悲しみに触れる前の時代の和平を目指しているのですよ。この留学もその一環。南部の方は争いを望むと?」
この「はい」とも「いいえ」とも言いたくない状況に苦汁を嘗める。南部の全員が。
ふっと鼻から息を吐いたメッダカ殿は、流石の御仁。空気を一掃し、肩を張りこう言った。
「いえいえ、我々も和平を望んでおります。北の地に住まう同胞が、故郷に己の意思で自由に移り住むことの出来る……そんな和平をね。さて、その足掛かりとなる今回の留学ですが、定期的に行われるものとし、今回はその記念すべき一回目。期間は最初ですから一ヶ月間。決めていた通りに進めましょう。何か懸念点があればどうぞ。なければ早速、協定書に署名をしようではありませんか」
「懸念なんてとんでもない! ええ、ええ。署名を致しましょう。和平を望まれる南部の方が、協定を破るなんてしないと思っております故」
どこまでも馬鹿にした男だとマルコは眉を顰める。
チラリとアイクを見るが、彼はこの場で発せられたどの言葉にもそう言えば反応していない。
表情も崩れることがなく、不機嫌でも機嫌が良くでもなく、姿勢を正したままだ。
協定書の署名が双方終わり、留学生の代表としてアイクが前に出た。
「アイクと申します。私の祖先はマギュロと言う国に住んでいたと聞いています。黄金人に仕える栄誉を賜っている我々元南部の者は、皆、南の故郷の地の名を先祖から口伝されているのです。是非、私を含む留学生各員が故郷の地を増える機会を与えて頂けたら嬉しく思います。和平の一役を担えるように務めます。どうぞ、宜しくお願い致します」
何の邪気もない品のある笑顔。奴隷とは思えない程の丁寧な、そして――理解し難い箇所を含む口上に、南部全員が動きを止める。
イーサンの監視で、事前に理解していたとは言え、是程までか……と、マルコは、これからの日々に気が遠くなるようだった。
今夜は、旅の疲れもあるだろうと、留学生も北の貴族や役人と同じ建物に宿泊しているので、下手に接触はしない。
軍の諜報部隊にも、監視のみで見守るだけに留めるように通達されている。
イーサンの監視でいろいろな情報を事前に得ていた。
彼は、親友のアイクや、アイクに影響され馬鹿げた思想に取り憑かれた若者達の仲間であるように振る舞うが、父親達……親世代の奴隷の情報網で入手した北の情報にも積極的に触れることの出来る子供でもあった。
親世代もわかっているのだろう。イーサンが、奴隷となっても南に祖先を持つ己等の矜持を失っていない事を。だから、親世代の北の情報を共有する話し合いの場に父親に連れられ同席していても彼等は何も言わない。
奴隷だって馬鹿じゃない。親世代は、ルキウス・ムカディエが、アイク達を使って、奴隷の不穏な動きがないかを探っているのはわかっていた。いや、わからざる得ないほど、彼等は赤羅様に聞いて回っていたのだ。だから、親世代は、アイクやその仲間達の前では、一切そういった情報を口にしない。
イーサンは、親世代に信頼されている。
親世代の奴隷達が一切この件で罰せられていない事で、口には出さないが親世代は理解していた。イーサンが、得た情報をルキウス・ムカディエに渡すような愚かな行為を犯していない事を。
全てがお互いに暗黙の了解で回る。奴隷生活で培った生きる術なのだろう。
幼いながら、沈黙を守り、口には出さず立ち回る。
とても賢い子だ。
小さな情報を繋ぎ合わせ見えてくるのは、ルキウス・ムカディエによる中長期的な策略。
フジー大街道での南北線戦。
武力で以って、南を破れないと悟ったルキウス・ムカディエは、奴隷――留学生――を使って、内部から戦争を仕掛けようとしている。
武力ではなく、武力ではないもので。
南部は、それをわかった上で、留学生を受け入れた。
――鍵はアイクだ。
束になった書類。今まで集めた情報を分析しまとめたそれを、もう一度頭に刻もうと目を落とす。
今夜もまた眠れないな、とマルコは思うのだった。




