第34話 留学生
登場人物のおさらい
マルコ・キュジラ
エドゥ王国 キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
イーサン
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。南部に協力し、映像と声を届ける魔道具を装着中。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十二歳。人より神に近い超人。
ルキウス・ムカディエ
北部の中央にある北唯一の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。
アイク
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。黒髪で目は青い。ルキウスを信奉している。
(とうとうこの日が来たか……)
北部からの要請により、奴隷として囚われている北で暮らす同胞五名が、留学と言う形で南部にやって来る日となった。
マルコ・キュジラは、複雑な思いで、部下や軍関係者と船の到着を港で待っていた。
今回の留学生の中には、例の少年もいる。
名は、イーサン。
数ヶ月前、北部の役人の側仕えとして特区に滞在し、密かに接触したルークが映像と声を届ける魔道具を装着。この数ヶ月ずっと監視していた奴隷となっている少年だ。
イーサンから得た北部の奴隷の現状は、想像以上に酷いものだった。
衣食住のそのどれもが粗末で、イーサンの語る北部の同胞の置かれている立場は、怒りを覚える事ばかり。
ある日、イーサンの父親が顔を腫らして仲間に担がれ帰宅した。
どうやら、北の貴族は、移動中で近くに便所がない場合は、出門便器と呼ばれる、排泄用の足のない馬のような形で、背の部分に穴の空いた陶器を持ち歩くらしい。
イーサンの父親は、出門便器の清掃や北の貴族の尻を拭く糞尿係。
その日は、北の貴族の機嫌が悪かったのか、理不尽な言いがかりを付けられ、顔や体を蹴り飛ばされたらしい。
帰宅までの三日もの間治療の魔法を使う事も許されず、粗末な小屋の板張りの床に寝かされた父親は、仲間達の懸命な治療魔法で数日掛けてやっと治療をすることが出来た。
その光景で、北の同胞達は、代々北の貴族達の目を盗んで、魔法を共有し受け継いでいた事がわかった。
一般的な現在の魔法での治癒は、表面的な怪我なら時間もそう掛からず治る。深い傷や骨折でも、治癒の魔法の腕の良い者であれば、一時間も掛からず治せる。
だが、彼等が受け継いで共有してきた治癒の魔法は、南北が袂を分かつ事となった三百年前の古い魔法のまま。腕の骨折もしていたイーサンの父親の治療は、数日を有すものだった。
そういった北の同胞が理不尽に暴力を振るわれるのは、珍しい事ではない。
奴隷達が暮らす隔離場では、三日に一度程の高い頻度で、イーサンの父親のように怪我をした同胞が治療もされず運び込まれて来る。
その光景をイーサンに装着した魔道具越しに監視していた部下達は、またイーサンと接触することが出来た場合は、最優先で現在の治療の魔法の感覚を共有させようと、声を震わせながら誓い合っていた。
イーサンの現在の立場は、二重間諜だ。
我々、南の監視対象者でありながら、北の貴族ルキウス・ムカディエに忠実に仕える奴隷。
イーサンは、かなり慎重な性格のようで、南部に魔道具を通じて情報を渡している事を家族にさえ漏らすことはなかった。
「大隊長、船が見えてきましたね」
「……ああ」
部下の言葉に答えながら、留学生の到着を見守る。
検疫など、それなりの時間が過ぎ、留学生の一団が港に降り立った。
「一番右の……あの少年が彼ではないですか?」
「そうだろうか……」
粗末な暮らしを送る隔離場には、鏡などない。
木桶に溜めた水面に歪んで映る時、ルキウス・ムカディエの出迎えや送りの時に、磨かれた馬車の側面にぼやけて映り込む程度でしか我々はイーサンの顔を知らない。
彼に装着した魔道具は、首飾り型だから、彼の見ているだろう景色しか我々には届かなかったのだ。
「ルーク君。一番右側の少年がイーサンかい?」
顔の確認の為に同行してもらった、ローブを深く被り顔を隠したルーク君に確認をする。
「はい、彼がイーサンですね」
魔道具越しに、声で自己紹介をしてくれたイーサン。
彼は、自分は十二歳だと言っていた。
今、私の隣りにいるルーク君も同じ十二歳だ。
だが、初めて目視したイーサンは、十歳くらいの子供に見える程にルーク君よりかなり小柄だった。
ずっと、栄養状態が悪く、少ない食料で育った影響だろう。
想像していたよりもずっと華奢な姿に……心が痛む、そして、北部への怒りが沸き立つ。
引率してきた北の貴族や役人達と引き継ぎの会談がこれから始まる。
マルコは、煮え滾る怒りと痛む心を隠しながら、会談の場へと足を進めるのだった。
二度目の、南部の港に降り立ったイーサンは、不安を隠せずにいた。
(この魔道具ちゃんと起動していたのかな……)
女神様のように美しいルークと言う少年が渡してくれた首飾り型の魔道具。
その場で不可視化の魔法を掛けて貰い、それからずっと装着している。
ほんの僅かだが、常に魔力を吸われているような感覚があるので、ちゃんと起動しているのだとは思うが、それを確かめる術はなかった。
きっと、数日の内に、また南の同胞――ルーク君だといいなぁ……――が、僕に接触してくれる。
その時に、この不安が解消されるのか、上手く起動せず無駄だったと残念な結果となるのかがわかるだろう。
もし、上手くいっていたなら、この魔道具を通じて、北の思惑の一部は伝わっているはずだ。
前回、役人の側仕えとして南部の特区に同行し、北部へ帰還した時、隔離場にいるはずの親友アイクの姿が見えなかった。
親に聞いた所、お貴族様に呼ばれて隔離場を出て一月以上帰っていないのだと聞き、不安だった。
僕が帰還して二月過ぎた頃、漸くアイクは帰って来た。
ただでさえ、ルキウス・ムカディエにより間違った思想を抱いていた親友は……もう僕の知るアイクではなくなっていた。
『イーサン、穢れた血は浄化しなければいけないよ』
綺麗な光を失ったような……なのに、暗い光を爛々と輝かせるような碧い瞳の親友。
妙に姿勢良く、気味の悪いくらいに穏やかな微笑と話し方をするようになったアイクは――僕の知る、笑顔を失っていた。
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今日から通常通り更新します!




