第32話 荒療治
登場人物のおさらい
リア・マギュロ
主人公。エドゥ王国 マギュロ家の三男。五歳。転生者。
リック
リアの初めての側近。十二歳。マギュロ家使用人八門の八門の出。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十七歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十二歳。人より神に近い超人。
「ヒック……ヒック……うえっ……びえーん」
今日も駄目だった……。
初めて魔法の実践に挑んでから毎日どんなに頑張っても――僕は魔法を行使できなかった。
側でリックがあらゆる言葉で慰めてくれるが、この頃は癇癪を起こし泣き喚いている。
涙が止まらない。
出来ないことが悔しい。
マルス兄さんやルーク兄ちゃんの弟なのに。
リックみたいに魔法を使いたい。
……何で僕だけ。
そう思うと、涙は次から次へと溢れてくるし、どうしようもうない気持ちを紛らわすように泣き声は大きくなってしまう。
まだ五歳児だから感情の抑制が出来ないからだとか、遠い記憶の隅にあるそんな一般論も虚しく……それでも僕は泣き叫んでしまう。
今もこうして、抱き締めて背中を優しく撫でながらリックは僕を見捨てずに側にいてくれる。
その優しさに、「リア様なら必ず魔法を使えます」と言う期待に応えたいのに……。
そんな時だった。
「リア!」
ルーク兄ちゃんがこちらに駆けてきて、その向こうからマルス兄さんが歩いてくるのがリックの肩越しに見えた。
「うううっ……にいちゃ……」
リックと入れ替わるように膝を付いたルーク兄ちゃんに抱き締められる。
「よしよし。大丈夫だよ。今日はね、兄さんの発案で試したい事があって来たんだ! 上手くいけばリアが魔法を使えるようになるかもしれないよ!」
「!!!」
驚いて顔を上げると、目の前にキラキラと輝くエフェクトを纏ったルーク兄ちゃんの顔。
今日も兄ちゃんは美しい。
次の日、馬車に乗りやって来たのは、城から二時間程離れた場所にあるマギュル家の領軍拠点の一つ。
ここは、頑丈な石壁がそれなりに広大な土地を取り囲む訓練場で、接近戦による模擬戦で、中隊規模が相対しても大丈夫なくらい広い土地。
いつもより早く起きたので、まだ少し眠い僕はうつらうつらしている。
兄さん達の側近達に護衛も含め城から一緒に移動してきたので結構な大所帯で訓練場を歩く。
でも、僕はマルス兄さんに抱っこして貰っているので、この揺れが気持ちよくて寝てしまいそう。
「よし、この辺りで良いだろう」
マルス兄さんに「リア、着いたぞ。起きて」と頭を撫でられ、眠い目を擦りながら目を開ける。
そこは、綺麗に均されたとても広い整地の真ん中だった。
「わぁ! ひろーい!」
五歳まで城から出たことがなく、五歳になっても殆ど城から出ない僕は、これ程までに広い何も無い空間が初めてで、素直に感動していた。
そして、僕は一気に目が覚め、欲望が我慢できなくなる。
マルス兄さんに地面に降ろして貰い……いざっ!!!
「きゃーーーーーーーー!!」
走った。
どこまでも続いていそうな地面を精一杯蹴って走った。
だって、走らずにはいられないだろう。
抗えない“走らなきゃ”と僕を唆す本能が僕を許して“早く!”と、急かすのだから。
後ろから「リア様っ!」と、リックや護衛が走ってくるのを見て、追いかけっこみたいで楽しくて、嬉しくなって走る。
そうしていたら、ルーク兄ちゃんがいつの間にか隣りにいて「競争だ!」と言ったので、僕はまた夢中で走る。
そうして、疲れるまで走った僕は、ルーク兄ちゃんの抱っこで、マルス兄さん達がいる場所へ戻った。
「リアは足が速いな! 楽しかったか?」
「うん!」
にこにこ笑顔のマルス兄さんに笑顔で返事をして、リックに汗を拭いて貰う。
昔、ばぁばが汗を拭ってくれていた時は、ゴシゴシと拭かれていた。力強いので、その動きに合わせて僕の体が揺れるのが楽しくてそれも大好きだった。
けれど、リックはポンポンと優しく押すように汗を拭ってくれる。体は全然揺れなくてその違いに驚いた思い出がある。優しくポンポンされると、心地良くて僕はリックに汗を拭って貰うのも大好きだ。
「さて、そろそろ始めようか」
マスル兄さんがそう言って、僕とルーク兄ちゃんの手を引いて、側近や護衛が集まる集団から離れた場所へ移動する。
今日は、魔法が使えない僕が魔法を使えるようになるかも知れない方法を試すのだ。
昨日、マスル兄さんとルーク兄ちゃんが、そう言ってくれて、僕は今日が待ち遠しかった。
その方法は、明日まで秘密だと言われたので、期待は増し増しだ。
「この辺りで良いだろう。リア、きっと上手くいく筈だ。ルークの言う通りにするんだよ。でも、もし出来なくても気にするな。また別の方法を考えてやる。お前は私の可愛い弟なのだから、焦らずとも良い。気楽にな」
そうマルス兄さんは言うと僕の頭を優しく撫で、僕とルーク兄ちゃんを残して集団へ戻って行く。
僕がドキドキしていると、ルーク兄ちゃんが言う。
「よーし、リア! 兄さん考案の取って置きの方法を試そう! まずは、両手を空に向けて伸ばしてみて」
「うん! こう?」
「そうそう! そのまま手を挙げていてね!」
ルーク兄ちゃんは、僕の背面に回り、僕の左右それぞれの手に添わせるように手を重ねた。
僕より大きく、気持ち良いくらいすべすべした兄ちゃんの手も、兄ちゃんの顔と同じく光を纏ったエフェクトで輝いていた。
リア様とルーク様を残して、マルス様が戻っていらした。
「次代様……どういった事をこれからされるのでしょうか?」
リア様の事が心配で、私は次代様に恐る恐る尋ねる。
次代様も若様も、リア様を大層可愛がっていらっしゃる……のは重々存じているのだけれど、底知れぬ不安が今回は込み上げるのだ。
今までも、城の一角で魔法を行使しようと頑張るリア様に、あれやこれやと助言を下さったり、魔法の感覚の共有をお二人共手伝って下さったり。
愛する末の弟の為にと心を砕いて下さっていた。
だが、これまでは何をするにしても、事前に説明があったのだ。
ところが、今回は違う。
具体的に何をするかは、明日まで秘密だと言われ、城から出て、軍の訓練施設まで赴く事になった。
旦那様も奥様も……特に奥様は、昨夜の夕食でかなりお二人を訝しんでおられた。
『マルス、本当にリアに危険はないのでしょうね?』
『大丈夫ですよ。リアには傷一つ付けませんとも!』
奥様は、しつこく食い下がり、具体的に何をするのか聞こうとしていたが、次代様は『秘密だ』と、濁されるばかり……。
次代様の側近の同僚が『こういう時は、我々の常識外の事をされる可能性が高い。気を付けた方が良いぞ……』と耳打ちする程だ。
リア様の安全が最優先である。
もしもの時は、直前だろうが体を張って止める。
次代様の返答の次第に拠っては、リア様と一緒にいる若様を止めるべく駆けつけれるように、足全体に筋力を強化させる魔法を行使する。
「ははは。リックは心配性だなぁ。心配するな。弟の為を思えばこそなのだから」
次代様はそう言って私に向けていた顔を、リア様とルーク様の方へ向ける。
「ルーク! やれ」
離れている若様へそれなりの声量で次代様が指示を飛ばす。
え? と思った瞬間、リア様と若様の辺りから魔力と思わしき波動が全身を震わせ私の体に衝撃を与える。
そして、瞬く間もなく、リア様の掲げている手から、とんでもない魔力量の……魔力の塊のような……魔力の柱?のような……。とにかく、若様による超特大の見たことがないような攻撃魔法が天へ向け放たれた。
魔力の行使に慣れない幼い内は、出力の大きい魔法の感覚を共有させる事は危険だ。
特に、大きな魔力を使う魔法の共有は最も危険で、魔法を共有する感覚に異常が出たり、あまりに慣れない……刺激の強い感覚の共有に、意識を失う事もあると言う。
私は唖然としながら、得体の知れない者を見るように次代様を見た。
その気配を察した次代様は、私を見ていつもより片側の口角を上げながらこう言った。
「荒療治だ」




