第30話 ルキウス・ムカディエ
登場人物のおさらい
ルキウス・ムカディエ
北部の中央にある北唯一の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。
アイク
ムカディエ家の奴隷の少年。黒髪で目は青い。ルキウスを信奉している。
ラファエル・ヘービ。
ウッシ王国の貴族家長男。膨大な魔力を持ち、自国の姫を救った英雄。
ルキウス・ムカディエは、浮足立って王城のとある場所を目指し歩いていた。
(計画通りだ。これで、兄を追い落とし当主になる未来が見えてきたのではないか?)
ほくそ笑みながら、この二年間を振り返る。
ルキウスは、南の蛮族共との国境であるフジー大街道の南北線戦で監督をしていた。
だが二年前、今や北部で“化け物”と畏れられる(多分)少年により、大敗北を期してしまった。
あのまま監督の役職を継続していれば、思い描いていた未来は潰えていただろう。
ルキウスは、軍に入る前から、軍事作戦に活かすため、人の行動心理を長く研究していた。
北部の支配者であるネッコ王国は、北部の中小国を従わせる為、下位中央議会の議席を争わせ国力を程良く削いでいる。
だが、放って置くとなかなか奴らは戦争をしたがらない傾向が強いので、ネッコ王国は様々な策略を仕掛け、中長期的な計画の下、争わざる得ない状況を生み出続けてきた。
そういった策略の資料を研究することで、ルキウスは、人の行動心理の面白さ――特に、どうすれば人を意のままに操れるのか――に気付きのめり込んだ。
属国と変わりない北部の中小国を相手にしても、あまり大きな手柄にはならない。
やはり、南の蛮族相手に手柄を挙げなければ。
そうして得た役職が、南北線戦の監督。
国境線を破ることもなく、破られることもなく。
三百年の間、戦線は動かず、膠着状態だったからこそ、もしここで大きな手柄を挙げることが出来れば、それはルキウスの未来を輝かしく光らせる。
丁度良く英雄などと煽てられたウッシ王国の下位の貴族ラファエル・ヘービ。
こいつを使って輝かしい未来を手に入れる足がかりにしようと思ったが、南の化け物により呆気なく潰えた。
責任を問わされるのを回避するために、急ぎウッシ王国の軍上層部を責め立て無事逃げ切り……前から目障りだった、自分が監督していたならこんな無様は晒せなかったと豪語し自分を見下す同期に、それならばと役職を譲ったのだ。
今や、奴は全く戦果を挙げられず責められていると言う。
この二年、ありとあらゆる伝手を使い、様々な準備を施してきた。
人の行動心理とは面白いもので、恐怖や脅迫、人質などを用いる方法よりも、感謝や信仰といった対象自身に肯定させる方向に洗脳するほうが、時間は掛かるが良い結果を得ることが出来る。
これは、埃を被った誰にも目に留められなかった過去の研究者の資料を見つけたことが切っ掛けだった。
それまでは、恐怖や脅迫、人質などを用いる方法の有用性に興味を持ち研究していたが、その真逆を取るようなこの方法は、試してみると実に有用だった。
特に、虐げられていたり、家格や地位、財力などがないために見出されなかった者達に良く効いた。
絶望したところにさっと手を差し伸べる。
一時の光である時もあれば、ある程度継続的に照らしてやった時もあるが、彼等は感謝という言葉を以って、ルキウスを敬い、ルキウスの知らぬところで味方となり、決して――裏切らない。
あの南北線戦の大敗北で監督としての責を問われそうな時も、彼等が密かに援護してくれていたと後から知った。
だから、長年温めてきた計画を実行すべく動いた。
最も虐げられている者達を使って、南の蛮族を内側から壊す。
その為に、奴隷と直接言葉を話したり、同じ空間にいる事を許容しなければならなかった。
煩わしく汚く見苦しい存在である奴隷。
だが、我慢を重ね時間を掛けたこともあり、ここまで来ることが出来た。
「ムカディエ様、こちらでございます」
城の使用人に案内されて入ったのは、奥まった人気のない場所にある部屋。
そこで待っていたのは、ネッコ王国の第三王子ロバート・ネッコだ。
透き通るような白い肌と中性的な儚さの顔は美しく、美姫と言われた母親の面影の濃い王子だ。
「ロバート殿下におかれましては――」
「ああ、挨拶はよい。余り時間もないのでな。早速だが報告を聞きたい」
促され、礼を取りながらロバートの正面に座り、先程受け取った書面の報告をする。
「なるほど。では、順調に事は進んでいるのだな」
「ええ、勿論で御座います。南は、奴隷のみの留学を許可するとのことです」
「予想通りではあるが、奴隷共は本当に裏切らないのだな?」
「ええ、その為にこの二年たっぷりと時間を掛けましたから」
事が上手く行き、若干緩みそうになる頬に力を入れるルキウスを値踏みするように見ていたロバートは、少し間を置いて話を続ける。
「それで、例の奴隷だが……本当に神殿から反感を買わないと言えるのか? やはり隠したままでいた方が良いのではないか? その奴隷を使わずとも代わりの奴隷を使った方が良いのではないか?」
矢継ぎ早に質問をするロバートの不安がる様子を悦に浸りながら微笑を絡め頷き聞いていたルキウスは、今度こそ緩む頬を押さえることが出来なくなる。
ルキウスの口角が上擦っていく様を目の当たりにしたロバートは、苛立ちを眉間の皺に現す。
それを待っていたかのように、ルキウスは口を開いた。
「殿下、実は既に神殿のお許しは頂いているのです」
ルキウスの言葉に、ロバートは驚き目を瞬かせる。
「蛮族の色は濃く出ておりますが、半分は尊き黄金人の血。アイクは、見事に神殿の裁きを耐え抜き、許しを得たのですよ」
蛮族の黒い髪に、黄金人の碧い目を持つ奴隷の少年アイク。
全くこちらを疑うことなく信奉する、真っ直ぐなアイクの碧眼を思い浮かべ、ルキウスはまた頬の緩みを一層大きくさせたのだった。




