第28話 監視
マルコ・キュジラとその部下達は、今日も悲痛な思いで映し出される映像と音声に目と耳を酷使していた。
『これから入るのが隔離場にある僕が家族と住む家です』
雨風を凌ぐ屋根も壁もあるが、見るからに薄い板で出来たその家は、机も椅子もなく、土の上に板が敷かれただけの床が見えた。
広さは、荷馬車の荷台を少し大きくした程度。
毛布らしきものが折りたたまれた隣にある、部屋の隅の三つの木箱に少年が手を伸ばし、順々に中身を漁る。
そこには、服や下着がいくつかと、紐やら手芸道具などが数点など。
どれも、使い込まれ粗末なものばかりだった。
『そもそも物がなく、殆どの物が奴隷全員で共有しています。個人で持てるものは多くありません』
ボソボソと小声で実況しながら報告をするのは、メージ王国の西の特区に、北の役人の側付きとしてやって来て、ルークが接触した奴隷の少年イーサンだ。
年は十二歳。
マルスがマリオに作らせた映像と音声を届ける首飾り型の魔道具を通じて、北の現状を密かに、必死に報告してくれている。
魔道具の特性上、首飾り型の魔道具は、一度外せば不可視化の効力が解けてしまうので、常時イーサンの行動を監視し続けることになる。
用を足すような場面も含まれ、この年頃の少年には心休まる時がなく辛い生活だろう。
イーサンから発せられる情報のそのどれもが心を痛めるものばかり。
北の同胞の置かれる立場は、想像よりも酷さの際立つものばかりだったのだ。
ルキウス・ムカディエと呼ばれる北の貴族の男がいる。
イーサンの親友のアイクと言う少年を中心に、ルキウス・ムカディエを信望し、若者を中心に北の蛮族を“黄金人”などと言い、仕えている。
その異常さは、自分達を黄金人の下だと認めているもので、見ていて辛いものがあった。
だが、人目を避け、イーサンが一人になった時に小声で語られる、奴隷となっても先祖代々絶やすことなく伝えられてきた南の祖先を持つ彼等同胞の矜持には、思わず涙を零す程に心を熱くさせるものであった。
女神様の御髪に色はない事などの正しい信仰感。
南部の同胞達は、北で語られるような蛮族ではなく、誇り高く、心優しい、文明的な種族であること。
各地の奴隷達の情報網から、未だに南北戦線は閉じられておらず、南の同胞達が自分達の為に北と戦い続けてくれていることを知っていた。
それを心の拠り所に、代々奴隷と言う立場に耐え抜き、希望を失っていない事。
「くそっ……。二年前、北の要塞が崩れた時に攻め入って北上出来ていれば今頃救えていたのかもしれないのにっ……」
イーサンの粗末な家の現状を見ていたマルコの部下が、拳を握りしめながら悲痛な声で心を吐き出す。
「誰もが同じ事を思っているさ……。堪えろ。わかっているから……」
「はい……。大隊長……すみません」
大隊長と部下から呼ばれている通り、一大隊を任せられているマルコは、もう何度も部下達から同じ言葉を聞いては、同じようにしか答えられない事に悔しさを重ねている。
ルークの一撃で北が瓦解した際、このまま攻め入ろうと言う意見は多かった。
だが、マルスがその多くの意見を説き伏せた。
「ルークはまだ未成年です。十五になり、正式に従軍してから攻め入る方が確実です」
その未成年を使ったのはお前だろうと誰もが思ったが、皆がルークを戦力の筆頭に思い描いていただけに、意見を押し通すことは出来なかった。
マルコ的には、マルス君が遠征でマリアに会えなくなるのが嫌で、正論を言っているようにしか思えなかったのだが……そう怪しんでも、未成年であるルーク君を戦場に連れ出すなど非情な事はしたくない。
もしもマリアが「北に進軍してくれれば婚期を早めるわ」と言えば、嬉々とルーク君を戦場の最前線に立たせそうなマルス君を心から信用など出来はしない。
「大隊長、この監視報告を明日の会議で共有するんですよね?」
「ああ」
マルコの横で報告書を纏めている部下が問う。
「今は、我が隊の一部の者……お前達と上層部の一部だけが、イーサン君監視の情報を持っている。明日の会議で、それを軍全体に共有する事になる」
「軍人全員がここに一度は来るって本当ですか?」
「ああ。ルーク君が十五になる年に我々は進軍する事になるだろう」
「え?! それは決定なのですか?!」
「あと二年ちょっとかっ……! 助けに行けるんだ!」
イーサンをはじめとした北の同胞達に心を毎日のように痛めていた部下達が沸き立つ。
それを目を細めながら見守り、一息付いてマルコは続ける。
「ああ。それも明日話し合われるが、その予定で備えていく事になるだろう。その為にも、軍人全員に一度はこの監視業務について貰い、実際に同胞達の置かれている状況を目で見て耳で聞いて貰う。ここ三百年、我々は進軍した事がない。南北線戦は要塞のあるフジー大街道上でしかなく、遠征経験が我々にはないのだ。今のように余暇はなくなり、常に戦線に置かれることになるだろう。戦意を保ち続ける事は非情に厳しい。我々が、何の為に進軍するのか。北に囚われている同胞達を救う為だ。その決意をここで固めて貰わねばならん。イーサン君を利用することになってしまうのが苦しいが……」
まだ十二歳の少年を、戦意の火種に使うのは心苦しい。
「大隊長。わかっています。俺達も同じ思いですから」
「ああ……」
戦線をこれから動かす切っ掛けを作ったのは、他ならぬ自身であるとマルコは思う。
マリアの手紙を使い、マルス君を使いこの現状を生み出したのだから。
誰よりも重い責任を感じながら、マルコは目の前の映像と音声を注視する。
自分の負う責任を果たす為に。




