第21話 奉告の儀
「わぁ……!」
澄んだ青空の中、ゆっくりと進む馬車の窓から見える沿道には、大勢の歓声を上げる人々。その背景には、石造りの建物が連なるように並ぶが、圧迫感はない。道幅が大きく十分な空間が取られているからかも知れない。
僕は、初めての外に感動していた。
生まれて初めて城の外に出たのだ。
「ふふ。リア、あまり窓に張り付くものではないですよ。落ち着いて」
興奮する僕を、母上が優しく窘めながら頭を撫でてくれる。
「はい、母上。いっぱい人が……凄いです」
「ふふ。そうね」
「皆、リアの奉告の儀を祝ってくれているのだよ」
「みんなが? 父上、何で?」
「マギュロ家は、元々マギュロ王国と言う一つの国だったからな。国民は今もその意識が強い。だから、マギュロ領の民達から見れば、リアは王子と言うことだ」
「王子……。そっかぁ。でも、僕は王子様じゃないよ」
「ははは。そうだな。でも、王子様みたいに皆がリアを大事に思っていてくれていると言う事だよ」
馬車の中には、父上と母上と僕リア。マルス兄さんとルーク兄ちゃんが騎乗で並走している。正装しているマルス兄さんとルーク兄ちゃんが格好良い。
僕も、今日はおめかししていて、マルス兄さんとルーク兄ちゃんが着ているのと似たような僕の寸法の正装を着込み、ちょっと大人の気分だ。
しばらくして見えてきたのは、真っ白く太い丸い支柱が並ぶ大きな建物――神殿だ。
集まっている大勢の群衆に笑顔で手を振り、家族で神殿の中へ足を進める。リックをはじめとする家族それぞれの側近達や、大勢の家臣など、かなりの人数が後に続く。
神殿は、中も真っ白な空間で、天上がかなり高い。
真っ直ぐ進んだ中央に、真っ白な祭壇がポツンとあり、そこには、稲穂や野菜に果物、動物か魔物かわからないけれど、角のような物などが所狭しと供えられていた。
その丁度真上にある天上が、円状にくり抜かれ、大きな硝子が嵌め込まれており、そこから太陽の光が淡く注がれている。
それは、とても神秘的で、厳かで……何かに引き込まれるような感覚が僕を隅々まで満たす。
その感覚に圧倒され続けていると「リア」と、父上が声を掛けつつ背中を優しく押した事に気付いた。
え? と思ってきょろきょろすると、祭壇の前にいる神官だろう人が優しげに手招きをしていた。
そうだった! 今日の手順は何日も前から練習していたんだ。
と言う事は……神官のお話とか、父上のお話とかは、僕が圧倒されている間に既に終わっていて、僕が祭壇前に行く順番がいつの間にか来ていたことになる。
あんなに練習したのに……と悔しい気持ちと、もう五歳なのに、と言う恥ずかしい気持ちで体が固まるが、「大丈夫よ、リア」と言う、大好きな母上の声で気を取り直し、僕は練習を思い出しながら、祭壇へと胸を張り背筋を伸ばし、堂々と足を進めた。
こちらへ、と神官に促され、祭壇の前で両膝を付いて、手を組み、練習した祈りの姿勢を取る。
ここで何を祈るのかは特に決まりはないと言われている。
だけれども、何かしらを祈らないといけないとも言われている。
(……女神様こんにちは。僕リア。五歳で……父上は凄くって、母上は大好き……マルス兄さんもルーク兄ちゃんも格好良くて、リックも大好きで、ばぁばも好きだし、七の花のお世話も好きで……えっと……えっと……平和が良いです)
誰一人の身じろぐ音も聞こえない静寂に、緊張と焦りとで、女神様に僕の大好きな人や物を知って貰わなきゃと何故か思い……途中でそれは“祈り”とは違うのでは?と、思い直し祈ったのは“平和”だった。
すると、体中がぽかぽかと温かくなり、大好きな母上に抱き締められている時のような幸せな気持ちが溢れ……わぁ! と思っていると、お腹いっぱいになりウトウトしている時のような抗えない眠気に襲われ……そのまま深い眠りに誘われた。
「リアっ!!!」
神殿に入り、ぽかんと口を開け、感動と圧倒とで面食らったような可愛い息子が、何度も練習した動きで祭壇へと向かう。その初々しくも一生懸命な姿に、普通の五歳児らしさを垣間見て心がほわりと温かくなった。
上手に両膝を付いて祈りの姿勢を取れた時には、練習でふらついて尻餅を付いたのを思い出し、息子の晴れ舞台に、込み上げる感動が全身を満たした。
だが、次の瞬間、過去に二度味わった光景が視界を覆った。
瞬きも出来ない真っ白な光。瞼を閉じても隠しきれない何もかもを包み、飲み込むような理不尽な光量が肌を確かに押したような質量を持って、空間を支配した。
ジゼル・マギュロがその瞬間思ったのは「三人目も?!」だ。
長男マルスの時も、次男ルークの時も、同じように奉告の儀で祈りの姿勢を息子が取った瞬間、目の前が真っ白になっていた。
女神様からの祝福で、魔力量に応じて、祈りの瞬間に体を中心に光が煌めくものなのだが、普通の子供は淡く光る程度。相当な魔力量があったとしても、目を開けていられない程の事はない。
長男マルスの時は、神殿全体が光り、領都の何処からでもわかる程の光量だったらしい。
次男ルークの時なんて、領都全体が光で覆われた。
とんでもない歴史的な出来事ではあったが、長男も次男も普通の子ではなかったし、どこか諦めのような納得があり「そうでしょうね……」と言うのが正直な感想だった。
だけど、三男のリアは違う。
上二人とは違い、甘えん坊で、泣き虫で、ついこの前まで舌っ足らずに頑張って喋る至って普通の子供だったのだ。
だから、こんな事想定していなかった。
まさか、三人目も上二人と同じように特異な結果を生むとは……。
それよりも……やっと目が慣れ、我が子を確認すれば、祭壇の前で次男のルークに抱かれて、意識を失っていた。
「ああっ! リアっ! リアっ!!!」
縺れる足をどうにか動かし、幼い息子に駆け寄ると、すうすうと幸せそうに寝息を立て、顔色も悪くない。だけれども、奉告の儀で意識を失うなど聞いたこともなく、ただ寝ているだけなのか、何か悪いことでも起きたのか判断もつかない。
女神様は、この子に何を背負わせたのだろうか……。
幸せそうな寝顔に、安堵できるわけもなく、ただ祈った。息子の無事を。無事だけを。




