第一話
大陸を横断するように連なるフジー大山脈の中央を、まるで真っ二つに割ったように山脈の途切れる山間がある。
硬い岩山に囲まれたそこは、南北を繋ぐ荒野が広がっており、南側のエドゥ王国と北側のウッシ王国とを隔てる国境地帯となっている。
荒野の中央付近には、それぞれの国の要塞が向き合い聳え立つ。その距離は、一キロ程。
両者の要塞の前には、兵達が荒野を挟んで向かい合っている。数はほぼ同数。八千といったところだろう。
この二つの国が、国境線を巡り戦争を始めて三百年以上となる。
「あの隣国の化け物も、我が国の新兵器の前では手も足も出ないだろうさ」
ウッシ王国の新兵器である魔導砲は、整列する隊列の中央に配置されている。
その大きさは、旧型の倍、大型の馬車よりも大きく、中央から飛び出ている砲身は、太く長い。
十名もの高魔力持ち達が、魔力を一年掛けて蓄積した戦況を変える一手であり、ドラゴンのような魔力量を持つあの化け物すら薙ぎ払える見込みだ。
二発しか砲撃出来ないが、その二発で、いや、一発でも憎き化け物と隣国エドゥ国を壊滅させてしまえるだろう。
「ああ、そうだろうとも。これで我が国の勝利も決まったようなものだ。だが、英雄ラファエル殿が戻ってから出来れば使いたい」
「同感だ。少しでも懸念はなくしたいものだ。戻る前に戦端が開かれなければ良いが‥‥」
ウッシ王国の英雄ラファエルは、前回の戦いで隣国の化け物により致命傷を負い、治療中であった。
後方の治療施設で治療師達の魔法により体の損傷は治ってはいるが、血を多く流し過ぎた。
過去最長となる二ヶ月にも及ぶ静養により、完全に回復したと報告があり、急ぎこちらに移動中である。
「敵国の動きはどうだ?」
「はっ、今の所、動きは一時間前と変化は御座いません。今まで見かけたことのない箱があるのも変わらずです」
「箱か‥‥」
「君、中身が何かはまだ掴めないのか?新兵器の可能性は?」
「はっ、まだ報告が上がっておりません」
「ふむ‥‥」
ウッシ王国軍務の作戦本部で、不審物として話題に上がっている“箱”は、鉄製の正六面体。
目視でわかるのは、装飾もなくツルリとした無骨な箱だと言う事のみ。
高さが成人男性の胸程度で、商人が商品を詰める箱だと見れば、かなり大きいと言えるが、戦地の最前線に意図的に持ってきていると考えれば、中身が何であれ、あまり脅威とも思えない程度の大きさだ。
最新の魔導砲で跡形もなく吹き飛ばせるだろう。
「化け物の位置は?」
「はっ、変わらず箱の左隣に陣取っております」
「どう思う?」
「そうだな、化け物に何かしらの関係があるのかもしれん」
「可能性は‥‥あるな。武器か?兵器か?ふむ、形が形だけにさっぱり想像がつかん。砲身もないしな。何だろうか?ふむ、やはりわからん。」
「そうですな。仕方ありません。君、箱についてやはり気になる。箱と化け物については、十分毎に報告を伝えてくれ」
「了」
兵士が伝令の為、敬礼後すぐに本部から退室する為に後ろを振り向き一歩踏み出した瞬間、その兵士の意識は一瞬の内に抵抗する間もなく――途絶えた。
約三時間後、ウッシ王国の英雄ラファエル・ヘービが、同行する者達から先行し、単騎で一人要塞に辿り着く。彼は、すぐに異変を目にすることとなる。
要塞中央を守る門番が二人共倒れていたからだ。
「おい、どうした?何があった?」
右側に倒れていた門番の兵士に駆け寄り、両肩を掴み揺らしながら声を掛ける。
「う‥ゔう‥‥。俺は‥‥あ、ら‥ラファ‥エルさま‥‥」
意識を取り戻したらしい門番が、朦朧としながらも目を覚ます。
「何があった?なぜ倒れているのだ?」
「え‥‥ああ、本当だ。俺は一体何を‥‥」
要領を得ない答えに底しれぬ不安が増し、急ぎ要塞内にある本部へと走る。
‥‥一刻を争う状況かもしれない。
要塞内では、至る所で兵士達が倒れており、一部意識を取り戻しつつあるのか、呻き声がそこかしこで聞こえる。
見た限り、全員に外傷らしいものは見当たらない。
あちこちで横たわる兵士達を器用に避けながら、階段を駆け上がり、本部に辿り着いた。
「一体何があったのです?!」
ラファエルは、叫びながら本部に踏み込む。
意識を取り戻しつつある軍部幹部達が、よろよろと上半身を起こしていた。
「ら‥ラファエル殿‥‥」
「何があったのですか?!どこもかしこも意識を失った者達ばかり。敵国からの攻撃ですか?!」
「意識を‥‥。はっ、そうだ、私はなぜ意識を失っていたのだ‥‥?」
「意識の途絶えた理由も不明なのですか‥‥。防御壁に登り、急ぎ戦場を確認して参ります」
「すまん‥‥頼んだ」
「了」
ラファエルは、本部にあった望遠の魔道具を掴み、再び階段を駆け上がる。
階段を全力で駆け上がったとしても、この程度息を切らすこともないが、拭えない不安が膨れ上がり、心臓がバクバクと脈打つのを抑えられず呼吸が、はっはっと荒くなる。
じわりと冷や汗が背中を伝う。
階段最上部にある開かれたままの防御壁へ続く扉を走り抜け、戦場である荒野を睨みつけるように望遠の魔道具を覗き、目を凝らす。
隣国エドゥ王国側に横に相当長い何かがまず目に飛び込んだ。
「何だ?」
更に目を凝らして見ると、それは相当な長さの横断幕で、白地のそれには文字が書かれていた。
「何と書いてある?‥‥これはっ!!!」
そこには、こう書かれていた。
“お前等の最新型の魔導砲は鹵獲した。午後三時、お前等の要塞をこれで吹っ飛ばす。降伏するなら時間までに国旗を降納しろ”
正かと思い、横断幕の向こう側を見れば、どうやったのか、我が国最新の魔導砲がこちらに砲身を向けているではないか。
有り得ないと叫びたいが、現実は、確かに魔導砲が鹵獲されている事実のみ。
もっと状況を確認せねばと、見渡せば、更に驚愕の事実が目の前に広がるではないか。
要塞前の最前線に整列していた筈の八千の兵達がいない‥‥。
何処だと探せば、先程見たばかりの横断幕の前に帯状に地面に広がるものを認めた。
目を凝らしながら良く見れば、それは、装備すらしていない倒れた人々。
嫌な予感がするが、状況からやはりそうであろう‥‥。
敵国の兵士達の目と鼻の先で、我が国の消えた兵士達全員が横たわっているのだ。
若干、芋虫のように動く者もいることから、手足を拘束されている可能性が高い。
何故?
考えても意味がわからない。
人に寄っては、身包みを剥がされた酔った町人のように下着一丁の者までいるようだ。
皆の装備は何処へ行った?
魔導砲が鹵獲されている事を考えれば、答えは一つ‥‥。
敵国に戦場の兵士達全員の装備も武器も全てが、本当に全てが鹵獲されたのだ。
最新の魔導砲、八千の兵士達、そして装備の全て‥‥。
告知されている午後三時まで残り一時間もない。
午後二時五十分頃、ウッシ王国要塞の中央棟の屋根から延びる竿の天辺に掲揚されているウッシ王国国旗がゆっくりと降納された。
その瞬間、このフジー大山脈の山間の荒野で三百年続いた戦争の要――国境線が大きく動くこととなる。
エドゥ王国。
国境線を前進させるその立役者となったのは、まだ成人前の一人の少年だった。
その少年は、戦場のとある場所で――
――笑顔のまま気絶していた‥‥‥‥。
フジー大山脈(富士山)
エドゥ王国(江戸時代)
ウッシ王国(牛)
ラファエル・ヘービ(蛇)
名称考えるのが苦手で、作者が覚えやすい架空の名称をよく使います。




