第1話:『婚約破棄と前世の覚醒』
王都の宮殿、豪華な会議室の中で、リリアーナ・フォン・アースガルドはただ座っていた。
「……リリアーナ、申し訳ないが、婚約を解消する」
言ったのは、婚約者である王太子――高慢で、美しくも冷たい笑みを浮かべた青年だ。
「え……?」
リリアーナは言葉を失った。耳の奥で血が冷たく流れるような感覚。
「理由は簡単だ。君には魔力がない。無能である以上、王妃の座を担う資格もない」
無能――。その言葉は胸に深く刺さり、リリアーナの心を粉々に砕いた。
しかしその瞬間、体の奥で小さな光が瞬いた。記憶——いや、前世の知識が、脳裏を駆け抜ける。
「……私は、あの世界では……動物学者だった……」
リリアーナは思い出す。動物たちの声、仕草、心の声を感じ取る能力。人間界での知識と感覚が、この世界で蘇ったのだ。
「なるほど……私、魔力がなくても……戦えるのね?」
その決意と同時に、彼女の目の前に光の輪が現れた。森の匂い、土の香り、風の音……前世の感覚が、この異世界の森に呼応していた。
翌日、リリアーナは王都を後にし、辺境の森へ向かう。辺境の森は、人も少なく、魔法やモンスターの噂が絶えない場所だった。しかし、リリアーナの胸は希望で満ちていた。
森の奥深く、廃屋のような古びた屋敷に到着した瞬間、轟くような低い声が響いた。
「……人間か」
巨大な狼――いや、まるで伝説の生き物、フェンリルが目の前に立っていた。銀色の毛並みは光を反射し、眼光は鋭くも優しい。
「あなた……私の従魔……?」
フェンリルは低く唸りながらも、静かに一歩近づいた。リリアーナの心に不思議な安らぎと確信が広がる。
「そう……私たち、力を合わせるのね……」
こうして、無能令嬢と呼ばれたリリアーナの、新たな人生――モフモフ従魔と最強賢者への物語が始まったのだった。