表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

【第8話】:セレヴィア王家の王子と、小さな決意

 それは、学院生活に少し慣れてきた頃のことだった。


「ねえクラリちゃん、森ってどこまで行っていいのかな?」


 昼休み、木陰のベンチに座っていたクラリに、ノアがきらきらした目で問いかけてくる。


「寮から出ちゃだめとは言われてないけど……あまり奥には入らないほうがいいって、注意されたわね」


「でもさ、地図に“観察区”ってあったよ? そこって見に行ってもいいってことじゃないのかな!」


 地図を広げながらわくわくしているノアの隣で、リリエルが小さく首を傾げた。


「観察区って……森の中にあるんですの? あの、魔物って出たりしますの?」


「そうね、小型の魔物が出るって聞いたことあるわ。……でも、大丈夫よ。もし何かあったら、私が守るから」


 クラリは言いながら、自分の手のひらを見つめた。

 (たくさん修行してきた私たちなら、きっと大丈夫なはず)


「じゃあ、行ってみようよ! 観察ってことは、お勉強の一環かも!」


 ノアの勢いに押される形で、三人は学院の裏手に広がる森へ足を踏み入れることになった。


 ◆ ◆ ◆


 森の中は静かで、ところどころに鳥の声が響いていた。


「わあ……葉っぱ、きらきらしてる……」


 リリエルがそっと枝を撫でながら、目を細める。


「音、しないね。魔物、いないのかな?」


「むしろ静かすぎるわ。足元、気をつけて」


 クラリが周囲を見回してそう言ったその時。


 ──カサッ。


 茂みの奥から、鈍い足音。

 次の瞬間、紫がかった体毛のイノシシのような魔物が、鼻を鳴らして姿を現した。


「……出たっ!」


「下がってて! ノア、こっちに回って!」


「うんっ!」


 クラリはすばやく手を掲げ、魔力の流れを探る。だが、距離がある。


 ノアが素早く接近し、足元に滑り込みながら魔物の脚を蹴った。


「クラリちゃん、いまだよっ!」


「──吸収する……っ!」


 掌を向けた瞬間、魔物の体から黒いもやが引き寄せられ、クラリの腕に流れ込む。

 重たかった空気が、ふっと軽くなった。


「やった……? 倒したの?」


 魔物はよろけ、そのまま地に崩れ落ちた。


「クラリちゃん、すごい……」


 リリエルが呆然としたように呟いたそのとき。


「そこの三人、危ないから森の奥には行くなって、教わらなかったのかい?」


 低く、朗らかな声。


 三人が振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。


 肩まで伸びたブラウンの髪、優しげな紫の瞳。そして、胸元に刻まれたセレヴィア王家の紋章──


「……レオナール・セレヴィス」


 クラリがその名を呟いた。


(やっと……会えた)

(ゲームの中で何度も見た姿。でも、今目の前にいるのは──現実)

(……なんでだろう、胸が……ちょっと、苦しい)


「リリエルの、お兄様……?」


「うん。ボクが案内するから、戻ろう。君たちだけでここまで来たのかい? ちょっと驚いたよ」


 少年ながらもどこか包容力のある佇まいに、リリエルがほっとしたように近づく。


「にいさま……こわかった、けど……クラリさまが、すごかったの……!」


「そうかい? ふふ……君たち、立派だったね。でも、怪我がないならよかった」


 レオナールは微笑みながら、クラリの方を見て一礼する。


「クラリ・エルベール嬢。妹を守ってくれて、ありがとう」


「……いえ。私がしたいと思ってやっただけですわ」


 その瞳がまっすぐにクラリを見つめていた。

 この人もまた、リリエルの未来を大きく左右する人物のひとり。


(けれど今は、ただ優しい兄。なら、守るべきものを増やせばいい)


「さ、行こうか。森の出口は、あっちだよ」


 三人と一人は、静かに森をあとにした。


 ──その日、レオナールとの出会いで、クラリの胸に灯った想いは、確かな輪郭を持ち始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ