【第6話】:王立フェリア学院 入学編
入学初日。
朝の鐘が鳴り響くと、王立フェリア学院の白亜の門がゆっくりと開かれた。
芝生の広場に集まる新入生たち。その中に、ひときわ目を引くふたりの少女──いや、ひとりと一匹の姿があった。
「クラリ・エルベールです。こちらはノア・フィルネア。入学許可証、提出いたします」
クラリは堂々とした足取りで受付へ向かい、ノアは小さく会釈しながら隣を歩く。
「わあ……人がいっぱい。みんな、すごく綺麗な服着てる……」
「ここは貴族の子息たちが通う学院だもの。むしろ、私たちの方が目立ってるかもしれないわね」
クラリはふふんと胸を張る。
初等部の制服は、白地に金縁のジャケット。クラリはきっちりと着こなし、ノアは少し丈の長い袖をくるくると折っていた。
「クラリちゃん! ノアちゃん!」
明るい声に振り向けば、栗色の巻き髪の少女が駆け寄ってきた。
「エミリア!」
「うんっ! 一緒の寮になれたね!」
エミリア・ラングレー。
クラリの幼少期からの知人で、ヴィクトルの妹。明るく快活で、クラリとは正反対のタイプ。
「ふふっ、楽しくなりそうだね!」
「うん……だけど気を抜いちゃだめよ。ここからは、試験と実力の世界なのだから」
クラリは表情を引き締める。
学院の初等部では、入学後すぐに《魔力適性検査》と《基礎技能テスト》が行われる。
魔力量、反応速度、基礎呪文の唱和──いずれも、将来のクラス編成に影響を及ぼす大事な試験だった。
まず行われたのは、武術の基礎技能テストだった。
新入生たちは順番に木剣を手に、標的に対する打ち込みや構えを披露していく。
ノアの番になると、教官の指示も終わらぬうちに、彼女は素早く構えを取り、見事な動きで連続の突きを決めてみせた。
──ザンッ! ザンッ! ザンッ!
その正確かつ俊敏な動きに、見学していた上等部の生徒すらざわつく。
「こ、これ……ほんとに初等部の子か?」
「いや、今の突き──上等部の模範演技レベルだぞ……!」
教官は驚きつつも、静かにうなずいた。
「記録、上等部評価以上。特進候補として申請する」
「えっ……えへへ……」
ノアは耳をぺたんとさせ、照れくさそうに笑った。
そして続いて行われたのが、《魔力適性検査》だった。
透明な水晶盤に魔力を込めて魔法を打ち込み、その量と質を測定する装置──《魔力反応測定器》が教室の中央に設置される。
生徒たちは順に呪文を唱え、光や火、風の魔法を放っていく。数値とともに盤面に光の柱が立ち昇り、魔力量を可視化する仕組みだった。
そして、いよいよクラリの番となる。
「次、クラリ・エルベール」
クラリは静かに前に出る。
「──光よ、集い輝け《リュミエール》」
放たれた魔法は、水晶盤に当たり……その瞬間、装置が震え、きぃん、と金属の悲鳴のような音を立てた。
「……あれ? 反応が……」
次の瞬間、装置が暴走したように光り始める。
──バチバチバチッ!!
今までの魔法の残留反応が装置内部で暴走し、逆流するようにクラリの方へ放たれた。
「クラリ、危ないっ!」
生徒たちが悲鳴を上げ、教員が慌ててバリアを展開しようとするその前に──
クラリはとっさに一歩、前に出た。
「──《アブソーブ・フィルネア》」
静かな声と共に掲げられたクラリの掌に、魔力が吸い込まれていく。
光が収束し、渦が鎮まったとき、クラリは微動だにせず、静かにその場に立っていた。
教室には沈黙が訪れ、誰もが言葉を失ってクラリを見つめていた。
「魔力暴走……を吸収した……?」
誰かが呟いた。驚愕と畏怖の混ざった眼差しがクラリに向けられる。
その中央で、クラリ・エルベールはひとつ深呼吸をした。
「ふぅっ」
光の残滓がゆらめく中、クラリの銀髪がふわりと舞い、ノアが心配そうに駆け寄ってくる。
「クラリちゃん、大丈夫……!? 今、すごく……」
「平気よ。ちょっと、魔力を吸い込みすぎただけ」
冗談めかした声に、生徒たちの間に再びざわめきが戻る。
そしてその場にいた教師は、表情を引き締めながら口を開いた。
「クラリ・エルベール──特進クラス候補として、上申します」
始まったばかりの学院生活。その開幕から、クラリは異端として、注目の的となるのだった。




