【第3話】 :「ふたりの挑戦、変われる未来」
「……この子を、わたしの付き人にしたいの」
クラリ・エルベール六歳。
自室の前で、眉をきゅっと寄せながら、両手を腰に当てて宣言していた。
その隣には、栗色の髪と猫耳を揺らした少女──ノアがちょこんと立っている。
「付き人……というより、お友達……で、いいのでは?」
侍女のミレーネが苦笑しながら言うが、クラリは譲らない。
「違うわ! ノアは“特別な修行仲間”よ。わたしの修行の手伝いもしてもらうし、剣術の相手にもなるし、魔法の相談もするの。だから“付き人”なの!」
その必死な様子に、侍女たちは困ったように顔を見合わせた。
「クラリお嬢様……でも、彼女はご身分も出自も不明で……屋敷での扱いが……」
「そんなの関係ない! この子は私が助けたの。それに、私よりよっぽど強くなりそうな気がするのよ!」
ノアがしゅんと肩をすくめ、耳を伏せた。
だがクラリは、勢いよく声を上げる。
「だってこの子、傷だらけで一人でいたのよ? 放っておけなかったのよ! それに、あの子、すごく……すごくがんばれる子なの!」
その熱意に押されて現れたのは、クラリの兄、ルーファス・エルベールだった。
「付き人にしたいって言う気か?」
「……うん」
ルーファスは、しばし沈黙したあと、小さく溜息をついた。
「……だめだ。身元も素性も不明の者を勝手に屋敷に入れるなど、本来なら問題になりかねん」
「でも! この子がいたら、私……もっと強くなれるの!」
言ってから、自分でも驚いた。
でも、本当だった。ノアと出会って、私の中で何かが変わったのだ。
◆ ◆ ◆
翌日、クラリはノアを兄の稽古場へ連れて行った。
ルーファスは一度だけ眉を上げ、木剣を2本用意する。
「試してみるか。剣を握ったことはあるか?」
「……ないけど、動くのは得意かも!」
ノアはにっと笑って、軽やかに構えた。
そして、次の瞬間――
「うわ、速っ!?」
木剣が兄の剣を受け流し、二撃目が空気を切る。
軽くあしらおうとした兄の表情がわずかに崩れる。
「……ちょっ、ちょっと待て、これは本当に未経験か?」
ルーファスが真剣な顔でノアを見つめた。
「すごいよノア! 天才かも!」
「えへへ……猫だから、かな?」
ノアは軽やかに着地し、尻尾をふわんと揺らした。
◆ ◆ ◆
その日の夕方、ルーファスが父に話を通してくれた。
「付き人として“訓練生”扱いにしてもいいそうだ。おまえの努力次第で、正式に認められるかもしれない」
「ほんとに!? やったねノア!」
「うんっ!」
ノアは小さく跳ねて、クラリの手をぎゅっと握った。
あの震えていた少女が、今では少しだけ誇らしげに笑っている。
こうして、ノアは「クラリお嬢様の特別付き人」として、正式に屋敷に迎え入れられた。
最初こそ侍女たちも警戒していたが、掃除や勉強を共にするうちに、次第にその存在を受け入れるようになった。
そして“ルーファスさまに一目置かれた”という事実が、彼女の居場所を決定づけた。
◆ ◆ ◆
朝は剣の訓練。昼は魔法の基礎理論。
夜はランタンの灯りのもと、ふたり並んで魔法陣の練習。
クラリが失敗して天井を焦がしても、ノアは笑ってくれた。
ノアが木の枝に引っかかって転んでも、クラリは笑い返した。
──運命に抗うために。
──いつかやってくる“処刑ダンジョン”の日に備えて。
「ノアがいてくれるなら、私……絶対に変われる」
未来を変えるための準備が、少しずつ整っていく。
そんなふたりを、屋敷の片隅から見つめる人影があった。
(クラリ、強くなったな……)
ルーファスは、いつもの無表情な横顔のまま、静かに歩き去っていった。




