【第2話】:「これはきっと、運命の出会い──魔力が導くもうひとつの未来」
──ふと気づけば、私は一人で屋敷を抜け出していた。
まだ六歳の小さな足で、森の中を歩くなんて無謀かもしれない。
だけど、どうしても見たかったのだ。
あの“処刑ダンジョン”を。
「……たしか、崖のふもとに入り口があるって……」
本来なら十年後、私は冤罪でそこに落とされることになっていた。
でも、今ならまだ“見るだけ”で済む。
自分の運命を、少しでも早く知りたかった。
「……っ!」
と、そのとき。
風の匂いが変わった。血の、鉄のような匂い──そして、
「やめて、お願いっ!」
少女の叫びが、茂みの向こうから聞こえた。
私は反射的に走った。
そこにいたのは、小さな栗色の獣人の少女。
ふわふわの耳と尻尾が泥にまみれ、血を流した狼を庇っている。
「この子は悪くないの! いじめられてただけなのに……!」
震える声。でも、その目は真っ直ぐだった。
──守ろうとしてる。命を、ひとつの存在を。
私は即座に魔力を集中させた。
あの蜘蛛との小さな戦いで得た、わずかな魔力。
使うのは、これが初めての“誰かのため”。
「……ヒール・フロウラ!」
淡い緑の光が少女と狼を包み込む。
小さな魔法陣が浮かび、癒しの風が吹き抜けた。
「……あ……いたく、ない……」
栗色の耳がぴくんと揺れる。
狼は静かに起き上がり、少女の手に頭を寄せると、
森の奥へと帰っていった。
「助かったの……? 本当に……」
少女はぽかんと私を見た。
「怪我、もう大丈夫? あなたのことも……治ってる」
私は微笑みかける。
そのとき、少女の目に涙が浮かんだ。
「なんで……助けてくれたの?」
「だって、あなたが誰かを守ろうとしてたから。そんなの、放っておけないよ」
少女はしばらく黙っていたが、小さく口を開いた。
「……あたし、ノア。村の……外れに住んでたけど、もう戻れない」
「え?」
「狼を助けたことで……仲間の男の子たちに“裏切り者”って言われて、逃げてきたの。もう顔を出したくない……こわくて……」
その手は、まだ少し震えていた。
子ども同士の世界もまた、厳しいものだ。
「ノア……」
私はそっと手を取った。
「じゃあ、私と一緒に来て。私も、まだ弱いけど……これから強くなるつもりなの。一緒に、未来を変えていこうよ」
ノアは目を見開いたまま、私をじっと見つめた。
「ほんとに……いいの?」
「もちろん」
そう答えると、ノアの栗色の尻尾が、少しだけふわっと揺れた。
──この出会いは、物語にはなかった。
でも、今ここから始まる。
私だけじゃない。
ノアにも、新しい“ルート”があるはず。
「これが……わたしの、もうひとつの始まり」
握りしめた小さな手に、温もりがあった。