【第10話】:「重ねた日々、たどり着いた始まりの門」
時は流れ、私たちは年齢と共に成長していった。
《王立フェリア学院・初等部》。入学は7歳。基礎魔法、礼儀作法、生活訓練、そして対話術──魔法国家に生きる者として必要な教養を、毎日叩き込まれる日々だった。
「クラリちゃん、今日は“整序の魔法”だよ。本を正しい棚に戻すの。ちゃんと魔力の流れと座標を意識してね!」
「ええ、分かっているわ」
魔法陣の中心にある本を指さし、そっと魔力を注ぐ。すると──
ぶわっ!
本がものすごい勢いで飛び、棚を通り過ぎて窓にぶつかった。
「わあっ、本が脱走したー!」
「……魔力は確かに通っていたわ。ただ、目標座標を一桁間違えたみたいね(計算ミスは命取りだわ)」
そんな実験と失敗の繰り返しを経て、私たちは少しずつ、正確な魔法の制御を学んでいった。
──けれど、学院の机上だけでは足りなかった。
私たちは、“森”に向かったのだ。
ノアと、レオナールと、三人で。
「……あれは、影狼だよ。数、三体。どうする?」
「左から回り込むわ。ノアは正面、私は右」
「了解! ……行くよ!」
魔物の棲む“訓練区域の外れ”。本来なら生徒が立ち入るべきでない危険区域──だが、私たちは何度も、そこに足を踏み入れた。
魔物を倒すたび、私の体に魔力が灯る。
──それが、私の「力の代償」。
(この力を、無駄にはしない。いつか来るあの日のために)
剣を振るうノアは、もう初等部の教官すら手こずるほどの腕前になっていた。レオナールは冷静に敵の動きを読み、回復と援護を的確にこなす。
「……三体撃破。周囲、異常なし」
「ふぅ……でも、もう十体目だよ? 今日もハードすぎる~!」
「文句を言うくらいなら、あと二体いきましょう」
「ええー!? クラリちゃん鬼~!」
けれど、私たちは笑っていた。
──そう。魔物の気配に怯えていたあの日は、もう遠い。
友情と実力を確かに積み重ねて、私たちはついに《中等部》に進級した。
11歳。属性魔法や戦術を本格的に学び、魔法の系統に応じてクラス分けされる本格的な課程だ。
私は鏡の前で制服のリボンを結びながら、静かに目を閉じる。
(……ここからが“本編”。ゲームが動き出す年齢。だけど、私はもう負けない)
ユリウス、リリエル、そして──レオナール。
皆との関係も、学院の成績も、未来さえも。
この手で、変えてみせる。
ノアがいつも言っていた言葉が、ふと浮かぶ。
「クラリちゃんって、強いだけじゃなくて、優しいんだよね。だから、あたしは何度でもついていく!」
(……ありがとう。ノア。あなたがいたから、ここまで来られたのよ)
──そして、その日。王立フェリア学院の鐘が、初等部から中等部へ進んだ者たちを祝福するように鳴り響いた。
クラリ・エルベールの物語は、乙女ゲームの“始まり”を迎える。
だが、これは《バッドエンドの書き直し》ではない。
世界を救う、誰も知らない“裏ルート”の、はじまりだった。
──そう、私がこの物語をハッピーエンドに変えてみせるんだから。




