第5話 「前世」と「今世」
「おはよっ!転校生。
急がないと遅刻するぞっ!」
ふいに後ろから声がした。
俺が振り向くよりも先に
その声の主は颯爽と俺の横を走り抜けていった。
黒く長い髪が風になびいていた。
あの後姿は。
記憶の糸がすぐに彼女を手繰り寄せた。
奥川暁子
クラスでも特に目立つ少女だった。
彼女はクラスで一番美しかった。
大きな目に小さなピンクの唇。
艶のある真っ黒なロングヘアーをかきあげる
彼女の仕草が子供ながらに妙に大人ぽく見えた。
彼女はクラスの女子の中で最も成熟していた。
それ故に早熟した一部の男子の視線を
一身に集めていた。
俺は走り去っていく奥川の
ミニスカートから覗く白い太ももに
目を奪われていた。
しばらくその場に立ち竦んでいた。
気が付けば
周りを歩いていた子供達の姿が
遥か視線の先に見えた。
駆けていく奥川の姿がその中に消えていった。
俺はふたたび歩き出した。
しばらくして、
遠くでチャイムの鳴る音が聞こえた。
以前の俺の人生を「前世」と、
そして。
今の俺の置かれた状況を「今世」と
呼ぶのであれば、
「前世」での俺は
教師からも一目置かれる優等生だった。
文武両道。
品行方正。
当然、無遅刻無欠席。
そんな俺が早くも「前世」に
泥を塗ることになってしまった。