第22話 火の粉
それからしばらくしたある日のことだった。
昼休みの「ドッジボール」が終わって、
俺は皆から遅れて1人で校舎に戻った。
その時。
靴箱のところで、
コソコソと話をしている
佐藤翔太と鈴木洋と塚本茜に出くわした。
3人は俺に気付くと話を止めた。
今週になってから
大吾の嫌がらせはピタリと止んでいたが、
どうやらそれは嵐の前の静けさだったようだ。
俺は靴箱を注意深く覗き込んだ。
しかし。
予想に反して俺の靴箱は平和だった。
当然、
上履きの中に画鋲が入っていることもなかった。
俺が上履きに履き替えたところで洋の声がした。
「おい。
放課後、大ちゃんから話があるらしいぜ。
ひひひ」
「・・そうか、それで?」
俺の返事に3人は顔を見合わせた。
「そ、それでって・・。
だから放課後顔を貸せってことだよ」
洋が早口で捲し立てた。
俺は少し考えるふりをしてから、
「放課後ね。
今日は塾があるから無理だな」
と答えた。
「えっ!」
3人の声が重なった。
3人はふたたび顔を見合わせると
何やら小声で相談し始めた。
俺の答えに3人は明らかに動揺していた。
そんな3人の様子を見て
俺は笑いをこらえるのに必死だった。
「そ、それは・・。
ぼ、僕達も困るんだよ。
少しの時間でいいからさ。
お願いだよ、あっくん」
しばらくして一番気の弱い翔太が
申し訳なさそうに口を開いた。
「お願い、あっくん。
私達を助けると思って」
茜がすぐに翔太を援護した。
小学生の少女に懇願されて、
それを断れるほど俺は歪んだ大人ではない。
「わ、わかったよ」
俺の言葉に3人はホッとした表情を浮かべた。
3人は「じゃあ放課後」と言って去っていった。
午後の授業が始まっても俺はうわの空だった。
結局、
俺の取った行動は
大吾の怒りの炎に油を注いだだけだった。
しかし。
降りかかる火の粉は払わねばならない。
この際。
大吾とは決着をつけておくべきかもしれない。
きっと大吾は暴力に訴えてくるだろう。
ナカマイ先生の話にぼんやりと耳を傾けながら
机の中の道具箱を漁っていると
彫刻刀に手が触れた。
これを太ももにでも突き刺してやれば
大人しくなるか。
教師や両親には怒られるかもしれないが、
成績優秀で品行方正な俺が
泣きながら訳を話せば俺に同情が集まる。
日頃の行いという点でも
大吾に非があると誰もが考えるだろう。
最悪殺したとしても俺は少年法で守られる。
この国では被害者の無念よりも
加害者の救済が優先される。
特に未成年というだけでそれが顕著になる。
犯した罪に対して圧倒的に罰が軽い。
それに大吾のろくでもない人生は
若くしてその幕を閉じる。
大吾は18歳の時に、
所属していた反社会的組織と
敵対する組織の組長宅へ乗り込んで
30数人を死傷させる。
世にいう「少年X襲撃事件」である。
それから2年後。
大吾は20歳の誕生日を迎える直前に
収容されていた施設で刺殺される。
全身30か所以上を
刺されていたとニュースで言っていた。
「因果応報」は世の常だ。