第2話 あっくん
「・・あっくん」
その声に俺は振り向いた。
窓から中を覗くと教室には誰もいなかった。
「・・あっくん」
ふたたび声がした。
その声はどこか遠くから聞こえた。
俺は周囲を見回した。
しかし。
周りには今や濃い霧が立ち込めていた。
視界が悪く1m先の景色ですら
はっきりとしなかった。
いつの間にか
校庭から聞こえていた子供達の声が止んでいた。
「・・あっくん」
また声がした。
その時。
声の主が女であることに気付いた。
そしてその声は俺の記憶を刺激した。
懐かしい声だった。
「・・あっくん、朝よ。
早くしないと遅刻するわよ」
そこで俺はこの声が
母に似ていることに気付いた。
そして「あっくん」という愛称。
俺をそう呼ぶ人間は少ない。
両親を除けば
小学6年生の頃のクラスメイトだけだ。
俺は小学6年生の新学期の開始と同時に、
父親の仕事の関係で転校した。
新しい学校とクラスメイト。
俺はいつの間にかクラスメイトから
「あっくん」と呼ばれていた。
夢か。
ぼんやりとした頭で俺はそう思った。
『遅刻』
その言葉は今の俺には無縁だった。
「・・あっくん、起きなさい」
母に似た女の声がしつこく俺を呼んでいた。
霧が先ほどよりも濃くなって、
俺の体は完全に飲み込まれていた。
足掻こうともがいたが体が動かなかった。
霧が口や鼻から俺の中に侵入してきた。
しかし不思議と息苦しさはなかった。
「・・あっくん、早く起きなさい!」
女の声は若干苛立っていた。
「遅刻してもお母さんは知りませんよ」
そしてついに声の主が母を騙った。
「あっくん、
今朝はお母さんも忙しいんだから、
後は自分で用意するのよ」
記憶の中の母の声が
目覚ましのアラームのように
俺の頭を刺激した。
俺を取り囲んでいた霧が晴れ、
視界が明るくなった。
そして俺は目を開けた。