新たなる仲間
オーランドの東門へ向かう帰り道は、来た時よりも心なしか足取りが軽かった。ゴブリン5匹討伐という初任務をやり遂げた達成感と、マジックバッグに収められた魔石、そしてそれを換金すれば手に入るであろう金額を思うと、自然と笑みがこぼれる。ラインズとソフィアも、疲れの中にもどこか浮かれたような表情で他愛ない話をしている。
更には、帰りの途中で素材ではないが、未使用のポーションが落ちていたため、怪我をした時も安心でホクホクである。
「いやー、まさか初任務でゴブリン5匹とはね!ちょっとビビったけど、いけるもんだな!」
「うん、ラインズ君とロン君が頑張ってくれたからだよ…私の魔法、もっと練習しないと…」
「十分助かったって! ソフィアの魔法で足止めしてくれなかったら、危なかった場面もあったしな。」
そんな会話をしながら森の出口が近づいてきた頃、彼らは道端の木の根元に、倒れている人影を見つけた。
「あれ…誰かいるぞ?」
ラインズが警戒しながら近づく。ソフィアは杖を構え、ロンもロングソードに手をかけた。だが、その人影が動かないのを見て、ラインズが声をかける。
「大丈夫ですかー!」
近づいて見ると、それは若い女性だった。森で行き倒れた旅人だろうか。しかし、その長い金色の髪と、先が尖った耳を見て、ロンは息を飲む。エルフだ。絵本や噂でしか聞いたことのない、美しい種族。そのエルフが、片足を押さえて苦痛に顔を歪め、横たわっていた。傷口からは血が滲んでいる。
「怪我してる…放っておけない!」ソフィアが駆け寄ろうとする。
「待て、油断するな。」
ラインズがソフィアを制し、周囲を警戒する。ロンもエルフの傷を確認する。かなり深い。動けないほどだろう。
「街まで連れて行こう。治療が必要だ。」
ロンが即断する。ラインズも「だな」と頷き、ソフィアも心配そうにエルフを見つめる。
三人は協力してエルフに肩を貸し、ゆっくりと立たせる。彼女は痛みに耐えているようだが、助けようとする彼らの手には逆らわない。
「すみません…助かります…」
とか細い美声が聞こえる。
「大丈夫ですか? 無理しないで。街はすぐそこですから。」
ソフィアが優しく声をかける。
「名は…クローディアと申します…」
「クローディアさんですね。俺はラインズ、こっちはロンとソフィアです。今、オーランドに帰るところなんで、一緒に行きましょう。」
ラインズが明るく言う。
クローディアは、三人の、特にロンの真剣な瞳を見て、僅かに頷く。
クローディアの体重を支えながら、三人は慎重に歩き始める。森の出口はもうすぐだ。街の気配も少しずつ感じられるようになってきた。
その時だった。
キィィン! という甲高い鳴き声と共に、茂みから銀色の影が飛び出した。俊敏で、銀色の体毛を持ち、鋭い牙が光る狼のような魔物だ。ゴブリンのような数はない。一体。だが、その放つプレッシャーは、ゴブリン5匹を合わせたものよりも遙かに重い。
「しまった! シルバーファング!」クローディアが、痛みを忘れたかのように声を上げる。
「シルバーファング?!」ラインズが叫ぶ。図鑑で見たことがある。ゴブリンよりも遥かに危険な、俊足の牙を持った魔物だ。しかも、クローディアを傷つけた相手だろう。
シルバーファングは、迷うことなくクローディアに狙いを定め、一瞬で距離を詰めてくる。
「させない!」ラインズが素早く前に出て、片手剣で攻撃を受け流そうとする。だが、シルバーファングの爪は剣を弾き、ラインズの腕に浅い傷をつける。
「ラインズ君!」ソフィアが叫び、初歩的な攻撃魔法を放つが、シルバーファングは嘲笑うかのようにそれをかわす。
ロンはロングソードを構え、シルバーファングの動きを追う。速い。ゴブリンとは比較にならない。一体相手のはずなのに、まるで翻弄されているようだ。シルバーファングはロンとラインズの間を縫うように動き回り、的を絞らせない。クローディアを守るように二人が前に出るが、その連携は通用しない。
シルバーファングの重い一撃がラインズを弾き飛ばす。ロンはソフィアとクローディアを守るため、後退しつつシルバーファングの攻撃を受け止めるが、その衝撃に歯を食いしばる。じりじりと追い詰められ、三人はクローディアを挟むように背中合わせになる。
「くっ…強い!」ラインズが呻く。
「どうしよう…魔法が当たらないよ…」ソフィアの声が震える。
シルバーファングが、勝利を確信したかのように唸り声を上げ、ロンに止めを刺そうと跳躍する。逃げ場はない。絶体絶命の危機だった。
その時、背後から声がした。傷ついたクローディアの声だ。
「…ロン…ラインズ…ソフィア…私のために…!」
クローディアの小さな手から、淡い緑色の光が溢れ出す。その光は地面に広がり、シルバーファングの足元から、無数の鋭い茨が勢いよく飛び出した!
「キャンッ!」
シルバーファングは予期せぬ攻撃に悲鳴を上げ、その俊敏な動きが一瞬だけ止まる。茨がその足を絡めとろうとする。完全には拘束できないが、明確な「隙」が生まれた。
「今だッッッ!!」ラインズが叫ぶ。
ロンはその一瞬の好機を逃さなかった。茨に気を取られ、動きが鈍ったシルバーファング目掛けて、渾身の力でロングソードを突き出す。狙いは、ゴブリンと同じく胸の辺りだ!
ズブリ、という手応え。
シルバーファングは苦悶の呻き声を上げ、ロンの剣が突き刺さったまま地面に倒れ伏した。痙攣した後、ピクリとも動かなくなる。
静寂が訪れる。重い、勝利の静寂だ。三人は息切れし、体に痛みを感じながらも、立ち尽くしていた。目の前には、先ほどまで自分たちを追い詰めたシルバーファングの巨大な体が横たわっている。
「やった…倒した…!」ソフィアが震える声で呟く。
「まじかよ…奇跡か…」ラインズが信じられない、といった顔をする。
ロンは突き刺さったロングソードを引き抜き、シルバーファングの体が霧散しないのを確認する。そして、すぐに倒れているクローディアの元へ駆け寄った。
「クローディアさん!大丈夫ですか!」
クローディアは、まだ顔色は蒼白だが、先ほどの苦痛の表情ではない。ロンたち三人を交互に見つめ、小さく微笑んだ。
「ええ…あなたたちが…助けてくれた…そして…シルバーファングを…」
「クローディアさんの魔法がなかったら、危なかったです。」ロンが正直に言う。
「ありがとう…あなたたちのおかげで…私は…そして、長年の仇を…」クローディアは深々と頭を下げる。「傷は…応急処置はできましたが…街まで…」
「もちろん、街まで一緒に行きますよ! ギルドでしっかり治療してもらいましょう!」ラインズが力強く言う。
シルバーファングの討伐証明として、彼らはその魔石を採取した。ゴブリンの魔石よりも一回り大きく、銀色に輝いている。ギルドでの買取額は、ゴブリンの比ではないだろう。マジックバッグに慎重に収める。これで、5匹のゴブリンと一体のシルバーファング分の魔石だ。
改めて、三人はクローディアに肩を貸し、森を後にした。クローディアは痛みに耐えつつも、隣で自分を支えるロンの横顔、そして前を行くラインズとソフィアの後ろ姿を、静かに見つめていた。彼らの勇敢さと優しさが、弱っていた彼女の心に深く響いていた。
オーランドのギルドへ到着し、彼らはまず討伐報告カウンターへ向かった。ゴブリン5匹の討伐に加え、シルバーファング一体も討伐したことを伝えると、受付職員は目を丸くした。
「シルバーファングを?! Fランクの新人パーティーが? 間違いありませんか?!」
確認が取れると、職員は彼らを称賛した。シルバーファングはFランクではまず単独で挑むことのない、Dランクに近い魔物だったのだ。クエスト報酬の1500コインに加え、シルバーファングには高額の討伐懸賞金が出ていると知らされる。
「シルバーファングのバウンティは…2万コインです! そして、採取された魔石も、ゴブリンとは価値が違います。この大きさ、輝き…一つ8千コインといったところでしょう!」
耳を疑うような金額だった。ゴブリン5匹の魔石(1000コイン)と、シルバーファングの魔石(8000コイン)、そしてクエスト報酬(1500コイン)とシルバーファングのバウンティ(2万コイン)。
合計…3万500コイン!!
桁違いの収入に、ロン、ラインズ、ソフィアの三人は呆然とした。村でコツコツ貯めた数百コインが霞んで見える。冒険者、凄すぎる!
ギルドでの報告と換金を済ませ、莫大な収入を得た彼らは、クローディアをギルドの治療院に預けた後、近くの酒場へと向かった。初任務成功の祝い、そして想像以上の大金を手にした興奮で、三人は大いに盛り上がった。
「やったぜー! 俺たち、初任務で3万コイン越えだぜ!」ラインズが高らかに叫び、エールを煽る。
「うう、なんだか現実じゃないみたい…」ソフィアは、コイン袋の重みを確認しながらつぶやく。
ロンも、熱く燃えるような冒険者の達成感を全身で感じていた。村を出て正解だった。この仲間たちと一緒で正解だった。
一通り祝い、少し落ち着いた頃、ロンはクローディアのことが気になった。ギルドの治療院を出て、彼らがいる酒場に顔を出したクローディアは、まだ完全ではないが、いくらか顔色も良くなっていた。
ロンたちが賑やかに自分たちの成功を祝う様子を、クローディアは静かに見つめていた。彼女の目に映るのは、自分を助け、強敵を打ち破り、そして心から喜びを分かち合う、輝くばかりの若い冒険者たちの姿だ。
クローディアが、意を決したようにロンたちのテーブルに近づく。
「ロンさん、ラインズさん、ソフィアさん…少し、お話よろしいですか?」
三人がクローディアを見る。クローディアはまっすぐな目でロンを見つめ、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。
「あなたたち…『始まりの戦線』でしたね。」
ロンが頷く。
「あなたたちに…お願いがあります。もし…あなたたちがよろしければ…」クローディアは一呼吸置いて、決意を込めた瞳で告げる。
「…私を…あなたのパーティーに…入れていただけないでしょうか。」
予期せぬ申し出に、三人は一瞬固まる。だが、すぐに、その意味を理解した。自分たちが助けた、美しくもどこか謎めいたエルフが、仲間に加わりたいと言っている。
ロンはラインズとソフィアを見る。二人は驚きつつも、反対の色は一切見せない。むしろ、新しい出会いへの期待がその表情に浮かんでいた。
ロンは再びクローディアに向き直る。そして、ゆっくりと、しかし確かな声で答えた。
「…はい。もちろん、歓迎します。」
ロンの言葉に、クローディアの顔に安堵と、そして僅かな希望の光が灯る。
「ありがとう…ございます…」
こうして、「始まりの戦線」に、四人目のメンバー、エルフの魔法使い クローディアが加わることになった。
酒場のざわめきの中、ロン、ラインズ、ソフィア、クローディアの四人は、新しい冒険の始まりに、静かに、そして確かに、期待を膨らませるのだった。




