氷河の道
『封印の間』の中央、古代の石板によって隠されていた重厚な石の扉。クローディアが慎重に封印術式を操作し終えると、扉を縛っていた鎖がガラガラと音を立てて外れた。ロンとラインズが力を込め、扉を押し開ける。
ゴゴゴゴ…!
扉が数千年の沈黙を破って開いた瞬間、周囲の空気は劇的に変化した。これまで感じていた湿気や土の匂いは消え去り、代わりに、肌を刺すような極寒の冷気が通路を逆流してきた。ランタンの炎が弱々しく揺らぐ。
「すごい冷気だ…!外の吹雪よりも寒いぞ!」ラインズが思わず声を上げる。
扉の先に見えるのは、人工的に掘られた坑道ではなく、自然の力で形成された洞窟の通路だった。壁も天井も、全てが厚い氷と岩の結晶に覆われ、魔導ランタンの光を受けて青白く輝いている。そして、耳を聾するほどの激しい水音が、その通路の奥から響いてきた。氷河の滝が、すぐそこにある証拠だった。
「ここが、氷河の滝へ続く道ね…」
ソフィアが震える声で呟く。
「凍傷に気をつけて!」
ロンは深呼吸をし、冷気の中で剣の柄を握りしめた。極度の寒さが、かえって彼の五感を研ぎ澄ませる。
「気をつけろ。足元が滑りやすい。一歩一歩、慎重に進むぞ。」
通路は下り坂が続き、足元の氷は鏡のように滑る。ソフィアとクローディアは、滑り止めのために簡易な魔法を靴に付与しながら、互いに支え合って進んだ。ラインズは盾と剣を支えにして、慎重に体重を移動させる。
数百メートルも進んだ頃、彼らの行く手を阻む最大の難所が現れた。通路は断崖となって途切れており、眼下には巨大な氷のクレバスが口を開けている。底は見えず、冷たい風が下から吹き上がってくる。そして、クレバスの対岸へと続く道は、凍り付いた巨大な岩柱一本しかなかった。
「橋…じゃないわね。ただの氷の柱よ!」
クローディアが愕然とする。
「幅はせいぜい一人分。しかも表面は氷でツルツルだわ。」
「無理だ、こんなところ、飛び移れる距離じゃない。」
ラインズが声を荒げる。
ロンは冷静に、岩柱の状態と距離を測る。そして、彼の視線はカノンに向けられた。カノンは無言で頷き、背中のリュックから頑丈な魔導ロープと、先端にフックがついた特殊な銃弾を取り出した。
「カノン、対岸の岩肌の、あの突起を狙えるか?」
ロンが指差す。突起は、ほとんど見えないほどの小さな岩の窪みだった。
カノンは何も言わず、雪と氷に覆われた地面に伏せ、銃を構える。集中し、冷気で悴む指を抑えながら、狙いを定める。
パァン!
乾いた発砲音と共に、銃弾は正確に突起に命中。フックが展開し、ロープがしっかりと固定された。
「よし!ラインズと俺でロープを張る。ソフィアとクローディアは魔法で足元を固めてくれ!」
ロンが指示を出す。
ラインズがロープの反対側の端を、こちらの岩にしっかりと固定する。ロープは、クレバスの上空に、一本の頼りない命綱として架けられた。
「行くぞ!」ロンが最初にロープを伝い始めた。彼の体幹とバランス感覚は、この不安定な状況下で最大限に発揮される。続いてカノン、ラインズが渡る。
ソフィアとクローディアが最後に渡る番になった。ソフィアがロープを掴んだ瞬間、クレバスの下から「キィィィ…!」という甲高い鳴き声が響いた。クレバスの底から、鋭い氷の牙と巨大な翼を持つ「氷のコウモリ(アイス・バット)」の群れが、冷たい風と共に舞い上がってきた。
「きゃっ!魔物よ!」
ソフィアが怯む。
「ソフィア!落ち着いて!魔法でコウモリを牽制して!」
ロンが対岸から叫ぶ。
ソフィアは恐怖を抑え、風魔法でコウモリの群れを一時的に押し返す。その隙に、クローディアが迅速にロープを伝い、対岸へと渡り切った。ソフィアも慌ててロープを伝い、ロンとラインズの助けを借りて、間一髪でクレバスを飛び越えた。
コウモリの群れは、ロンたちが渡り切ったのを確認すると、再びクレバスの底へと消えていった。
「危なかった…」
ラインズが息を吐く。
「全く、最後まで気が抜けないな、このダンジョンは。」
クレバスを越えた先、通路は急な上り坂となり、やがて視界が開けた。彼らは巨大な氷のドーム状の空間に辿り着いたのだ。
そして、そのドームの天井には、ぽっかりと穴が開いており、そこから差し込む外の光が見えた。しかし、それ以上に目を奪われたのは、ドームの壁面を滝となって流れ落ち、巨大な氷柱となって凍り付いた、壮大なる「氷河の滝」の姿だった。
「あれが…氷河の滝…!」
ソフィアが言葉を失う。
目的地は、すぐそこだ。彼らの目の前には、外の光が差し込む出口と、滝の巨大な氷の構造物が広がっていた。
ロンは、剣の柄を握りしめ、冷気に晒された息を吐き出した。




