地下坑道の探索
王都バンデルセンの北西、人里離れた森の奥深く。苔むした石造りの扉が固く閉ざされた古びた地下坑道の入り口の一つに彼らの姿が。数日前、ライアンズ古物商の老翁から得た地図と情報によって、彼らはこの場所に辿り着いたのだ。
「ここね…『封印されし地下坑道』の入り口の一つ。」クローディアが資料と見比べる。封印は…物理的なもののようね。」
ロンは深呼吸をして剣の柄に手を置いた。万全の準備は整えた。王都で調達した明るい魔導ランタンが、足元を照らす。リュックには、食料、水、解毒剤、そして地下探索に役立つ様々な道具が詰め込まれている。
「よし、開けるぞ!」
ラインズが剣を構える。
ロンが頷き、クローディアが扉の封印を解くための簡単な解除魔法をかける。そして、ラインズが剣の柄で扉を押し込んだ。
ゴゴゴゴ…!
重厚な石の扉が、鈍い音を立ててゆっくりと開いていく。中から吹き付けてくる空気は、ひんやりとして湿っており、土と岩、そして微かに腐敗したような、独特の匂いがした。奥は漆黒の闇に閉ざされており、何も見えない。
「…行くぞ。」
ロンが静かに言う。
彼らは互いに頷き合い、警戒しながら、未知なる『封印されし地下坑道』の闇の中へと、一歩を踏み出した。
入り口を抜けると、そこは人工的に掘られたトンネルだったが、壁面は荒削りで、天井からは岩が剥がれ落ちている場所もある。足元には水たまりができ、奇妙な菌類が自生していた。
魔導ランタンの光が届く範囲で、湿った岩肌と、奥へと続く暗い通路がぼんやりと浮かび上がる。彼らの足音が、じめついた空気に吸い込まれていくようだった。
数十メートルも進んだ頃だろうか。通路は複雑に分岐し始め、どこへ進むべきか判断が難しくなった。まさに迷路のような構造だ。
「これは…」
ソフィアが困惑したように周囲を見回す。
「分岐が多すぎるわ。地図がなければ迷ってしまうわね。」
「老翁の地図がなければ、今頃途方に暮れてたな。」
ラインズが地図を取り出す。老翁から渡された巻物には、緻密な手書きで坑道の全貌が描かれていた。
ロンは地図と周囲の景色を慎重に見比べ、方向を定めた。
「右だ。この先に、小さな採掘場跡があるはずだ。」
彼らはロンの指示に従い、正しい通路へと進む。しかし、その通路の天井から、不自然に吊り下げられたワイヤーがロンの視界の端に映った。
「止まれ!罠だ!」
ロンが叫び、全員がその場に凍り付く。
カノンが素早く銃を構え、ワイヤーの先を狙い、発砲する。パァン!と乾いた音が響き、ワイヤーが切れる。次の瞬間、ワイヤーの先に繋がっていた天井の岩がドスッ!という鈍い音を立てて地面に落下した。もし気づくのが遅れていれば、直撃を食らっていたかもしれない。
「見事だ、カノン。」
ラインズが感心したように言う。
「流石は老翁の地図ね。罠の場所まで記されているわ。」
クローディアが地図を指差す。そこには確かに落盤罠と小さな文字で記されていた。
罠を回避し、さらに奥へと進むと彼らの目の前にわずかに開けた空間が現れた。そこは、かつて掘り進められていた採掘場跡のようだった。壁面には、これまで見たことのない青く鈍く光る鉱石が埋め込まれている。
「これは…!」
ラインズが駆け寄る。
「珍しい鉱石だ! これなら、いい値がつくぜ!」
老翁の言っていた珍しい鉱石が、早速見つかったのだ。ラインズは、持っていた専用の道具で、丁寧に鉱石を壁から剥がし取った。その光は、暗い坑道の中で、まるで小さな星のように瞬いていた。
さらにその空間の片隅、崩れた岩の影に、古びた木製の箱が半ば埋もれるように置かれているのが見えた。
「宝箱かしら…?」
ソフィアが目を輝かせる。
ロンが慎重に近づき、警戒しながら箱の蓋を開ける。中には、錆びついた短剣や、擦り切れた革の防具と共に、小さな布袋が入っていた。布袋の中には、いくつかの古い金貨と、色褪せた冒険者の手記が収められていた。
「過去の冒険者の遺品だな。」
ロンが手記を手に取る。
「きっと、この坑道で力尽きたんだろう。」
手記には、この坑道での魔物との遭遇、迷路のような構造に苦しめられたこと、そして奥へ進むことへの絶望が綴られていた。ロンたちは、その手記から、この地下坑道がどれほど過酷な場所であるかを改めて痛感した。
「休憩ポイントも、見つけないとね。」
クローディアが地図を確認する。老翁の地図には、休息に適した場所が記されているはずだった。
彼らは得られた鉱石と宝箱の中身をリュックにしまい、再び坑道の奥へと目を向けた。この地下坑道は、彼らが想像していた以上に広大で、ただの通路ではない、まさにダンジョンとしての性質を色濃く持っていることを実感する。
「よし、気を引き締めていこう。」
ロンが全員に声をかける。
「ここからが本番だ。」
地下の闇は、まだ彼らの奥深くへと続いていた。氷河の滝への道は、ここからさらなる謎と危険を秘めた、地下深くへと続いていく。