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変わり者の道具屋

王都バンデルセンの裏路地。埃を被った古びた道具屋の扉を前に、立ち尽くしていた。数日間の捜索の末、ようやく辿り着いた最後の望みだった。


「ここが…噂の道具屋か。」


ラインズが店の看板を見上げる。文字は風化して読みづらいが、確かにライアンズ古物商と読める。


「滅多に店を開けないって話だったけど…どうする?」


ソフィアが不安げに扉を見つめる。

ロンは意を決して、扉に手をかけた。すると、ギィィ…と鈍い音を立てて、扉がわずかに開いた。中から、カビと古い紙の匂いが混じった、独特の空気が流れ出てくる。


「…開いたぞ。」


ロンが静かに言う。

一行が中へ足を踏み入れると、そこは薄暗く、天井まで届く棚には、ガラクタとしか思えないような古びた道具や、得体の知れない骨董品が所狭しと並べられていた。床には埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。


「いらっしゃい…」


店の奥から、しわがれた声が響いた。声の主は、山積みの本の陰に隠れるように座っていた、白髪の老翁だった。彼の顔は皺深く、眼鏡の奥の瞳は、まるで遠い過去を見つめているかのようにぼんやりとしている。その身につけているローブは、長年の埃でくすんでいた。


「…何の用だね。私は滅多に店を開けない。珍しい客だ。」


老翁は、ロンたちを一瞥すると、再び手元の古書に目を落とした。


ロンは一歩前に出る。


「失礼します。私たちは『封印されし地下坑道』に関する情報を求めて、あなたを訪ねました。」


老翁の手がピタリと止まった。彼はゆっくりと顔を上げ、眼鏡の奥の瞳が初めてロンたちをはっきりと捉えた。その目には、先ほどまでのぼんやりとした光景とは異なる鋭い知性が宿っていた。


「ほう…『封印されし地下坑道』か。忘れ去られた場所の、忘れ去られた情報…まさか、今になってその名を聞くとはな。」


老翁はニヤリと笑う。その笑みは、どこか皮肉めいていた。


「君たちのような若造が、そんな危険な場所に関心を持つとは…愚か者か、それとも…」


「私たちは、氷河の滝へ向かうために、その地下坑道を通る必要があります。」


クローディアが簡潔に説明する。


「しかし、情報が極めて少なく、万全の準備なしでは危険すぎると判断しました。どうか、あなたの知識を貸していただけませんか?」


老翁は、ロンたちをじっと見つめた後、フン、と鼻を鳴らした。


「知識はただではやらん。特に、私のような変わり者の知識はな。」


ラインズが身構える。

「何をすればいいんだ?」


「ふむ…」


老翁は再び目を閉じ、何かを考えるように沈黙した。


「では、一つ、試してやろう。私が出す問いに答えよ。もし答えられれば、望む情報をくれてやろう。」


ロンたちは顔を見合わせる。やはり一筋縄ではいかない。


「…いいでしょう。」


ロンが答える。


「どんな問いですか?」


老翁はゆっくりと目を開け、ロンの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「『魂』とは何か? そして、『繋がり』とは何か? 君たちの言葉で、私に聞かせよ。」


その問いに、ロンは息を呑んだ。それは、王都での激戦の中、彼が『魂震』を覚醒させた際に辿り着いた…まさに核心の問いだった。ラインズやソフィア、クローディア、カノンも、その問いの深さに驚き、ロンに視線を集中させる。


ロンは、一瞬の戸惑いの後、ゆっくりと口を開いた。王都での仲間との連携、そして『魂震』の発動を通じて彼が感じた、魂と絆の真実を、自身の言葉で語り始めた。


「魂とは…感情の光です。喜び、悲しみ、怒り、希望…全てが、その者の存在を形作る輝きだと、俺は思います。」


ロンは、あの時、仲間たちの魂の輝きを見たことを思い出す。


「そして、繋がりとは…その魂の光が、互いを信じ、支え合うことで織りなす、強固な『形』です。それは、一人では成し得ない力を生み出し、どんな絶望も乗り越える…」


ロンの言葉は、彼の内側から湧き上がる真実の響きを帯びていた。ラインズたちは、ロンの言葉に静かに頷き、その瞳には、彼らの絆を再確認するような光が宿る。


老翁は、ロンの言葉をじっと聞き入っていた。彼の顔には、微かな驚きと、そして深い満足の色が浮かんでいた。彼はゆっくりと立ち上がり、ロンたちに背を向け、棚の奥へと歩いていく。


「…なるほど。魂の形を理解し、繋がりを力とするか。面白い…実に面白い。」


老翁の声には、先ほどまでの皮肉めいた響きは消え、純粋な好奇心が宿っていた。


「まさか、この時代に、魂の真理を理解する者が現れるとはな…」


老翁は棚の奥から、埃を被った一冊の分厚い革表紙の本と、古びた巻物を取り出した。


「約束通りだ。これは『封印されし地下坑道』に関する、私が長年かけて集めた記録と、その内部の地図だ。」


彼はロンにそれらを差し出した。ロンは慎重に受け取る。革表紙の本は、手書きの文字でびっしりと埋め尽くされており、巻物は複雑な通路が詳細に描かれた地図だった。


「その坑道は、かつて古代の魔術師が、ある強力な存在を封印するために利用した場所だ。」


老翁は語り始める。


「封印されたのは単なる魔物ではない。その存在が放つ瘴気によって坑道内の魔物たちは異常な進化を遂げ、凶暴化している。そして、内部にはその封印に関わる古代の遺物や強力な魔力を持つ鉱石が眠っている。過去の冒険者たちの亡骸も多いが、彼らの遺品の中にはまだ使えるものもあるだろう。」


老翁はさらに続けた。


「坑道は広大で複雑な迷路だが、私が記した地図には隠された休憩ポイントや比較的安全なキャンプ地も記してある。だが、最も重要なのは、『封印されし地下坑道』の最深部には氷河の滝へと直接繋がる、隠された通路が存在するということだ。それは通常の地図には載っていない、極秘の道だ。」


ロンたちは、その情報に息を呑んだ。特に、氷河の滝への直接の通路という言葉は、彼らの目的達成への大きな希望となった。


「ただし…」


老翁はロンの目を見つめる。


「その通路を守るように、坑道の最深部には、封印された存在の影響を最も強く受けた、異形の魔物が潜んでいる。それは、通常の魔物とは一線を画す、極めて危険な存在だ。君たちの『繋がり』の力が、どこまで通用するか…見せてもらうとしよう。」


老翁は、再び山積みの本の陰へと座り込んだ。


「これで君たちの旅は少しは楽になるだろう。だが、油断はするな。地下の闇は常に新たな試練を君たちに与えるだろうからな。」


ロンたちは、貴重な情報と地図を手に、道具屋を後にした。外に出ると、王都の喧騒が再び耳に届く。彼らの顔には、安堵と、そして新たな困難への決意が宿っていた。


「まさか、あんな人物がいたなんて…」


ソフィアが呟く。


「これで、地下坑道への準備は万全だ。」


ラインズが地図を広げる。


「さあ、作戦を練り直して、出発するぞ!」


ロンは、手にした古書と巻物を強く握りしめた。氷河の滝への道は、地下深くへと続いていた。そして、その先には、未知の危険と、そして古代の封印された存在が待ち受けている。


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