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撤退、勝てない時は無理はしない。

『火剣のデヴァイス』、『葬弓のエンダー』、『殲滅魔導のヴィアス』、『千拳のノワール』――四人の幹部が名乗る。その存在感は、先ほどまで相対していた一般構成員とは比べ物にならない。彼らが放つ「一流」の気配に、ロンたちの顔から血の気が引くのが分かった。


(不味い…!)


ロンの直感が警鐘を鳴らす。勝てないとは断言できないまでも、この場でまともにぶつかるのは、あまりにも危険が大きすぎた。

先程の戦闘の後で、こちらは万全ではない。


その上、相手は四人。個々の実力はもちろんのこと、幹部同士の連携も未知数だ。


「ロン…どうする?」


「あぁ、このままやり合うのはなぁ…」


ラインズが険しい表情でロンを見る。彼の額には、冷や汗が滲んでいた。目の前の敵が、どれほどの脅威か、直感的に理解していた。


ソフィアもクローディアも、そしてカノンも、静かにロンの判断を待っていた。この状況で無謀な戦いを挑むことは、自滅に繋がりかねない。彼らが『枯れ葉峠の関所跡』を拠点としているのは、氷河の滝へ向かう要衝だからだ。


つまり、『鷹の目』の目的は、宝を確保するまでの「防衛」がメインのはず。


(ここで戦い、もし勝てたとしても…代償が大きすぎる。俺たちの目的は、この先の氷河の滝にあるブラッククラウンだ。ここで消耗してしまえば、それどころじゃなくなる…!)


一瞬の沈黙が、重くロンたちにのしかかる。デヴァイスたちは、その沈黙を嘲笑うかのように、じっとロンたちを見つめていた。

ロンは意を決したように、小さく頷いた。


「撤退する! 王都へ戻るぞ!」


ロンの言葉に、誰も異論は唱えなかった。これが最善の選択だと、全員が理解していたからだ。


「何っ!?」


『鷹の目』の幹部たちは、ロンたちの即断の撤退に一瞬、意表を突かれたような顔をした。彼らは、目の前の冒険者たちが、簡単に引き下がるとは思っていなかったのだろう。


「逃がすか…!」 


ノワールが素早く一歩踏み出す。千の拳を繰り出すというその体術は、一撃でロンたちを捕らえるには十分な速度を誇る。


「逃げるぞ! クローディア、援護を頼む!」


ロンが叫ぶと同時に、ラインズが先頭に立って逃走経路を確保する。ソフィアは後方から魔法で幹部たちの足元を牽制し、カノンは正確な狙撃でデヴァイスやエンダーの動きを僅かに遅らせる。


「させるか!」


デヴァイスの剣から炎が噴き出し、ロンたちの撤退路を焼こうとする。エンダーの弓からは、狙い澄まされた矢が唸りを上げて飛来した。ヴィアスの詠唱が響き渡り、周囲の空間に不穏な魔力が満ち始める。


しかし、『始まりの戦線』は、撤退戦においてもその真価を発揮した。ラインズの機敏な動きで障害物を飛び越え、ロンは追撃を最小限に抑えるよう指示を出す。


クローディアの防御魔法が、ヴィアスの放った魔法の衝撃をわずかに逸らし、ソフィアの治癒魔法がかすり傷を瞬時に癒していく。カノンは常に後方を警戒し、追撃してくる幹部の足元や隙を狙って援護射撃を続ける。


『鷹の目』の幹部たちは、さすがに一流の腕前でロンたちを追撃する。しかし、彼らの目的はあくまで防衛と宝だ。この関所跡を離れ、深追いをして時間を浪費するわけにはいかない。ロンたちも、彼らの攻撃を全て受け止めるのではなく、いかにダメージを抑え、素早く距離を取るかに徹した。


そして、森の奥へと続く分かれ道に差し掛かった時、ロンたちは一斉に速度を上げた。幹部たちは追撃を諦め、関所跡の境界線で立ち止まる。


「…ふん、逃げ足だけは速いようだな。」


デヴァイスが忌々しげに吐き捨てる。


「首領の命令は、あくまで『この峠の確保』よ。深追いは無用。」


ヴィアスが冷静に言う。


ロンたちは、そのまま街道を離れ、森の中の獣道へと分け入っていった。冷たい風が頬を撫でる。息は上がっているものの、誰もが撤退という判断が正しかったことを悟っていた。


「これで…一旦は安全、か。」


ラインズが木の幹に寄りかかり、大きく息を吐いた。


「ええ。このまま氷河の滝へ向かうのは不可能ね。」


ソフィアが疲れた表情で答える。


「王都まで戻りましょう。態勢を立て直さないと。」


彼らは今、幹部たちとの戦いを回避したことで、パーティーは疲弊し、消耗していた。このまま旅を続けるのはあまりにも危険だ。彼らは来た道を戻り、王都へと引き返すことを決めた。


王都には、彼らを評価し、支援してくれる組織がある。そこで態勢を立て直し、今回の『鷹の目』との遭遇、そして氷河の滝へのルートをどうするか…今後の作戦を練り直す必要があった。


数日後、疲労困憊の『始まりの戦線』の面々は、再び王都の門をくぐった。王都はまだ襲撃の爪痕が残るものの、復旧作業が進み、以前より警戒が厳しくなっていた。彼らの帰還に、門番は驚いたような顔を見せた。


宿に戻ると、彼らはまず深く休息を取った。そして、今回の『鷹の目』との遭遇、幹部クラスの存在、そして撤退の判断について話し合った。


「まさか、アウトローとは別に、あんな組織がいたなんてな。」


ラインズが唸る。


「しかも、幹部は一流揃いか。」


「王都での事件で、アウトローは確かに消耗したでしょうけど…闇の世界には、他にも厄介な連中がいるってことね。」


ソフィアが顔を曇らせる。


クローディアが今回の情報を整理する。


「『鷹の目』は氷河の滝に宝を求めている。そして、そのルート上の関所を占拠している。彼らの目的は金銭…アウトローとは動機が異なるわ。」


「だが、幹部の実力は本物だ。あのまま戦っていたら…」


ロンは言葉を濁すが、全員が理解していた。


「まぁ、ロンの言うことはわかるぜ!あの幹部達は明らかに強い。5対2とかなら行ける思うが、あの4人とやり合ったら明らかに不味い。」


「私もそう思いますわ。エルフの経験でどうにか出来るほど甘い相手ではありません。ですので、違う道や隠密行動で行けるかとか方法は考えるべきだと思います。」


態勢を立て直し、情報を整理し、今後の作戦を練る。王都に戻ってきたことで、クレー商会や騎士団からの新たな情報や支援も期待できるかもしれない。今回の撤退は、決して敗北ではない。次なる一歩のための、賢明な判断だった。



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