鷹の目との戦闘
「嫌だと言ったら?」
「殺す。」
『鷹の目』の一員が吐き捨てたその言葉を合図に、戦闘が始まった。ロンたちが避けきった枯れ葉の罠から、さらに数人の影が飛び出す。彼らはそれぞれの職業に応じた武器を構えていたが、その動きは教科書通りのものではなかった。
まず仕掛けてきたのは、先ほど挑発してきた剣士風の男だった。彼は剣を構えながらも、同時に懐から数本の投げナイフを取り出し、ロンたちに向けて放つ。剣の間合いの外から飛んでくる不意の攻撃に、ロンとラインズは咄嗟に剣で弾く。
「全員、不意打ちを警戒しろ!見かけどおり職業の戦い方じゃない!!」
「くそっ、剣士が投げナイフだと!?」
ラインズが舌打ちする。
その隙を狙って、木々の陰に潜んでいた弓兵が、矢と共に奇妙な粉の入った小袋をロンの顔目掛けて射ってきた。
ロンが身を翻して避けると、粉は地面に散り、周囲の視界を僅かに遮る。
「目潰し用の粉かしら!」
ソフィアが叫ぶ。
さらに、ローブをまとった魔法使いらしき男が詠唱を始めると、足元の地面から粘性の高い泥が噴き出し、ラインズとクローディアの足元を絡め取ろうとする。
「厄介ね!」
クローディアが瞬時に防御魔法を展開し、泥の広がりを止める。
『鷹の目』の構成員たちは、一人ひとりの技量は確かに「三流」と呼べるものだった。
しかし、彼らは自身の弱点を理解し、それを補うための搦手や、異なる職業間での連携を驚くほど巧みに使ってくる。剣士が間合い外から攻撃し、弓兵が目潰しで視界を奪い、魔法使いが足止めをする。
盗賊らしき身軽な男は、物陰に隠れては隙を窺い、背後からロンたちの荷物を狙う気配を見せていた。
「正面から来ない分、タチが悪いわね…!」
カノンが狙いを定めるが、敵は地形を最大限に利用し、すぐに物陰に隠れてしまうため、狙撃は難しい。
ロンたちは最初は彼らの常識外れの戦術に戸惑い、思うように攻めあぐねた。
ラインズが剣を振るうと、敵の剣士は深追いをせず、後方から飛んでくる弓兵の牽制に合わせて距離を取る。クローディアが攻撃魔法を放とうとすると、盗賊が小石を投げつけて詠唱を妨害してくる。
しかし、『始まりの戦線』の面々も、王都での激戦を乗り越えた精鋭だ。彼らは次第に相手の戦術パターンを読み解き始める。
「誘い込んでいる! あの剣士、罠がある場所に誘導してるわ!」
ソフィアが叫ぶ。彼女の素早い指示で、ラインズはフェイントをかけ、敵の剣士が仕掛けた落とし穴を寸前で避ける。
ロンは、五感を研ぎ澄ます。
敵の罠が仕掛けられた場所や、奇襲を仕掛けてくる者の気配が、微かな違和感として肌で感じ取れるようになっていた。意識的に使えるわけではないが、危機が迫るたびに、彼の本能が警鐘を鳴らす。
「カノン、あの弓兵だ。視界を奪う粉を撒いてくる。」
「了解。」
ロンが指示を出す。
カノンは地形のわずかな隆起を利用して射線を通し、その弓兵の右腕を狙い撃つ。弾丸がかすめ、弓兵は苦痛の声を上げて弓を取り落とした。
ソフィアが魔法でロンたちの視界を確保し、クローディアは広範囲の拘束魔法で、散らばる敵の足止めを図る。ラインズは、剣士の投げナイフを捌きつつ、一気に間合いを詰める。
「くっ、なかなか手強い!」
ラインズの剣技が、奇襲を避けたことで体勢を崩した剣士に襲い掛かる。剣士は慌てて防御するが、その防御は甘く、ラインズの連撃を受けて後退した。
『鷹の目』の一般構成員たちは、一流と言えない職業の集まりだ。個々の連携や狡猾さはあったが、『始まりの戦線』の純粋な戦闘能力とチームワークの前には、限界があった。リーダー格を失った盗賊は混乱し、弓兵も治療役の僧兵も、各個撃破されていく。
「ちくしょう…! 撤退だ! 一度引くぞ!」
残った数人が敗走を叫び、蜘蛛の子を散らすように木々の中に逃げ込んでいく。ロンたちは深追いをせず、息を整える。
「ふう…思ったより、厄介だったわね。」
ソフィアが疲れた息を吐く。
「ああ、真っ当に戦ってこないからな。」
ラインズも汗を拭う。
「だが、これで峠の占拠は解けたか…?」
ロンたちが関所跡の中心へと進むと、荒らされた番屋の奥から、複数の足音が聞こえてきた。その足音は、先ほどの逃げていった一般構成員のそれとは明らかに異なる、重く、確かな響きを持っていた。
そして、番屋の陰から現れたのは、4人の人影だった。
彼らはそれぞれ、精緻な装飾が施された剣、漆黒の弓、複雑な紋様が刻まれた魔導書、そして鋼鉄の籠手を身につけていた。
その立ち姿は、先ほどの二流崩れの構成員たちとは比べ物にならないほど堂々としており、彼らの全身から放たれる気配は、明らかに「一流」のそれだった。
「…随分と暴れてくれたものだな、噂の『始まりの戦線』さんよ。」
その中の一人、精悍な顔つきの剣士が冷ややかな声で言う。彼の瞳は、獲物を見定める鷹のように鋭く、ロンたちを射抜いていた。
「しかし、ここから先は、我々『鷹の目』幹部の領域だ。お前たちのような若造が、踏み荒らしていい場所ではない。」
「新手か!?」
「ふん…まぁいい。俺は『火剣のデヴァイス』。幹部の一人。」
「…『葬弓のエンダー』。」
「私は『殲滅魔導のヴィアス』、幹部よ。」
「『千拳のノワール』。俺も幹部だ。」
弓と魔法を扱うの女性、剣と拳は男性。
見事に分かれている。
それだけではなく、この4人と渡り合わないといけないのか?実力的には恐らく…負けている可能性が高い。
俺達はどうするか、選ばなければならない。
戦うか、撤退するかを。