協力者の壁、王都の思惑
情報収集と氷牙の滝へ挑むための装備準備を終えた始まりの戦線は、王都バンデルセンの宿で夜を明かした。
夜明けの目から得た情報は彼らの覚悟を固めさせたが、同時に、この使命が自分たちDランクの冒険者だけで担える規模ではないことを痛感させていた。アウトローという強大な敵に対抗し、散らばったブラッククラウンを集めるためには、王都が持つ組織の力が必要だ。
話し合いの結果、彼らは王都の主要な組織に協力を仰ぐことを決めた。ラインズは純白の騎士団、ソフィアが提案した王立図書館、そしてロンが思い出したクレー商会。
どの組織からアプローチすべきか…悩んだ末、ロンは旧知の商会であるクレー商会から話を通すのが最も現実的だと判断した。かつてオーランド支部がアウトローに襲われた際、自分たちが助けた縁がある。
商会長直々に話を聞いてもらえるかは分からないが、会社としては自分たちに借りがある形になる。そこを足がかりにできないかと考えたのだ。
翌朝、ロンたちは王都の目抜き通りに面した、壮麗なクレー商会王都総本店を訪れた。圧倒的な規模だ。白く磨かれた石造りの壁は高くそびえ、大きな馬車や荷馬車がひっきりなしに出入りしている。
冒険者ギルドや王都自警団の詰所とは比べ物にならない、富と権力の象徴のような建物だった。
受付で、ロンは緊張しながらも
「冒険者『ロン』として、クレー商会長アンドリュー=クレー様にお目通り願いたい」と伝えた。
オーランド支部を助けた冒険者であること、そして緊急の要件があることを付け加える。
受付嬢は、冒険者であるロンたちを訝しむ様子もなく、丁寧に応対してくれた。王都総本店では、様々な身分の人間が出入りすることに慣れているのかもしれない。しばらく待たされた後、意外にもスムーズに面会が叶った。
通された応接室は、調度品一つ取ってもため息が出るほど豪華だ。そこに座っていたのは、想像していたような老齢の大商人ではなかった。
30歳過ぎだろうか、引き締まった体躯に、理知的な光を宿した鋭い瞳を持つ男性。整った顔立ちに、漂うのは若き総帥に相応しい威厳と、しかしどこか掴みどころのない雰囲気だ。彼こそ、クレー商会の総てを束ねる商会長アンドリュー=クレーだった。
「君たちが、ロン君たちのパーティーか。オーランド支店の件では、感謝している。まさか君たちに助けられるとはな。」
「そちらの被害が減らせたことは良かったと思います。」
アンドリュー氏は、ロンたちの顔を見ると、僅かに目を細め、穏やかながらも力のある声で言った。彼が、自分たちのことを知っていた…やはり、オーランド支店から報告が上がっていたのだ。
ロンは改めて、オーランド支部を助けた際の経緯と、その節のクレー商会の対応への感謝を述べた。 ラインズ やソフィアも緊張しつつ挨拶をする。カノンは無言でアンドリュー氏を観察している。
「さて、感謝はした。だが、君たちが王都総本店まで来たのは、それだけではないのだろう?」
「はい、実は…お願いしたいことがございまして…」
アンドリュー氏は、世間話は終わりにしよう、と促すように本題に入った。彼の瞳には、ビジネスマンとしての鋭い光が宿っている。
ロンは意を決し、慎重に言葉を選びながら、彼らが追っている危険な闇ギルド『アウトロー』について、そして彼らが王都の安全をも脅かす可能性のある強力な古代遺物を狙っていることを説明した。大災厄やブラッククラウンといった単語は伏せ、古代遺物王都の危機といった、彼にとってより現実的な脅威にフォーカスする。
「アウトロー…そして古代遺物、か。」
アンドリュー氏は肘掛に指先を立て、考え込む。彼の脳裏では、話のリスクとリターン、クレー商会にもたらしうる損益が瞬時に計算されているのだろう。
ロンたちの話は、突飛な冒険者の荒唐無稽な作り話にも聞こえかねない。しかし、彼はロンたちの真剣な様子と、彼らが実際にオーランドでアウトローを退けたという実績、そしてオーランド支店からの詳細な報告を考慮に入れているはずだ。
加えて、アンドリュー氏自身がオーランドでアウトローの襲撃を体験している。あの時の彼らの異様さ、そして自身が無力であった事実。それが彼の判断に影響を与えているかもしれない。
「王都の危機となれば、クレー商会も無関心ではいられません。」
アンドリュー氏はやがて顔を上げた。
「君たちの話…興味深い。信じがたい部分もあるが、君たちの実績、そしてあの時のオーランド支店の状況を鑑みれば、全くのデマとも思えぬ。」
彼はロンたちを見定めるように見た後、問いかけた。
「君たちは、そのアウトローを追っているのだろう? 我がクレー商会に、どのような協力を望む?」
ロンは、商会の情報網からアウトローの他の活動拠点や人員に関する情報を提供してもらうこと、そして、王都の公式組織である純白の騎士団や魔術ギルド『宵の明星』への、信頼できる筋からの紹介を求めた。王都での活動を円滑に進めるためには、彼ら冒険者だけの信用では限界があると考えたからだ。
アンドリュー氏は、ロンの要望を聞くと、僅かに口元を緩めた。
「情報…そして、あの堅物揃いの騎士団や、気難しい魔術師たちへの紹介か。ほう…君たち、なかなか面白いことを考える。」
彼は損得勘定だけではない、知的好奇心や、ロンたちの度胸を評価するような表情を見せた。
「いいだろう。君たちの誠意と、オーランド支店の件への感謝として、できる限りの協力をしよう。」
彼は、クレー商会の持つ情報網から、アウトローに関する王都内外の情報を集めることを約束し、さらに、純白の騎士団と魔術ギルド『宵の明星』の、話を聞いてくれそうな人物への紹介状を用意することを請け合った。資金援助については明言しなかったが、必要であれば物品面での支援も視野に入れているような口ぶりだった。
クレー商会総会長アンドリュー=クレー。稀代の商才を持ち、損得で動く合理的な人物でありながら、人情や冒険者のロマンにも理解を示す、奥行きのある人物だった。ロンたちは、王都での活動において、最も強力な後ろ盾の一つとなりうる人物との繋がりを得たのだ。
アンドリュー氏からの紹介状を手に、ロンたちは次に純白の騎士団本部を訪れた。王都の中心部、王城の近くに位置する壮麗な建物は、クレー商会とはまた異なる、厳粛な雰囲気だ。入り口の衛兵はホワイトナイツ所属だろう。
ロンたちは紹介状を示し、ガリウス隊長との面会を求めた。ガリウス隊長は、鍛え抜かれた体躯と、厳しい表情を持つ人物だった。
応接室に通されると、ガリウス隊長は既に席にいた。紹介状に目を通した彼は、ロンたちを見る。
「クレー商会長殿の紹介か。冒険者諸君が、私に何の用だ。」
その声には、一切の感情が滲まない。
ロンは、アンドリュー氏にしたように、慎重に言葉を選び、アウトローという凶悪な闇ギルドが王都の安全を脅かしていること、そして彼らが追う危険な古代遺物について、協力を求めた。クレー商会長からの紹介があることを強調し、自分たちが単なる駆け出しではないことを示そうとする。
ガリウス隊長は、ロンの話を表情一つ変えずに聞いていた。
「アウトロー…王都での不穏な動きについては、我々も警戒している。闇ギルドは、断じて見過ごすわけにはいかない。」
彼の瞳に、闇ギルドに対する強い敵意が宿る。ホワイトナイツの闇ギルドを許さないという姿勢は本物だ。
「だが…君たちの話にある『古代遺物』…そして、君たちがそのアウトローを追っているという事実…にわかには信じがたい。」
ガリウス隊長は厳しい視線をロンに向ける。
「クレー商会長殿が君たちを推すのは理解できるが、君たちが本当にその使命を担える力量があのか…我々騎士団の『目』で見定める必要がある。」
彼は協力を完全に否定はしなかったが、非常に慎重な姿勢を示した。情報提供は行う可能性、そしてもし王都でアウトローが大規模な動きを見せた場合、彼ら冒険者の力量を見て、共同で対処することを検討する、という限定的な協力の可能性を示唆した。
ロンたちの真の実力、そして事態の深刻さを直接見るまでは、全面的な協力はしない、ということだろう。
ホワイトナイツへの協力を打診した後、ロンたちは魔術ギルド『 宵の明星』本部を訪れた。こちらも王都の由緒ある地区に位置しており、知的な雰囲気が漂っている。受付には、王立魔術院や『宵の明星』に所属する魔術師たちがいた。
ロン達は、クレー商会長からの紹介状を示し、ギルドの幹部であるアルドノア賢者との面会を求めた。アルドノア賢者は、白衣を纏った、温和で知的な人物だ。
ここでは、ソフィアとクローディアが会話の中心となった。彼らが追っている「古代の遺物」が、過去の「封印術式」と深く関わっていること、そしてその封印が不安定になっている可能性を、学術的な関心を引き出す形で説明した。アウトローがその封印を悪用しようとしている可能性にも触れる。
アルドノア賢者は、ロンたちの話、特に「古代の封印術式」「不安定な魔力の流れ」「悪用されうる遺物」といったキーワードに、強い関心を示した。彼の瞳に、研究者としての好奇心の光が宿る。
「ほう…それは興味深い。古代の封印術式が現代において不安定化している可能性がある、と…そして、それを悪用しようとする存在がいる。」
アルドノア賢者は顎鬚を撫でる。
「我が『宵の明星』は、魔術の研究、特に古代魔術においては、王国のどの組織にも引けを取りません。」
彼はロンたちに対し、魔術ギルドが所有する貴重な古代文献や記録への限定的な閲覧許可、そして封印術式や関連する古代の魔力に関する専門的な助言を提供することを申し出た。ただし、実働部隊ではないため、現場での戦闘や探索への直接的な人員派遣は難しいとのことだった。しかし、知識という面では、彼らほど頼りになる組織はない。
王都という組織社会の壁を感じながらも、ロンたちはそれぞれの組織から異なる形の協力を得る可能性を見出した。クレー商会からは情報網と人脈、ホワイトナイツからは有事の際の連携と見定め、宵の明星からは学術的な知識という支援だ。全面的な支援ではないが、何も得られないよりは遥かに良い。
王都の街は静かに、しかし確実に緊張感を高めていく。『始まりの戦線』は、得られた情報と支援、そして自らの力だけを頼りに、来るべき危機に立ち向かう覚悟を固めるのだった。
闇ギルド『アウトロー』 会議室にて
会議室にはクロウとクィーンの2人がいる。
その理由は、幹部のバウンスのためである。
「クィーン、王都襲撃計画はうまく行きそうか?まぁ…構成員はそこそこ使うだろうと思うけど。」
「クロウ、私の戦術と貴方の力があれば襲撃の成功確率かなり高いわよ。それに私も前線に何かあれば出るから。」
「まぁ、そうか。バウンス大丈夫かなぁ?拷問とかされてなきゃいいけど。」
「流石に純白の騎士団がそんなことはしないでしょ。いや、拷問官がいればあり得なくはない。でも、バウンスは簡単には死なないし、情報をゲロったりはしないでしょう。」
「りょーかい。しかし、何で今回の作戦に幹部を使うのは二人までなんだ?」
クィーンな溜息をつく。
「それはレイダーが言ってたでしょう。幹部だって暇じゃない上にブラッククラウンの情報収集のリソースを割けないって。まぁ…私も概ね同意だわ。リソースもあるけど…もし、3人共捕まったらリスクが高い。いっそやるなら全員で助けに行くべきだけど…全員でやるより、今回の作戦に向いてる幹部の現場部隊と支援部隊に分ければ効率的でしょう。」
「俺も難しいことは分からないが…バウンスが助けられるならいいか。」
クィーンはそんな難しい話じゃないだろと更に溜息をつくのであった。




