闇と鉄騎の壁
クレー商会 オーランド支部 内部にて
「商会長!今夜、闇ギルドのアウトロー襲撃されるそうです!」
商会長専用の部屋にはアンドリュー=クレー商会長は椅子に腰掛けている。
「そうか…ギルドからは聞いてはいたが…では、護衛達にすぐに伝えろ!恐らく…この殺伐とした雰囲気はまもなく、アウトローやらが侵入してくるのだろう。であれば、護衛達はすぐに動けるよう内部の玄関前に待機させてある。」
「商会長はいかがされます?」
「残りたいが…いても戦いの邪魔になるだけだ。私は転移の杖で冒険者ギルドで保護してもらう。他の職員もほとんどいないはずだ。君も伝えたら逃げたまえ。」
「かしこまりました!」
そう言って職員は部屋を出ていく。
「アウトロー…許さんぞ…」
ロン達の視点
クレー商会オーランド支部。そこに到着したロンたちが見たのは、静けさではなく、不気味なほどの沈黙に包まれた、黒い人影が集まる光景だった。建物からは、既に金属が軋む音や、雄叫びのような声が
聞こえる。どうやら、護衛達と構成員が戦い始めている。
ロンはロングソードを構える。ソフィアは杖を、クローディアも構えを取る。覚悟を決めた四人は、オーランド支部の、既に扉が破壊された通用口のような場所から、内部へと突入した。
建物の中は、外部の静けさとは裏腹に、騒然としていた。ひっくり返った家具、怯えきった商会の人々、そして彼らを制圧するアウトローの下っ端構成員たち。金品が雑に袋に詰め込まれている。
「くそっ…もう始めてやがる!」
ロンは、その光景を目にして、素早く周囲を見回した。下っ端構成員は複数いるが、幹部の姿はまだ見えない。そして、そのうちの一グループ(5~6人)が、通路の一角でクレー商会の職員数名をまとめて押さえつけている。
「あそこだ。まず、あのグループを制圧する。クローディアさんの話にあった、不意打ちと、連携で。」
ロンは小さく指示を出す。ラインズとソフィア、クローディアが頷く。
闇ギルド相手の「対人戦」だ。力任せに倒すだけでは、騒ぎが広がり他の構成員や幹部に気づかれる。目的は制圧、情報の入手、時間稼ぎ。クローディアのアドバイスが頭をよぎる。
彼らは物音を立てないように、慎重に目標グループに接近する。構成員たちは略奪や職員の監視に集中しており、手薄だ。
「今!」
ロンが合図する。
ソフィアが杖を振るうと、小さな光の弾が構成員たちの視界の端で弾け、一瞬彼らの目が眩む。その隙に、ロンとラインズが飛び出した。ロンはロングソードを鞘に収めたまま、柄頭で構成員の一人の顎を強く打ち付ける。ラインズは剣の腹で別の構成員の腕を払い、体制を崩す。
クローディアは、魔法は使わず、腰に携えていた投げナイフを二本、素早く放つ。刃先ではなく柄の部分で、構成員の肩や腕のツボを正確に狙う。苦痛に呻き、動きが鈍る構成員たち。
「ソフィア!縛って!」
ラインズが叫ぶ。
ソフィアは詠唱なしの短い魔法で、構成員たちの足元に素早く細い蔦を絡ませる。ロンとラインズは、動きが止まった構成員たちに組み付き、持っていた短い縄や、クローディアが用意していた幅広の布で手足を縛り、口を塞いでいく。
訓練の成果だ。4人対6人。数に大きな有利はなかったが、不意打ち、連携、そして相手の動きを止めるための道具や魔法を効果的に使うことで、彼らはわずか数十秒でそのグループを完全に無力化した。制圧された構成員たちは、呻き声すら上げられずに転がっている。
「よし…成功だ!」
ラインズが息を弾ませる。
「クローディアさんのアドバイス、凄い…!」
ソフィアがクローディアを見る。
クローディアは周囲を警戒しながら頷く。
「急ぎましょう。他の構成員が来ます。」
この一角の安全は確保したが、襲撃は続いている。彼らの目的は、ここで立ち止まることではない。
「ここいらの下っ端は片付けた。他の人達や他の構成員がいないか確認しよう!」
ロンが立ち上がる。ギルドの援軍到着まで、どれだけ食い止められるか。
その時、建物の奥から、重厚な足音が響いてきた。
ドォン…ドォン…
その音は規則正しく、しかし地を揺るがすような重みがあった。やがて、ロンたちの前に姿を見せたのは、全身を黒く重厚な金属鎧で固めた巨漢だ。右手に巨大な戦槌、左腕には巨大な重盾を構えている。闇ギルド「アウトロー」幹部の一人、装甲鉄騎バウンスだ。彼が、無力化された下っ端のグループを見て、ロンたちに気づいたのだ。
「邪魔だ…そこを退け、冒険者。」
よく見ると、商会の護衛達らしき人達が周りに転がっている。
こいつがこの人たちを…
低く、響く声が兜の奥から聞こえてくる。
「このプレッシャー! 幹部か…!」
ラインズが顔色を変える。ソフィアの体が震える。クローディアも、その巨体と鎧から放たれる「気」に警戒を強める。
ロンは、その圧倒的な威圧感に冷や汗をかきながらも、剣を構え直す。ここが、踏ん張りどころだ。ギルドの援軍が来るまで、少しでも時間を稼がなければ。
「俺たちは退かない!」
ロンが叫び、バウンスに斬りかかる。
ロンの袈裟斬りは、バウンスの重盾に弾かれる。キンッ!と高い金属音が響き、ロンの腕が痺れる。ラインズの素早い突きも、硬い鎧に阻まれダメージを与えられない。ソフィアの魔法も、バウンスの鎧に当たると効果が薄れてしまうようだ。
「無駄だ…小童共。」
「ならこれはどうだ!」
僕は仕入れたアイテムの痺れ煙玉を投げる。
相手に当たり、見事に爆発する。
煙を吸えば痺れて動けなくなるはずだ。
「無駄と言ったはずだ!小童ァ!!」
バウンスは、ロンたちの攻撃を全く意に介さず、巨大な戦槌をゆっくりと振り下ろす。
「効いてない!?」
とラインズが驚愕する。
「うわっ!」
ロンは紙一重で回避するが、地面が割れる。ラインズは盾で受け止めるが、衝撃で大きく弾き飛ばされて、ダメージを受ける。
圧倒的な力の差。時間稼ぎをするのも難しい。彼らは防御と回避に徹し、バウンスの攻撃を凌ごうとするが、じりじりと追い詰められ、壁際に追い詰められる。
「くっ…硬すぎる…!」
ラインズが呻く。
「このままじゃ…もたない…!」
ソフィアの声が震える。
バウンスは、邪魔者を排除するため、巨大な戦槌を振り上げ、ロンたちに止めを刺そうとする。絶体絶命。
その時、クレー商会本部の入口、そして街の通りから、大きな声が響き渡った!
「そこまでだ! 闇ギルド『アウトロー』! 冒険者ギルドだ!」
「街の衛兵隊だ!抵抗するな!」
光が差し込む。ギルドの冒険者たち、そして衛兵隊が到着したのだ!ギルド長のブラインズンズの姿も見える!
「援軍だ!」
ラインズが叫ぶ。ロンたちの顔に安堵が浮かぶ。
状況は一気に変わった。ギルドの高ランク冒険者たちが、バウンスを含むアウトローの幹部たちや残った構成員たちに襲いかかる。大規模な乱戦が始まった!
「お前たちは行け!ここは俺が食い止める!」
奥から撤退しようとしていた幹部たちに向かって、バウンスが叫んだ。レイダーやナージャ、ローズ、クロウ、そして司令塔のクィーンが、バウンスを一瞬振り返る。彼らの間に、短い言葉や、信頼、決意の視線が交錯する。
バウンスは、他の幹部たちが撤退していくのを見届け、巨大な盾を追撃してくるギルドの精鋭部隊の前に突き立てた。彼は、後退することなく、文字通りの「鉄壁」となった。
「我らの絆を舐めるなよ!」
バウンスの叫びが、乱戦の喧騒の中で響き渡る。
ギルドの精鋭部隊の攻撃が、バウンスに叩き込まれる。剣、魔法、槍…様々な攻撃が彼を襲うが、バウンスの盾はそれらを弾き、重厚な鎧は衝撃を吸収する。並大抵の攻撃では、彼を足止めすることすら難しい。
しかし、相手はギルドの精鋭。その攻撃は執拗で、強力だ。ドォン!と重い音を立ててバウンスの鎧に大剣が叩き込まれ、僅かに亀裂が入る。別の魔法攻撃が盾の側面を襲い、歪みが生じる。
バウンスも大槌を振るって反撃し、追撃部隊を退けるが、その動きは徐々に鈍っていく。彼は、他の幹部が安全圏に達するまで、その場に釘付けになる壁として、満身創痍になりながらも立ち続けた。
ロンたちは、バウンスの圧倒的な強さと、犠牲を厭わない覚悟を目の当たりにしていた。自分たちでは歯が立たなかった相手が、街の精鋭たちを相手に時間を稼ぐ姿に、冒険者という世界の深さと、闇ギルド幹部の凄みを改めて感じる。
彼らは、バウンスから解放された後、乱戦の中で自分たちにできることを行う。下っ端構成員の無力化、逃げ惑うクレー商会の人々の保護、ギルド冒険者への簡単な指示伝達など、連携して立ち回る。クローディアの通信魔法は、既にギルド本体への連絡に使われただろう。現場での細かい連携指示などに使えるかもしれない。
バウンスの奮闘は、他の幹部たちがクレー商会から財産の一部を運び出し、撤退ルートを確保するのに十分な時間を稼いだようだ。やがて、アウトローの他の幹部たちの姿が、計画的な撤退に移っていくのが見える。彼らは追撃の手を振り切り、街の闇の中へと消えていく。
バウンスは、その任務を終えた。満身創痍となり、ついに地面に倒れ伏した彼は、駆け寄ってきたギルドの精鋭たちによって拘束される。兜が外され、苦痛に歪む彼の素顔が見える。しかし、その目は、任務を果たしたことへの僅かな安堵を宿しているようにも見えた。
大規模な戦闘は、アウトローの幹部たちの撤退により終結した。ギルドと衛兵隊がクレー商会本部を制圧し、残った下っ端構成員の確保と、被害状況の確認を進める。
ロンたちは、疲れ果ててはいたが、大きな犠牲者が出ることなく事件が収束に向かっていることに安堵する。自分たちの警告が、街を救ったのだ。目の前には、捕らえられたバウンス。そして、闇へと消えた他の幹部たち。今回の事件で何が奪われたのか、アウトローはどこへ逃げたのか、バウンスをどうするか…多くの謎と課題を残しつつ、クレー商会襲撃事件は、ロンたちの目の前で一旦の幕を下ろした。
闇ギルド「アウトロー」視点
闇夜に紛れて彼らは逃走している。
犠牲がないとは思っていなかったが、まさかのバウンスを失うことになるとは想定していなかったのだ。
「クソ…どうやら、スパイがいたようだ。恐らく構成員に…」
とレイダーが怒りを露わにしている。
「バウンス…。許せねぇ、レイダー!バウンスは大切な仲間だ!取り返しに行こうぜ!」
とクロウが叫ぶ。
「当たり前だ、バウンスは大切だ。あいつは初期メンバーであり、俺がガキの頃に世話にもなった。あいつがいなかったら組織どころか俺はここにはいない。バウンスは取り戻す。今は奪った資金と残った構成員と俺達で再建する。今のままいっても取り返せない。」
「そう言えば、見たことのない冒険者がいたなぁ。」
とナージャが言う。
「あぁ…あのエルフとつるんでた冒険者共か。まぁ…奴らさえ来てなければバウンスを失うことはなかった。だが、あいつらとは恐らく会わない。もし…また会ったら…」
「会ったらどうするのでしょうか?」
クィーンは尋ねる。
「全員殺す。」
彼らは闇夜に中を駆け抜けていくのであった。




