三利のタバコ
百害あって一利なし。
私は、定年退職した父に、そう言い続けてきた。
玄関の花瓶に、きれいなバラがあった日。
私が「きれいだね」と言うと、父は「はなちゃんちからもらったんだ」と言った。
「外でタバコ吸ってたら、はなちゃんちの奥さんが、庭の手入れをしててさ。バラがきれいに咲いてますね、って声をかけたら、くれたんだ」
私が「へぇ〜」と相槌を打つと、
「お返しに、うちの庭のすずらん、あげたよ」
と続き、ほのぼのしていた。
残業で、私の帰りが遅くなった日。
うちのほうへ近づいていくと、父が門の内側で、食後の一服をしていた。
私に気づいてほほ笑み、タバコを挟んだ手を軽く上げた。
私が「ただいまぁ」と言うと、
「おかえり。ごくろうさんでした」
と返ってきて、ほっとしたものだった。
父の現役時代、いつかどこかの休憩時間。
そのとき父は、ひとりだったかもしれない。
煙と一緒に、ため息も空に放っていたのかもしれない。
そうして、定年まで勤め上げ、私たちを養ってくれていたのかもしれない。