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2、呼び戻された夢と記憶と……


 時代背景はきっと、戦争中だと思う。


 あの日、私は彼に会う為に人目を気にしながら、息を切らしこの神社の石段を駆け昇った。


うら若い男女が逢い引きなど、非国民だとご法度なご時世。

しかし、いつの世にだって、ご法度に逆らい人を恋しいと思う気持ちは必ずあるものだ。

見つかれば酷い仕打ちに合うかもしれない。

 でも、彼を想うこの気持ちは決して止める事などできない。


 白い半袖ブラウス、紺色のもんぺ。長くて黒い三つ編みのおさげ髪で足は鼻緒の草履。

 

 石段を昇りきると、神社の境内に咲き誇る枝垂れ桜の木の下で、彼は風にそよぎ揺れるその枝を、その花を仰ぎ見ていた。

 私は、何故だか急に彼がこの世から消えてしまうのではないかと恐ろしくなって、彼に駆け寄り

「… … …」

 その名前を呼び、枝垂れ桜の枝のようにしなやかで細いけれど、桜の幹のようにしっかりと強い背中にしがみついた。


「… …」

 彼は背中にしがみつく私の名前を呼び、召集礼状『赤紙』が来た事を告げた。

 彼は「お国にの為、大切な人を守る為にこの身を−−−」と強い口調を私に放った。

 しかし、彼の体は微かに震えていた。

 私は彼の震えを止める為に抱きしめる圧を強める。

 彼は私に泣き顔を見せたくないのだろう。決して枝垂れ桜から目を離さず、私のほうを振り向く事はしなかった。 


 彼はただ静かに、はらはらと空から降り注ぐ花びらのように音無く泣いていた………。


 口にはださなくても、理解できた。

お互い、好きでも結ばれる事なく永久とわの別れがこの先、待ち受けているかもしれないと言う事を……。


 涙が渇く頃、彼は私を力強く抱きしめてこうつぶやいた。

「いつの日かまた巡り会う日が訪れたなら、この場所で会おう。そして、今度は絶対に離れる事なくずっと、ずっと−−−」

 私は涙ながらにも愛おしい彼の温もりを決して忘れるものかと体中で噛み締め刻み、その名を呼び、何度も何度も強く頷いた。

泣きじゃくりながらも、顔を上げて大切な彼の顔を心にしっかりと焼き付けた……。


 穏やかで優しく、少し悲しげな儚い笑みを浮かべたその顔を思い出した………


 その顔は紛れも無く、今目の前にいる丸山と同じ顔だったのだ。





 隣で不思議そうな顔をして私を見つめる丸山を見て、

「…ねぇ、生まれ変わりって…信じる?」

 私は丸山に体を向かい合わせて尋ねる。

「…なんでまた急に?」

 私は少し戸惑い尋ね返す丸山の体にそっと抱き縋り、

「こっちに越してきて、夢を見た。立て続けに同じ夢を三度も。」

 目を閉じて丸山の温もりを感じ、確信した。

「…遠い昔に、私はこの場所でこうしてあなたを決して忘れないとこの枝垂れ桜に誓ったの。」


 私は小さくつぶやく。

「いつの日かまた巡り会う日が訪れたなら、この場所で会おうってあなたと約束を交わした…。」

 不思議な感覚だった。

口調はとても穏やかなのに、切なさで胸が痛くて…涙が止まらなかった。


 私はゆっくりと見た夢全てをを丸山に話した。

 すると突然、風がザァーっと強く吹き、枝垂れ桜のか細い枝がゆらり、ゆらりとその身を揺らした。

 その仕草はまるで、何かを語るようにも見えた。

 丸山は、枝垂れ桜を見つめてはっと目を見開き、ゆっくりと私を見つめる。

その顔は、穏やかで優しく、少し悲しげな儚い笑みを浮かべた《あの日》の彼の顔だった………。


 丸山は何も言わずに私の体をぎゅっと包み、ふうわりと瞳に暖かさを宿し、私に唇を重ねた。


 時間が止まるような、急激に進むような、おかしな感覚に足がふらつきそうになったけど、今は丸山の唇の温度を片時も離したくない。その一心だった。


 速まる鼓動がひとつに重なり、窒息しそうな眩暈すらも愛おしく噛み締めた後、ゆっくりと唇を離し、丸山と見つめ合う。


「何だろうな…、この懐かしい感じ。」

 つぶやく丸山は再度私をぎゅっと抱きしめ、

「ただいま…、いや、お帰り、どっちかな…?」

 と私を愛おしむように目を細め笑い、丸山は小さくつぶやいた。

「…そんなのどっちでもいいんだよ。また巡り会えた、それだけで…きっと。」

 笑みと共に自然と口から言葉が零れた。

「…何だろうな、この不思議な現象は。」

 丸山は枝垂れ桜に視線をやる。

「…何だろうね…。」

 私も同じように枝垂れ桜に視線をやる。


 お互い、口には出さないけど、気付いた。


 きっと、私達はここに導かれたんだ。

 あの三夜連続の同じ夢は、神の、この桜の啓示だったんじゃないかと思う。

「私がこの町へ来たのは、偶然じゃなくて、必然だったんだ…。」

 今までの辛い心の痛みがすうっと引いていく気がした。

「そうかもな…、うん、きっとそうだ。」

つぶやき笑う丸山を見て、私も笑う。

「…この町が好きになりそうな気がする。」

そうつぶやく私に

「もう、十分好きになってると思うぞ。だって、ここはかつての俺達の故郷なんだから。」

 丸山は飛び切り優しい笑顔を私に向けた。



 ここで、生きよう。


 前世で果たす事の出来なかった夢も、希望も、志半ばで果てた幸せも命も全て、またこの場所で、この故郷で一緒に紡いで生きていこう…。


 枝垂れ桜がそよぐ風に頷くように揺れる。


 私は丸山の手を握り、小さく桜に向かい頷いた。



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