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1、憂鬱な田舎暮らしの中で。


『いつの日かまた巡り会う日が訪れたなら、この場所で会おう』


 誰かが私に笑いかける。そんな夢を三日続けて見た。



 三月半ばの朝六時を過ぎた薄暗い部屋。

「なんか気持ち悪い…」

 三度目の同じ夢に何だか言いようのない不気味さを覚え、私はのそりとベッドから這い出して、薄暗い部屋のカーテンを開け、外を眺める。


 まだ夜が明けたばかりの窓の外の景色。

田舎独特の畑や木ばかりの自然溢れる、のどかで退屈な風景。


「…なんで私がこんな辺鄙な田舎暮らしをしなきゃいけないわけ?」

 景色を見つめて苛々混じりのため息を窓にぶつけてそれからくるりとそこに背中を向け、部屋の出口に向かい歩く。


「本当…最悪。」

胸のうちの理不尽さに絶えられずに愚痴が零れる。

今この場所にいる事がとても憂鬱だ。

つい数日までは、周りは賑やかな街だったのに。



 親の離婚でがらりと変わった生活環境。

父親には愛人がいて、続けなきゃいけない仕事も立場もあるから、慰謝料払うから出ていけと言われ、母娘共に住み慣れたマンションを追い出された。


 そして、母の実家であるこんな辺鄙な田舎暮らしをする羽目になった。


 コンビニは自転車で十五分行ったところにひとつだけ。

カラオケもアミューズメントパークも大型デパートもバスに一時間くらい揺られないと辿り着く事ができない。


 娯楽という娯楽がないない尽くしのクソ田舎。

遊びたい盛りの十七才には島流しばりの極刑をくらった絶望感。

 

「…本当最悪…」

 再度ため息と共にこぼれる言葉。ここへ来てから何度となくつぶやいてる。


 携帯を開きメールを確認。

誰からもメールが入ってないし着信さえ無くなった。

 所詮引越しちゃえば過去の人。友達付き合いなんて大体こんなものなんだと、またため息が出た。


 スエットのパンツのポケットに携帯を捩込み、私は踏み締める度軋む木造の階段を降りて、一階の居間へ向かう。


 古めかしい民家。

やたら間取りだけはだだっ広い。

 一階は七畳の居間と八畳の部屋が襖を境に横つながりで二部屋。襖の奥は仏壇の置いてある部屋。

 朝っぱらからから線香の臭いがしてなんか辛気臭い。

 居間の横には台所。

一応リフォームしてありフローリングのダイニングキッチンになっている。

 広さは居間と同じ七畳くらいだろうか。

 トントンとまな板の鳴る音と、朝食の味噌汁の匂い。

 母が朝食の支度をしているんだろう。

祖父母は朝から畑仕事。

喉が渇いたから台所へ入り、食器棚からグラスを取り出して母の立つ台所へ。

「おはよう、美桜みお

 母は普段通り穏やかに笑い、お決まりの挨拶を発する。

「………。」

 私は母を無視して水道の蛇口を捻り、グラスに水を汲み入れて渇いた喉に流し込む。


 都会暮らしでは考えられない、浄水機無しの水道水。

水だけはミネラルウオーターみたいに綺麗でおいしい。まあ、たいした感動はないけど。


 私はグラスをシンクに起き、母に背を向けた。

「朝ご飯−−」

「いらない。」

 私は、母の言葉を遮り、二階の自室へと歩き出した。


 こっちに来てから、−−ううん、両親が仲たがいが悪くなり半年以上、母とはろくすっぽ口を聞いてない。


 母を見るとイライラする。

専業主婦で良妻賢母を絵に描いたような穏やかさを演じる母。

 父親(元旦那)に刃向かう事はせず、ただ暴君的に振る舞う父親の顔色ばかり伺って笑顔を絶やさずに、嫌な事は黙って堪えて、自分を殺して我慢ばっかりして……。


 揚げ句の果てには浮気されて捨てられて。

それでも笑って……。


 馬鹿みたいだ。

何が楽しくてへらへら笑ってんだか意味わかんないし。


 二階に上がり、着替えを済ませて、私は家を出る。

 こんな静かで辛気臭いところにいると気が滅入る。

学校が始まるまでの春休み、私は毎日バスに乗り街へ出る。


 田舎暮らしはとてもじゃないけど向いてない。

なり(格好)だって浮きまくってる。

キャラメルブラウンの胸下まで長い縦巻きウエーブヘアも、バッチリ決めたギャル系メイクも、ファッションだって、全て浮きまくり。

 この町は私の存在を異端化させる。

だから田舎って嫌い。


 私は自転車にまたがり、iPodをお供にバス停へと走る。


 舗装されてないでこぼこ道がウザイ。

自転車を走らせるのに余分な体力を使う。

足太くなりそう…。

スゲームカつくし…。


 そんな事考え、イライラしながら自転車をこいでたら、パスンって音。


 自転車が急にガタガタ震えて、ペダルが重くなる……。

「…マジかよ…。」

 自転車から降りて舌打ちし、前輪を恨めしげに睨む。


「…なんでこんな時にパンクすんのよ…。」


 最悪……。

腹が立ち過ぎて自転車を蹴飛ばしたくなった。

 確実にバスに乗り遅れる。

次のバスは一時間後。


「マジ最悪…。」

私は自転車を引きながら行き先を渋々バス停から町の寂れた商店街の自転車屋へと変更した。



  ◇


 歩いて二十分。

旧家が密集する場所の真ん中に、商店街へ下る坂道がありそこを六〜七分下ると、《丸山サイクル》と言う古めかしい自転車屋がある。


 この界隈で自転車のトラブルと言えばここしかない。それだけ周りには何もない。

この町で自転車通学する学生の駆け込み寺的な場所らしいから覚えておくようにと、祖父に軽トラック(最悪!)に乗せられて案内されたこの商店街の自転車屋。


 建て付けが悪いのか、店の横開きのアルミサッシの引き戸が中々開かない。

四苦八苦してると中から、

「すいませーん、今開けますから!」

 奥から引き戸を開ける音と共に若い男の声と、サンダルを引っかけてずり歩くような音が近づいてきた。

「……」

 男は私と近い歳くらい。身長は私(165センチ)とさほど変わらない、寝癖がついたようなポサポサの黒髪の痩せ型。

 うん、田舎丸出しのダサい男。

黒いジャージ姿…最悪。

 滑りの悪いサッシの引き戸をガタガタと揺らして、ガラッと一気に引き、

「………。」

 私を見て固まる。

その目はまるで異世界からの侵入者をみるような(何…コイツ?)みたいな目だった。

 私はひと睨みして、

「…自転車、パンクしたんだけど。」

 一言告げた。

男は、はっとして苦笑いしながら、

「あっ、ああ…、わかった。パンクね、うん。直すから……。」

 若干どもるような途切れた会話を私に投げて自転車のハンドルを握り、店の中へと引き入れた。


「は?何?あんたが直すの?」

 私は猜疑心に満ちた視線を投げる。

「パンクくらい直せるよ。だって、自転車屋の息子だし。」

 やんわりと笑い、道具を出して作業の準備をする。

「ねえ、あんたいくつ?」

 何となく黙ってるのが嫌だったから聞いてみた。

「十七。四月から高校三年。」

 へえ、同じ歳なんだ。

「高校どこ?」

「北野高校。」

「……マジ?」

 つぶやく私に訝しい顔を向けて首を傾げる。

「…四月から私も北野高校の三年生……。」

 ため息混じりに鼻を鳴らしたら、男はガバッと立ち上がり、

「じゃあ、あんたが最近都会から越してきた噂の転校生か!?どうりでなんか格好とか派手で浮いてると思った!!」

 マジマジと私を見つめて「ほぇー…」とため息をつく。

 面と向かってはっきり言われると、逆にムカつかない…って言うか、あんまりコイツが間抜けた顔したもんだから、笑いさえ込み上げてきた。


 越してきてのこの数日、ろくすっぽ誰とも会話してなかったし、増してやダサいけど同じ歳の男子と久しぶりに接触したからなんかどっか嬉しかったのかも知れない。


「俺、丸山孝之まるやまたかゆき、あんた名前、なんて言うの?」

 丸山は自転車をいじりながら私に尋ねる。

大木美桜おおきみお

 手短に伝え、作業を見つめる。

「この町に少しは慣れたか?」

「全然。つーか最悪だよ…。こんな田舎。」

 悪態をつく私に、

「ははは、本当びっくりするくらいな〜んもないもんな。」

 丸山は笑う。

「けどよ、慣れりゃ、悪い町じゃないよ。空気は綺麗だし、のんびりと静かだし。」

「静か過ぎて気持ち悪い。夜は真っ暗だし、なんか鳥とか鳴いてるし。」

「夏は賑やかだぞ。カエルがいっぱい鳴いて。」

「うえっ!!最悪!!」

 私は顔をしかめる。

「それに、蛍がな、飛ぶのは綺麗だぞ。」

「マジ!?蛍いるの?」

「ああ。樫山かしやま神社の近くの小川は、夏は蛍がいっぱい飛んでスゲー綺麗だぞ。」

「へえ…。」

「あとな、もう少ししたら、神社の御神木さんの《枝垂れ桜》が綺麗に咲き誇る。」

 丸山はにこやかに笑った。

「ふーん…、ってかどこにあるか知らないし。その神社…。」

「よかったら案内してやろうか?今はまだ六分咲きくらいだけど。」

「…そうだなぁ…、うん。ちょっと興味出たから行きたい。」

 気さくな丸山に何となく打ち解けた私は、街に出るのはやめて樫山神社に出かける事にした。



   ◇



 自転車の修理を終えて、私は丸山と自転車を並べてただっ広い田んぼの中の農道を走る。

 田植え前で静まり返る干からびた田んぼを横目に、丸山と談笑しながら神社へ向かう。

学校の話とか、友達のバカ話とか、聞いてるうちに何だかすっかり私は丸山に打ち解けて顔はいつしか笑顔だった。


「ほら、ここが神社の入口」

 丸山は自転車を停めて目の前の小さな石橋を指さす。

「ここが夏に蛍が飛び交う場所。本当スゲーんだぞ。」

「へえ…。」

 透き通る水がせせらぎ流れる小川。でもいまいちイマジネーションがわかない。だって、蛍なんて実際テレビでちらっとしか観た事ないし。

 自転車を降りて、石橋を渡り鬱蒼と茂る森の上まで延びる石段に目をやる。

「…マジ?ここ昇るの…?」

 なんか階段を見ただけで疲れそうになる。

「なーに、そんなに大変じゃねーよ。ま、都会育ちの軟弱者には過酷かも知れないけど。」

 挑発的な笑みに私はちょっとカチンとして、

「バカにすんなよ、都会育ちでも体力は結構あるんだから。」

 私は鼻を鳴らして自転車のスタンドを立てて鍵をかけた。

でも内心は、ヒールの高いブーツは失敗だったかも…と嘆息した。


 薄暗い森の石段を頂上へ向かい昇る。

「なんか虫とか出ないよね…?」

 霊的なモノより、虫とか爬虫類に奇襲されるのが怖くて、辺りを警戒しながら段をゆっくり昇る。

「ははっ、大丈夫だって。まだ虫が這い出す時期じゃないし。」

 若干挙動不審な私を見て楽しそうに笑う丸山、ちょっとムカつく…。


 バサバサッ!!


「!!」

 頭上で何かが羽ばたく音に思わず身がすくみ足が止まる。

 そんな私を見て、

「お前、意外と怖がりだなあ…。」

 ますます愉快そうに声を弾ませ、私の左の手を取る。

「どさくさに紛れて何手ぇ繋いでんのよ。」

 軽くひと睨みしたけど、内心ホッとしてる自分を否定できずに丸山の手を離さない私に、

「あははっ、さっさと歩かないとへび出るぞ♪」

 脳天気に言い放つ。

「いやっ!嘘っ!」

 私は恐怖で丸山にしがみつく形になる。

「………。」

 にんまり笑う丸山。

コイツわざと嘘ついたな……。

「最悪!」

 私は丸山の背中をグーで一発殴った。

「いってえ〜っ!」

 悶えながらもけらけらと楽しげに笑う丸山に、私もつられて笑い声を上げた。

 繋いだ手がなんかあったかくて心地良い……。

 


 それから二〜三分石段を昇ると杓が並べられた石造りの手洗い場にたどり着く。

 透き通る水が細い竹の筒からチョロチョロと流れ出ている。そこで手を洗い清めて、頂上へ向かう石段に足をかける。


 目線の上には石で出来た古めかしい鳥居が見えている。

 昇りつめた眼前には、艶やかと言う言葉には縁遠いひっそりとした木造の神社。その脇に否応なしに目を奪われる……。

「うわぁ……。」

 思わず感嘆して声がもれる。

「凄いだろ?」

 丸山も感嘆気味で笑う。そして二人、それにゆっくりと歩み寄る。

 どっしりとした太い幹。それと反して繊細な枝が半円を描き、まるで地面に流れ落ちるように垂れている。

 その枝には淡いピンクの花が儚げに美しく咲いている。

所々にまだ蕾が混じってはいるけど、それでも十分に心を奪われる美しさだった。


 まだ冷たさを感じる三月の風にそよぐ春の象徴に私は言葉を失い見とれてしまった。

「田舎も中々いいもんだろ?」

 隣で丸山は小さく静かに笑う。

「田舎は嫌い。でもこの場所は好き…かな。」

 私も小さく笑う。


 その時、


『いつの日かまた巡り会う日が訪れたなら、この場所で会おう』


 何故だか突然連続して見た夢がフラッシュバックした……。


 初春の冷たい風。

枝垂れ桜のサワサワと揺れる音。

 ずっと遠い昔、私はこの場所に誰かと見つめ合い立っていた………。


朧げな夢の記憶が徐々に色を帯びて鮮明に蘇る−−−



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