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【短編】婚約破棄にて奴隷生活から解放されたので、もう貴方の面倒は見ませんよ?

作者: かのん

頭空っぽにお楽しみください(●´ω`●)

「本当にお前はぐずだな」


 婚約者のエレン・オーディン様にそう言われ、私ミリー・ウェイバーはうつむいてしまいます。


 エレン様のお家は侯爵家、私の家は伯爵家であり、この婚約は幼い頃に決められたものでした。


 幼い頃から素行の悪かったエレン様は、従妹である私のことを昔から奴隷のようにこき使ってきました。


 私の家は、私が幼い頃に領地が災害によってひっ迫し、それを援助してくださったのがエレン様のご両親だったのです。ただ、エレン様のご両親も私のことをうまく使える駒くらいにしか思っていないのでしょう。


 何かあるごとに私はこき使われる毎日です。


 本当に嫌になるくらいに、私は奴隷生活を満喫中です。


 現在、王城の舞踏会に向かっているというのに、馬車の中でぐちぐちとエレン様はずっと私のことを蔑んでいます。


 幼い頃からずっと言われ続けていれば、エレン様のことを嫌いになるのは必然的であり、私はエレン様が大嫌いです。


 こんな人と結婚かと思うと、げんなりしてしまいます。


「はぁぁ。まぁいい。それも今日までだ」


 その言葉に疑問を抱きながらも王城の舞踏会の会場へと足を踏み入れると、少し違和感を感じます。


 なんだろうかと思っていると、第二王子の側近たちが集まってひそひそと話をしており、それを遠巻きにその婚約者のご令嬢達が見つめているのです。


 これは何かあるなと思っていると、エレン様は私に言いました。


「俺はあちらで話してくる。お前は適当にしていろ。ただし会場からは出るなよ」


 わざわざ会場から出るなという指示。


 いったい何が行われるのだろうかと思っていると、なんと第二王子殿下が学園で懇意にしている女子生徒と共に舞踏会に現れたのです。


 私は、ぞっとしました。


 ちらりと視線を走らせ、第二王子の婚約者である公爵令嬢のアナスタシア様を探します。


 燃えるように真っ赤な髪のアナスタシア様の表情は、笑顔を携えながらも目は笑っていません。


 エレン様は第二王子殿下の側近の一人です。


 私はこれからのことを想像して背筋が寒くなっていきました。


「アナスタシア。僕は君との婚約を破棄することを宣言する!」


 会場内が大きくざわついていきます。


 私はその光景を見つめながら第二王子殿下、終わったなと内心で思います。


そして、第二王子殿下の側近であるエレン様、そしてその婚約者の自分も終わったなと静かに思いました。


 まぁ、現時点で奴隷のような生活をしている私からしてみれば、底辺から最底辺へと落ちるだけです。


 そう思っていました。


「私たちは光の聖女であるマリア様に、これから忠誠を誓います。よって、現婚約者とは婚約を破棄します」


「え?」


 私は自分の婚約者であるエレン様がそう宣言されたのを聞いて、思わず口元を覆い、驚きのあまり硬直してしまいます。


 エレン様は私の方へと視線を向けると言いました。


「っふ。第二王子殿下同様、僕は君と婚約を破棄する。っは。泣いて縋ってもだめさ」


 私の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていきます。


言葉がじわじわと自分の中に広がり、そしてそれが実感となって瞳からは涙が溢れていきました。


 その後、第二王子殿下の側近たちは次々に婚約破棄を宣言し、その婚約者様方は倒れたり、悲鳴を上げたりと、会場内は阿鼻叫喚となりました。


 私はというと、涙が止まりません。


 震える体をどうにか抑えて、立っているのが精一杯です。


 そんな私を、近くにいた男性が支えてくださいました。


「大丈夫かい?」


 顔をあげると、そこにいたは第一王子殿下の側近であり、次期宰相候補とも名高いトーマス・エヴィー公爵様でした。私よりも五つ年上のトーマス様は凛々しく、ひそかに私の憧れている人です。


「は、はい。すみません。大丈夫です」


 私がそう言うと、トーマス様は私をしっかりと支えてくださり、そして優しい声で言いました。


「無理をしなくてもいい。大丈夫。この後彼らはしっかり報いをうけることになるだろう」


「え?」


 私が婚約破棄に傷ついて涙を流していると思ったのでしょう。全く違います。


「あの、悲しくて泣いているわけではありませんので、大丈夫ですわ」


「そう、なのか?」


 心配そうにこちらを見つめるトーマス様に、私はどうにか涙を止めると、笑みを浮かべて言いました。


「はい。もうエレン様の婚約者でいなくていいのかと思うと、嬉しくて。これは嬉し涙です」


「え?」


 困惑した表情のトーマス様でしたが、私は引き続き、心の中で歓喜の声をあげます。


 婚約破棄です。このように大きな会場で宣言すれば、引き返すことはできないでしょう。


 私はアナスタシア様の敵にならずにすんだこと、そしてエレン様と婚約破棄できるという事実に喜びで体が震えてしまいました。


 嬉しい。


 これで奴隷生活から脱することができるなんて。


 婚約破棄ならば実家にも文句を言われることもないでしょう。


 私はエレン様から解放されることに、今まで生きてきた中で一番爽快な気分に包まれていました。


 トーマス様は、最初は困惑した表情を浮かべられていましたが、私が嬉しそうに笑みを浮かべるようになってからは苦笑に表情が変わりました。


「傷ついていないならいいんだ。ふふ。君のような人もいるのだね」


 その言葉に、私は恥ずかしさを感じながら答えます。


「はい。これからは自由だと思うと、心が躍ってしまって」


「なんというか、そんなにエレン殿の婚約者という立場は大変だったのかい?」


 私を探るような視線と言葉に、私はもう関係ないからいいかと笑顔で答えました。


「はい。これまでエレン様の宿題の手伝いや、内密の外泊の手配や、その他雑用を一手に引き付けていましたので、それがなくなると思うと、嬉しいです。それにお義父様やお義母様からも舞踏会を指定されて出向き、二人の有益になりそうな貴族とのパイプを作らなくていいと思うと、気が楽です」


 トーマス様はその言葉に何やら思いついたことがあるのか、少しだけ悪い笑みを浮かべます。


 そんな姿もかっこいいのですから、罪な人だなぁと思います。


「へぇ。それは気になるな。よかったら今度一緒にお茶でもどうだい? 詳しく教えてもらえたらお礼をするよ?」


 私はその言葉に笑顔で頷きました。


 憧れのトーマス様とお茶が出来るなんて夢みたいです。


 婚約破棄されて傷物になった私は、もしかしたらどこぞの貴族の男性の後妻としておくられるかもしれませんが、その前に、トーマス様との思い出が出来るなら喜ばしい限りです。


「私でよければよろこんで」


 そうお伝えすると、トーマス様も笑顔を返してくださいました。


 その後、舞踏会からはアナスタシア様や他の婚約破棄された令嬢達はそそくさと帰宅していきました。また会場内にいた婚約破棄をされた令嬢達に近しい者達も帰り、巻き込まれたくない貴族達も帰ると、舞踏会に残ったのはごくわずかな人数であり、何とも寂しい風景となりました。


 私はなんと、トーマス様のご厚意によって馬車を貸していただくことが出来、そのまま家に帰ることが出来ました。


 家に帰るとお父様とお母様には婚約破棄について伝えました。両親は驚き、その後すぐに侯爵様に手紙を書き、執事に届けるように伝えていました。


 今後どのようになるかは分かりませんが、婚約破棄が嬉しくて、私はその日は久しぶりによい夢を見ることが出来ました。



 婚約破棄騒動から二日が経ち、私は休日明けに学園に行く足取りがこれまでで一番軽く感じました。


 舞踏会の後二日は学園が休みだったことで、休日の間に正式に婚約破棄は受理されたようです。


私の両親は、これから私をどうするかで頭を悩ませているようでしたが、まぁどうにかなるでしょう。


 私としては、エレン様以外であれば、誰かの後妻でも構わないし、おじいちゃんに嫁ぐのも問題はありません。


 まぁ、加虐趣味がある殿方は遠慮したいところです。


私の両親もそれくらいは配慮してくれると信じています。


 学園に着いた私は、いつもはエレン様の為にノートを取らないといけないので一番前に座っていましたが、今日は真ん中あたりに座り、のほほんと先生が来るまでの間、本を開きました。


 こんなにのんびりと授業前に過ごせるなんて初めてのことです。


 その時でした。


教室がしんと静まり返ると、私の前にエレン様が来て睨みつけてくると言いました。


「俺の宿題は?」


「え?」


 私は、静かに、ゆっくりと小首をかしげました。


 するとエレン様は眉間にしわを寄せて、私の頭を手の平で軽く二、三度小突きながらいらだった口調で言いました。


「俺の宿題は? って聞いてんだろう? 俺様がわざわざ取りに出向いてやったんだぞ? なんで届けに来ないんだよ?」


 舞踏会の時には僕なんて言っていたのに、素では俺と、とても偉そうです。


 通常であればエレン様の所へと毎朝宿題や荷物を届けに行って、それから自分の教室へと来ていました。


 けれどそれは婚約者であったからやっていたことです。


 私が口を開こうとした時、私を小突いていた手を、誰かが止めました。


「え?」


 誰だろうかと顔をあげると、そこにはトーマス様の姿がありました。


トーマス様はエレン様の腕をぎりぎりと掴み、信じられないといった表情です。


「なっ。いてっ……一体何を!?」


 エレン様が何故トーマス様がここにいるのか、そして何故自分の腕を掴まれているのか分からない様子で声を絞り出すと、トーマス様はエレン様の腕を払い言いました。


「君は、ご令嬢に何をしている」


「は? いや、こいつは」


「こいつ? 失礼だが君と彼女は婚約破棄が成立したはずだ。エレン殿。婚約者でもない令嬢の頭を触るのは失礼に値する。また、令嬢に対して何故そのように雑な扱いが出来る? 君はどう教育を受けているんだ?」


 低い声に威圧され、エレン様がしり込みしているのが分かりました。


 トーマス様に助けていただいている状況と、いつもは偉そうなエレン様が子犬のようにぷるぷるとしている姿が滑稽で、私は胸がすく思いでした。


 トーマス様はなんて素敵な人なのでしょうか。


エレン様と比べてみれば雲泥の差であり、こんな素敵な人が婚約者の令嬢が羨ましいと思ってしまいます。


 人生とは不条理であり、こんな素敵な人の婚約者になれる人もいれば、私のように奴隷のように扱われたり、婚約破棄されたりする人間もいるのですから、人生とはままらないものだなぁと思います。


 エレン様はトーマス様から逃げるようにその後、ふんと鼻息荒く私を睨みつけると部屋から出ていてしまいました。


「なんて失礼な男なんだ。ミリー嬢、大丈夫だったかい?」


 トーマス様は優しく私に声をかけてくださいます。


なんというか、これまで不条理しか受けてこなかった私にとってはトーマス様の存在は稀有であり、そして後光が差すほどにまぶしく感じます。


 神様、この素敵な一瞬を下さり感謝します。


「ありがとうございました。助かりました」


「いや、いいんだ。実は今日は急遽君と話したいことがあってね。学園にまで来てしまいすまない。第一王子殿下からの指示でね。すまないけれど授業は欠席してもらってもかまわないかな? 本当に申し訳ない」


 王族の方からの指示であればそれに従うのが貴族の務めです。


私はうなずくと荷物を持ち席から立ち上がりました。


 トーマス様は学園の一室を借りており、部屋に入ると私に椅子に座るように促します。


 椅子に座ると、トーマス様はおもむろに箱からお菓子を取り出し机の上へと並べはじめました。


 私は突然のことに戸惑いながらも手伝おうとしましたが、トーマス様に大丈夫だと笑顔で言われてしまいます。


 机の上に並べられたのは可愛らしいお菓子たちであり、そしてトーマス様は優雅な仕草でお茶まで器用に入れると私に差し出してくださいました。


「どうぞ。いつも殿下に淹れているんだ。殿下のお墨付きだよ」


 トーマス様が入れてくださるというだけでも貴重な品なのに、殿下のお墨付きとは、私の人生はまもなく終焉を迎えてしまうのではないでしょうか。


「ありがとうございます。いただきます」


 一口飲んだその瞬間、花の香りが広がります。甘みもありますが、嫌な甘さではなくて上品で、さすがは殿下のお墨付きであると私は顔が緩んでしまいます。


 それを見たトーマス様はくすくすと笑っていて、私は慌てて顔を引き締めます。


「すみません。あまりに美味しかったもので……」


「いや、喜んでもらえるとこんなにも嬉しいのだなぁと思ったんだよ。よし、では本題に移るがいいかな?」


「はい」


 その後、トーマス様に私はオーディン侯爵家ではどのような家との繋がりがあるのかということを細かく尋ねられ、私は第一王子殿下の命令だからいいだろうと、それに答えていきました。


 するとトーマス様の表情は次第に険しくなり、私の話を最後まで聞き終えると立ち上がります。


「ミリー嬢。本当に助かった。こちらで後は詳しく調べさせてもらう。呼び出して悪いのだが、今日はこれで帰らせていただいてもいいだろうか?」


「え? あ、はい。もちろんです」


「今度お礼をさせてもらう。いいかな?」


 私はまたトーマス様と会う機会がいただけるのかと、心の中で大喜びしてしまいます。


「もちろんです。嬉しいです」


 婚約破棄をしてからこんなにも幸せでいいのだろうかと思ってしまいます。


 どこぞの男性の後妻に行く前に、幸せな思い出を刻ませてもらおうと内心思ったのです。



 トーマス様との一件があってから、エレン様はしばらくの間は私に近寄ってこなかったのですが、トーマス様が現れないということに確信をもったからなのか、今日、またクラスまでやってきています。


 私としては、婚約破棄をしたのにこんなにも付きまとわれるとは思っていませんでした。


「俺の宿題は?」


 当たり前のようにそう言われ、私は困ってしまいます。


「あの、エレン様。私達はもう婚約関係ではないのですよ?」


「あ? だからなんだよ。お前は婚約者だろうがなかろうが、俺の命令には従うのは当たり前だろう?」


 その言葉に、私はあっけに取られてしまいます。


 この方、阿呆の方だとは思っていましたが、どうやらど阿呆の間違いだったようです。


 心の中で悪態をついてしまい、私は少しばかり反省をしながら言いました。


「エレン様。はっきり申し上げますね。私が貴方様の命令に従っていたのは、婚約者だったからです。そうでない今、貴方様に従う気はございません」


 私は無駄な労働はしたくない派なのです。これまでは婚約者様でしたから仕方がありません。ですが、私はどうせどこぞの後妻になる運命。それまでの間は好き勝手にしたいのです。


「なんだと!?」


 エレン様は顔を真っ赤にすると私に向かって手を振り上げました。


 また殴られるのかと、私は奥歯を強く噛み、衝撃に耐えようと目を閉じました。しかし、いつまで経っても痛みはやって来ず、ゆっくりと目を開きます。


「え?」


 そこにはトーマス様が息を切らして立っていました。そしてエレン様の姿が見当たらず、きょろきょろと見回すと、何故か床に倒れていました。


「あら? えっと、一体何が?」


「どうしてこうも、君に用事があってくるたびに、エレン殿はミリー嬢を傷つけようとしているんだ? エレン殿は加虐趣味でもあるのか? ミリー嬢。君も君だ! 何故大人しく目を閉じて殴られようとしている?」


 怒ったようなその表情に、私はなんと返せばいいのだろうかと考えます。


「えっと……すみません。これまでの習慣で……エレン様は一度殴って気を晴らさなければ、もっと怒って手の付けようがなくなるので……」


「なっ!?」


 エレン様は怒ると手が付けられない人でした。だからそうした時は殴られるのを我慢する方が、はるかに楽だったのです。


 だって、最初に殴られれば、後は少し大人しくなるのです。


 殴られるのは嫌だし、痛いです。でも、私はそれしか解決策を知りませんでした。


 トーマス様を見ると、すごく悲しそうな瞳で私を見つめていました。


「君は……これまでずっと耐えてきたのか」


「いえ、その方が楽だったからです」


 素直にそう言うと、それでもトーマス様の悲し気な瞳はいつものようには戻りませんでした。そして、それからトーマス様はエレン様を睨みつけると言いました。


「エレン殿……君は性根を叩きなおした方がよさそうだ」


「え?! いや、あの。ミリーと俺はずっと一緒にいた仲で、これまでこれが普通だったから」


「普通!? 令嬢を殴るのが普通だと!?」


 トーマス様は怒りを露にすると、エレン様の胸ぐらをつかみます。


「オーディン家には、正式に君の性根を叩きなおさせるように書面を送らせてもらう。令嬢に手をあげるなど、貴族としての品位に欠ける」


「は? え? なんで」


「さっさと俺の目の前から消えたまえ。これ以上ここにいれば、この場でその性根を叩きなおすことになるぞ」


「ひぃぃぃ」


 慌てた様子で、へっぴり腰をどうにか立たせ、エレン様は走って逃げていきました。

 


 クラス中の視線が私達に集まっており、トーマス様は小さくため息をつくと言います。


「今日の授業は休んでも問題ないものだろうか」


「え? あ、はい。大丈夫だと思います」


 エレン様との婚約がなくなった今、真面目に授業を受けなくてもノートを取る必要がないので問題ありません。


 そもそもこの授業もエレン様の為に受講していたもので、受けなくても教科書を読めば内容は理解できるものです。


「では、場所を変えよう」


「はい」


 今回はトーマス様はどのような要件だったのだろうかと思いながら後ろをついていくと、そのままトーマス様の馬車に乗って移動をするようでした。


 馬車の中には侍従が控えており、二人きりではもちろんありません。


 どこに行くのかも尋ねずにいたので、馬車が走る風景を窓越しに見つめながらだいたいどちらの方面へと進んでいるのかを見つめます。


「……行きつけの店がある。そこへ向かっているんだ」


「そうなのですね」


 トーマス様と行けるならばどこでもいいなんてことを考えていると、トーマス様が小さくため息をついてから口を開いた。


「君は、これまでエレン殿からどのような扱いを受けてきたんだ?」


「え?」


 奴隷のような扱いですと、はっきり言うのははばかられて、何と答えればいいのだろうかと悩んでしまいます。


「そう、ですねぇ……」


 私は出来るだけオブラートに包んで、奴隷のような扱いを受けてきたことを話をしました。けれど、私が話をすればするほどに、トーマス様の表情は次第に険悪になっていきます。


「デートですっぽかされたり、途中で町の中で置き去りにされたりもあったと?」


「はい」


「殴られるのも、当たり前だったと?」


「えっと……はい」


「命令され、それに従わなければ体罰もあったのか?」


「体罰というか……お仕置きというか……」


 オブラートに包んだはずなのに、全く包まれていない言葉で返されてしまい、私は何とも居心地が悪くなります。


「ですが、婚約破棄していただけましたし……もう奴隷生活も終わりですし……」


「簡単に終わらせていい話ではないぞ。君は、自分が不当な扱いを受けていることにもっと怒るべきだ」


「そう、でしょうか?」


「そうに決まっている。だが、はぁ。まぁ婚約破棄できたことは本当に不幸中の幸いだったな。君にもこれからきっといい縁談が来るだろう」


「え?」


「ん?」


 私は苦笑を浮かべます。


「婚約破棄された私に来るのは後妻の話くらいですよ。ふふ。まぁエレン様よりはいい縁談かもしれませんが」


 くすくすと思わず笑っていると、トーマス様が動きを止めます。


「なん、だと?」


「え?」


 私にとっては当たり前のことだったのですが、優しいトーマス様は、そんなこと思ってもみないようでした。


 馬車の中でトーマス様はそれから黙り込んでしまい、何かを考えているようでした。


 私としてはトーマス様と一緒に過ごせることを良い思い出としていきたいので、黙るトーマス様を静かに眺めさせていただきました。


 考えに耽るトーマス様も素敵で、こうやって一緒に馬車に乗れることも夢のようだなと思います。


「さぁついた。どうぞこちらに」


 馬車が止まり、降りる時にも手を差し伸べてくださいました。エレン様にはこのようにエスコートされた記憶はありません。


「ありがとうございます」


 こうしていると、まるでトーマス様と恋仲になったかのようで、頭の中でだけそんな妄想を膨らますことを許してくださいと、内心思ってしまいます。


 トーマス様が連れてきてくださったお店は、可愛らしい雰囲気のカフェでした。


 貴族用に個室もあり、個室からは中庭が見られるようになっています。


「可愛らしいお店ですね」


「あぁ。お気に入りなんだ」


 トーマス様は甘いものを好まれるようで、結構な量を注文していました。そして机の上にどんどんと運ばれてくるお菓子を見つめながら、先日のお菓子もここのものなのだと気づきました。


「可愛らしいですね。見た目も華やかで、味も美味しくて、素敵です」


「そうなんだ。はは。ミリー嬢は舞踏会でもよくお菓子を口にしているようだったから、ここのお菓子が気にいるんじゃないかと思っていたんだ」


「え?」


「ん?」


 私がお菓子を食べる姿を舞踏会で見られていたのだろうか。そう思うと少し恥ずかしくて目を伏せると、慌てた様子でトーマス様が言った。


「あ、違うぞ。あの、つい可愛らしくお菓子を食べている姿が偶然目に入っただけで……いや……はぁ。違わないかもしれない」


「え?」


「実のところ、これまで何度か舞踏会でミリー嬢を見ていて、その、美味しそうにお菓子を食べるから、それが可愛らしいなぁと思っていた」


 その言葉に私は驚きと恥ずかしさを感じた。


「そ、そうなのですか?」


「あ、あぁ」


 憧れのトーマス様にそう思っていただけていたなんて本望だなと思う。そして、この時間が終わらなければいいのにと思うけれど、楽しい時間はいつもよりも早く流れて行ってしまう。


 会話の中で、私の話した情報によって第一王子殿下の仕事の手助けになったとのことを聞きます。


 それは嬉しいけれど、これがそのお礼だということは、もうトーマス様に会う機会はないかもしれません。


 今回が最後かと思うと、寂しい気持ちが溢れてきます。


「どうした?」


 そう尋ねられ、私は勇気を振り絞って言いました。


「あの……また、こうやって、一緒に過ごしてはいただけませんか?」


 どこぞの男性の後妻になるまで、ほんのわずかな自由期間。その間だけでもいい。


 私の言葉にトーマス様は少し驚いたような顔をしたけれど、すぐに優しい微笑みを携えてうなずいてくださいました。


「もちろん」


 その一言が嬉しくて、社交辞令だとしても、私は心が満たされるのを感じました。



 トーマス様との夢のような時間が終われば、現実がやってきます。


 屋敷へと帰ってきた私を待ち構えていたのはお父様とお母様であり、机の上にはいくつかの釣書が用意されていました。


 私はそれらに目を通すように言われ、静かに一枚一枚を見ていきます。


「早めに次の婚約者を決めねばなるまい。このままだと、嫁ぎ先がなくなるぞ」


「本当に……婚約破棄など、家の恥ですわ」


 両親の言葉に、ずんと気持ちが落ち込んでいきます。


 これまで家の為だと思って、エレン様との婚約も必死に我慢してきました。


けれど、そんなこと家族には当たり前の事であり、婚約破棄されたら、次の婚約相手を早々に見つけなければならないのです。


 釣書の相手は、自分よりも二十以上年上の男性ばかりで、私はやはり現実とはこんなものだろうなと思います。


 初婚もあれば後妻もあるが、どちらにしてみても、乗り気はしません。ただ、乗り気はしなくても自分はいずれ嫁がされる運命であり、それは変わらないことはわかっています。


 トーマス様と一緒に過ごせたことが奇跡で、現実はいつだって残酷です。


 せめて優しい人が結婚相手ならいいなぁと思うけれど、貴族同士の結婚など、相手がどんな人柄かなのかは結婚してみないことには分からないものなのです。


「最有力候補はこの方だ。お前よりも二十八歳年上だが、問題はないだろう。持参金も少なくてもいいと言っていただいている。そればかりか、我が領地へ支援してもいいと言ってくれている」


「領民を守るのは貴族の務めですから、貴方も喜びなさい」


 両親からのその言葉に私はやはり夢は夢なのだなと思いながら、トーマス様の顔を思い浮かべます。


 トーマス様との時間は本当に夢の時間で、これが現実だと、現実と向き合うべきなのだけれど、それでも先ほどまでの時間が楽しすぎて、現実の時間が辛く感じてしまいます。


 私は視線を両親へと移しました。


 眉間にしわを寄せ、面倒くさそうな態度。


 実の両親からの扱いが、普通の家庭とは違うことに気付いたのは、社交界に出るようになってからでした。


「はい……」


 もっと反抗していたら何かが変わったのでしょうか。


 自分の気持ちを両親に伝え、エレン様との婚約も嫌だったことを伝え、そしてもっと素直に話をして。


 けれど結局は、自分は家にとっては駒であり、変わらなかったかもしれません。


 机の上に並べられた釣書を見つめながら、私は自分の夢も希望もない運命に苦笑を浮かべてしまいます。


 結婚してみたらいい人かもしれない。幸せになれるかもしれません。


 相手のことを何も知らずに自分が不幸になると決めつけるのは失礼です。


 そうは思うけれど、結局自分の心の中にずっと憧れていたトーマス様がいるものだから。


 夢は夢と割り切っていたはずなのに。


 現実が、以前よりもつらく感じました。


 両親からはその後、やはり見たところで私の意見など関係なかったようです。


決まったら知らせると言われ、私は結局誰が自分の婚約者になるのか分からずじまいでした。


あれから数日たちますが、未だに教えてもらってはいないので、一番条件のいい相手を両親が吟味しているのでしょう。


 誰に決まっても、自分の気持ちが浮き立つことはなく、ため息ばかりが零れます。


「私は、このままでいいのかしら……」


 言いたいことが言えないほどおとなしい性格ではありません。けれど、今の現実に希望を抱けるほど楽天家でもありません。


 私は気分転換にと学園の庭のベンチに座り、曇天の空を見上げました。


「空くらい……気持ちよく晴れてくれたらいいのに……」


 エレン様はあれからも時々私の所に来ては宿題はとか、ノートをよこせとか言ってきます。もう面倒くさいなぁと思っていると、クラスメイトの方々がさりげなく守ってくださることもあり、出来るだけ会わないように避けています。


 一体いつまで私が奴隷だと思っているのでしょうか。


「ミリー!」


 あぁ。頭の中で考えたから本物が現れたと、私は大きくため息をこぼすのをぐっと堪えます。


「エレン様……」


 今日は一体なんだろうかと思っていると、焦った様子で私の方へと歩み寄ってきました。


「お前、マリア嬢について何か知らないか!?」


「マリア……様ですか?」


 一瞬、一体全体誰だろうかと思っていたが、あの婚約破棄の時に、第二王子殿下と一緒に登場した女性であり、何故か聖女に祭り上げられていたなと思い至ります。


「存じませんが」


 そう答えると、エレン様にぐっと両肩を掴まれ、揺さぶられます。


「お前が何か言ったのか!? マリア嬢が牢へと捕らえられたんだ!」


「え? えぇーっと、そうなのですか?」


 ぐらぐらと揺さぶられていると、頭が揺れて気持ちが悪くなります。


「知らないのか!? くそっ。役立たずだな。いいか。マリア嬢について調べろ。すぐにだ。報告を急いでしろよ」


「え?」


 今までであれば、エレン様に調べてほしいと言われたことは、様々な人の手を借りて情報を入手してきました。ですが、もう私はそれをする理由がありません。


「何度も申し上げますが、もう私は貴方様の婚約者ではありませんから、貴方様の言うことを聞く理由がありません。あの、本当にいい加減にしてくださいませ。貴方の面倒をこれからも見るわけがないでしょう。赤ちゃんじゃないのですから、自分のことは自分でしてくださいませ」


 思わず、今まで言うことのできなかった鬱憤を口にしてしまい、慌てて口を手で押さえます。


 ついぽろっと零れ落ちてしまいました。


「なっ、なんだと!?」


「失礼しました。つい本音が」


「お前は! 生意気な! 言っておくがトーマス殿がお前を助けたのは偶然だぞ! いつまでも守ってもらえるなんて思うなよ!」


 その言葉に、私は不覚にも胸が痛くなりました。わかっていることではありますが、エレン様には言われたくない言葉でした。


「そんなこと……わかっています」


「っは! お情けで偶然助けてもらっただけなのになぁ! トーマス様はアナスタシア様の婚約が結ばれるという噂だ! お前が入る余地はない!」


「え?」


 第二王子殿下との婚約は破棄となった今、アナスタシア様と釣り合いの取れる男性は少ないのです。だからこそトーマス様が婚約者になってもおかしくはありません。


 美しく聡明なアナスタシア様ならば、トーマス様にぴったりです。


「……そう、なのですか……」


「お前、まさかとは思うが、自分がトーマス殿の婚約者になれると夢でも描いていたのか? ばかだなぁ」


 そう、バカなのです。でも。


「バカでど阿呆の貴方様には言われたくありません」


 思わず口がまた滑りました。


 私は殴られ慣れています。


小さなころからエレン様の奴隷をしていたから、殴られたり蹴られたりすることには耐性がついていて、痛くても我慢できます。


 でも言葉で傷つけられたことは、あまりありませんでした。


 ですから先ほどの言葉が痛いほどに胸を貫きました。


 言葉がこれほどまでに痛みを伴うとは思っても見ませんでした。


「なんだと? お前、本当に生意気なんだよ! ふざけやがって! お前みたいな女、トーマス殿が相手にするわけがないだろう。あちらは高位貴族だぞ?」


 そうです。それは分かっていたことです。


 トーマス様はご両親を亡くされて、若くして爵位を継がれました。ですから、自分の地位が確立するまで婚約者を決められないと、今まで婚約者がいないまま過ごされていると噂で聞いたことがあります。


 地位を確立するためには、婚約者も大切です。


 アナスタシア様ならば、トーマス様にぴったりでしょう。


 そんなこと、言われなくてもわかっています。


「アナスタシア様は、絶世の美女だぞ? まぁ、マリア嬢の方が俺は好みだけれど、アナスタシア様くらい完璧な令嬢はなかなかいない。トーマス殿にはぴったりだ。お前なんか、足元にも及ばない」


 アナスタシア様といえば、女性のあこがれの的であり、社交界の花です。そんな方と自分では雲泥の差であることは分かっています。


「トーマス殿がお前に恋愛感情を抱くことは絶対にないぞ。お前は自分の立場をちゃんと自覚しろよ。お前は俺に捨てられた女だぞ? トーマス殿は、そんな傷物の女には興味ないだろ」


 自覚しているのに、それを言葉にして言われると辛いものがあるのだと、私は初めて知りました。


 胸に痛みが走り、アナスタシア様の方が絶対にトーマス様には似合っていると分かっているのに、それでもその事実が上手く呑み込めません。


「私は……そんな、おこがましいこと思っていません」


「っは。本当にか? 本当に、ないと、言い切れるか?」


 にやにやとした笑みを浮かべたエレン様の言葉は、私の心の中をえぐっていきます。


「少しは、そんな思いあがった考えがあったんだろう? っふ。バカな女」


 思いあがっていたのでしょうか。


 あり得ないからと、そんなこと思わないように、考えないように、高望みなどしないようにと思っていました。


 ですが、胸が痛いです。


 目頭が熱くなり、私はうつむいてしまいます。


「泣いた? え? み、ミリー? お前、泣いているのか?」


 成長してからはほとんど泣くことのなかった私が泣いたのが、そんなに驚くことなのでしょうか。


 ですが、私だって人間です。涙くらい、でます。


「っふ、あはは! お前、本当ばっかだなぁぁぁ! ふっぐぅぅぅぅ」


「え?」


 顔をあげると、殴り飛ばされているエレン様の姿が見えて、私は目を丸くしてしまいました。


 殴り飛ばされたエレン様は宙を舞ってから地面に叩きつけられ、ドベシャブと、へんな声を漏らしています。


 殴り飛ばした張本人であるトーマス様は手をハンカチで拭うと、私の方を振り返り、そして、こちらへと手を伸ばしてきました。


「大丈夫か?」


「え?」


 指先で私の涙をぬぐったトーマス様はみけんにしわを寄せると、もういちどエレン様の方へと向かおうとします。


「と、トーマス様?」


「君を泣かせるなんて。少し、男同士で話をつけてくる」


「え? え? あの、ですが、エレン様は」


 明らかに意識が飛んでしまっています。


「はぁ。軟弱な」


 トーマス様は傍に控えていた侍従に指示を出し、エレン様を医務室へと運ぶように伝えたようでした。


 私は何故ここにトーマス様がいるのだろうかと、どうしていつもこんなにタイミングがいいのだろうかと、胸が痛くなります。


 期待などしてはいけないのに。


 期待してしまいそうになる自分がいます。


「一体、エレン殿に何を言われたのだ? それとも、何か酷い仕打ちをされたのかい?」


 心配そうなトーマス様に向かって私は首を横に振りました。


 期待を打ち消すために、私は小さく息を吐いてから、必死に笑みを作って言いました。


「トーマス様がアナスタシア様と婚約するだろうという話を聞いて、私が……私が勝手に傷ついただけです」


「え?」


 トーマス様が私の言葉に、少し驚いた表情を浮かべたのちに、視線を泳がせ、そして顔を赤らめました。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 アナスタシア様と婚約するのは本当の事なのだと、私はトーマス様の様子から気づき、唇をぐっと噛んで涙を堪えました。


 分かっていたはずなのに、心とはままならないものです。


「おめでとうございます。心より……おいわ……い……」


 涙が、どうしても堪えられなくて、瞳からぼたぼたとみっともなく零れてしまいます。


「ミリー嬢!?」


「すみません」


 ここにいては、何を言ってしまうかわかりません。私は、トーマス様に背を向けると曇天の中、どこか一人になれる場所を探して走ります。


「ミリー嬢!?」


 後ろからトーマス様の声と、追いかけてくる足音が聞こえます。


 だめです。


 トーマス様に泣いて縋りつきたくなります。


 私では、私ではだめですか、と。


 アナスタシア様みたいに美しくはありません。


 アナスタシア様よりも劣っていると自覚しています。


 それでも。


 貴方様を思う気持ちは、これまで密かに憧れ、慕っていた気持ちだけは、アナスタシア様には負けない自信があります。


 私では、だめですか。


「ミリー嬢!」


 後ろからトーマス様に抱きしめられて止められ、私の心臓が煩くなります。


 だめです。そんなに優しくしないでほしい。そう思いながらも、抱きしめられた温かさに、縋りつきたくなる。私は矛盾した気持ちに、苦しくなります。


「離してくださいませ。大丈夫です。すみません……大丈夫ですから」


「大丈夫じゃないだろう。そんなに泣いて。その……その涙の理由は私だと、うぬぼれてもいいのだろうか?」


「え?」


 トーマス様は抱きしめている腕に力を入れると、息を小さく吐き、私に問いかけます。


「私は、アナスタシア殿下とは婚約しない」


「え?……そう、なのですか? ですが」


「そういう話題が出なかったと言えばうそになる。だが、アナスタシア様は他国へ嫁ぎたいとおっしゃったし、私は……私は」


 そこで言葉が途切れると、トーマス様が私を抱きしめていた腕を緩め、私と向き合うようにして立つと真剣なまなざしでこちらを見つめてきます。


「実のところ、私は……結構前から、君のことが……好きだ」


「え?」


「自覚したのは最近なんだ。けれど、ずっと舞踏会などで君のことを見かけるたびに視線で追っていた自分がいて、その、君と一緒に話をするようになってから、その、自覚をした。私は……君が好きだ」


 突然の告白に、私の頭の中はパニックです。そんなわけがありません。私には他人より秀でているところはありませんし、そこまで美しい美貌をもっているわけでもありません。


「う、嘘です」


 思わずそういうと、トーマス様は眉間にしわを寄せて言った。


「嘘なんてつくわけないだろう? 私は、舞踏会の中でこっそり菓子やケーキを美味しそうに食べる君も、意外とはっきりと自分の意見を言う君も……私に笑顔を向けてくれる君も、好きなんだ」


 私の心臓はうるさいくらいに音を立てます。


 期待してもいいのでしょうか。


 好きだと伝えてもいいのでしょうか。


 私は、勇気を振り絞って言いました。


「……私も……私もトーマス様が、好きです」


 小さな声になってしまいました。


 ちゃんと、トーマス様に聞こえたか不安になりゆっくりと視線をトーマス様へ向けました。


「トーマス様?」


 耳まで真っ赤になったトーマス様は、慌てて両手で顔を覆うと、大きく深呼吸をされています。


「あの……」


「すまない。すごく、すごく嬉しい」


 私はその言葉に、胸が満たされていきます。


 トーマス様は、大きく息を吐いてから、私のことをぎゅっと抱きしめてくれました。


「うん。ありがとう。私も好きだ。はぁぁっ。よかった。本当にうれしい」


「わ、私も、嬉しいです」


 もう心臓が、破裂するのではないかと思うほどでしたが、トーマス様の心臓も私と同じくらい早くて、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。



 トーマス様からその後正式に我が家へと婚約の申し込みがなされ、私の両親は歓喜しました。私としてはその両親の様子を見ながら複雑な気持ちも抱きますが、まぁ、嫁入りさえしてしまえば、実家とは疎遠になるつもりなので問題はありません。


 今まで私を犠牲にして幸せに暮らしていた両親と、私は今後仲良くするつもりはありません。


 アナスタシア様はといえば、婚約破棄騒動の後から隣国からかなりの数の求婚があったようで、その中のお一人との婚約を早々に決め、その後すぐに国を立たれました。


 隣国にて花嫁修行の婚約期間を過ごされてから結婚されるそうです。


 おそらく、第二王子殿下にもう一度求婚されるのを避けられたかったのでしょう。


 第二王子殿下はと言えば、騒動を起こしたことを理由に現在国境の辺境伯へと送られたそうです。国境の騎士団にて性根から鍛えなおせと国王陛下から命じられたそうです。


 そして、第二王子の側近たちはとえいば、トーマス様の口添えもあり、国の様々な機関の下っ端から鍛え直させられるそうです。おそらく、少なくとも五年ほどは地獄の生活が続くことでしょう。


 そして、今回の原因となった令嬢マリア様においては、アナスタシア様が侍女として連れていかれました。どうやらマリア様は勝手に第二王子殿下らに聖女としてあがめられ、自分よりも上位貴族である男性達に囲まれて、自分の力ではどんなに否定しても、抜け出せなかったようです。


 何でも裏で、アナスタシア様に相談をしていたようで、あの婚約破棄のあった舞踏会の後、泣きながらアナスタシア様に謝罪し、修道院へと入る意向を伝えていたようですが、それをアナスタシア様が止めたようです。


 マリア様が牢にいれられたなどの誤報だったようです。


 婚約破棄騒動はかなり波紋を生み、今後そのような事態が起こらないように、婚約破棄についても法が見直されているようです。


「本当に、世の中にはバカがたくさんいるものだ。だが、だからと言って切り捨ててばかりでは国は成り立たないからね。きっちり鍛えなおせば、捨て駒くらいには成長するだろうさ」


 悪い笑みを浮かべながらそう言うトーマス様が魅力的に見えるのですから、惚れた弱みというものでしょう。


「トーマス様。本当にありがとうございます」


「いや。ただ、君の婚約者のエレン殿だけは許せなくてね。しばらくの間というか、生きている間は君の前には姿を現すことのない部署へと送らせてもらったよ」


 いったいどこかというのは聞かないでおきました。


 エレン様のご両親においては、かなりの不正を働いていたようで、国に高額の賠償金を支払ったようです。


「ミリーから聞いた話のおかげで、不正を暴くことができたんだ。ありがとう」


「いえ。ですが、私も不正に加担していたのでは……と、心配になりました」


「君は内容を知らなかったのだし、それに、人と人をつないだだけにすぎないからね。咎められることはないさ」


 にっこりと笑顔でそう言われ、私は少しだけほっとしました。


 まさか、自分がそんなことに利用されていたとはと、内心驚いてしまいました。命令されたことはきっちりしていたものの、内容には興味がなかったので、把握していなかったのです。


 自分の行いには、しっかりと今後は責任が持てるように行動しなければと、私は思い反省しました。


「ミリー。それよりも今日はデートを楽しもう?」


「は、はい」


 今日は婚約をして初めてのデートです。


 私は本当に幸福です。奴隷のような生活から、今では天国のような生活です。


 隣にはトーマス様がいてくれて、一緒に時間を過ごし、笑顔を向けてくれます。


「トーマス様。本当にありがとうございます」


「ん? こちらこそ」


 繋いだ手から、温かさが伝わってきます。


 幸せというものを、私は青天の中、かみしめました。




 おしまい







読んでくださった皆様に感謝でした(*´▽`*)

下にリンクを貼っておきますので、よろしければ7/28完結した連載完結小説も読んでいただけたら嬉しいです!

飛び上がって喜びます!

よろしくお願いいたします(●´ω`●)

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