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33/38

ダンジョン.33



「――と、言いたい所だが。俺はガキを殺すなんて事はしたくない。少し話をしようか......シオン」


「......!」


有無を言わせない。その力量の差は、魔力を見るまでもなく明らかで圧倒的だ。逃げたくても逃げられない。下手に動けば次の瞬間、頭をはねられていても不思議じゃない。


「お前、ジヴェルの事好きか?」

「え......?」


「お前の母さんだよ、ママ。好きか?」

「......そりゃ、うん」


「そうか。どこが好きだ?あいつのどの部分が?」

「や、優しい......」


「なるほど」


腕を組み頷くクロウ。


「けど、ジヴェルはお前の事は別に好きでもないぜ?」

「......」


「ははっ、睨むなよ。けどこれは真実さ。うちの母上様もそう、同じだ。あの人達に好意というものがあるとしたら、それは俺らの中の力に対するもの......そう、ジヴェルはお前には興味がない。あるとすればそれはお前の中の【魔女の魂】に対してだけだ」


「そんなこと無い」


「あるさ。その証拠の一つとして、お前は町に出して貰えていなかっただろう?」

「!」


「あいつはお前を管理下に置いておきたかったんだよ」


――確かに、と思ってしまった。


言われてみればそうだ。これまでジヴェルは僕を必ず目の届く範囲に置いていた。


過保護過ぎるとは思っていたが、それは愛情では無く僕の中の【魔女の魂】に価値があったから?


「ほらな?思い当たるだろ?」


せめぎ合う心が思考を鈍らせる。


「そこで提案だ。お前、俺と来ないか?」

「え?」


「俺の任務はお前とジヴェルを殺ること、もしくは【魔女の魂】の回収。だから、お前がこちら側につくならそれはそれでオーケー。俺はお前を連れて帰るよ」


「嫌だって言ったら......」


「そーなりゃ殺すだけだ。ほら、選べよ」


クロウの瞳に殺意が芽生える。今の言葉に嘘が無いことがその魔力に現れていた。


「.......」


僕が首を立てに振れば、ジヴェルが助かる。クロウは僕に【魔女の魂】としての価値しか無いように言っていたけど、それならそれで良いと思ってる。

ここまで育ててくれたんだ。あれが偽りの愛情であったとしても、僕はジヴェルに感謝している。


......行こう。


「わかっ――」


わかった、と口を開いた瞬間。――空に紅い星が流れた。


「!」


――バチチチ!!と放たれた雷撃。クロウが瞬時に反応し、それを弾き飛ばす。それは雷を込めた石だった。


「カウンターくれてやろうと思ったのに。中々速えな、お前」


その空中で雷石を放った術者は、着地し素早く僕とクロウの間に割り込んだ。


「あ、アイカ......なんで」

「あんたねえ、バカなの?なにあんな簡単な嘘に騙されてんのよ!」

「嘘......?」


「どう考えても嘘じゃない!あんた捕らえた後、ジヴェル様殺して消えるに決まってるでしょ!」

「......」


「?、どうしたのよあんた......」


奥底に沈めたはずの感情が、頭を巡る。そのせいで思考が定まらない。


「なにがあったかは知らないけど、腑抜けてる場合じゃないわ!町にはこいつが放った魔獣が暴れてるのよ!」

「え?」


クロウが口を開く。


「まあ、町の連中を殺さねえとは言ってねえからなあ。助けるのはお前とジヴェルだけだよ」


耳を立てれば遠くの方から聞こえてくる戦いの騒音。


「こいつ何とかしないと、みんなやられちゃう!ほら、しっかりしなさいよ!」


――ゴッ


アイカの顔面に蹴りが入る。


「邪魔するやつは、死、だ」


吹き飛ばされた彼女は岩にあたり、転がる。僕は反射的にクロウに攻撃をしようとする、が。


ズズ......ズズ、と痛いほどの魔力にあてられ、脚が震えだし動けなかった。


(......こ、怖い)


怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!


絶対的強者。


蛇と鼠、兎と虎、蟻を潰すように......僕を殺せる。クロウの魔力を目視し触れてわかる絶望的な力量の差。


「なるほど、まあ......時間もねえからな。残念だよ」


クロウが人差し指で宙に文字を刻む。そしてその文字が赤く滲み、溶け出す。


――ズズ


「こい、【死黒山羊(ヴァールズラティ)】」


クロウの魔力が溶け出した文字に吸い寄せられ、やがてそれは巨大な魔力の塊になった。そして、現れたのは――


大きな虎の身体、三つの黒山羊の頭、尾には死神を思わせる大鎌、そして巨大な蝙蝠の翼。


「俺のオリジナル魔獣だ」


――この世界には伝説級の魔法使いがいる。


それらは様々なことが原因で姿を消し、書物の中だけの存在になってしまった。


しかし、稀にその生き残りが居るらしいと、言い伝えられている。


彼は、その一人だった。


「......召喚士!!?」


「おお、正解。よく知ってたな?まあ、俺はフツーの召喚士じゃねえけど」


その言葉の意味は、召喚された魔獣を見て理解していた。召喚士とは、実在する魔獣を創造する魔法使い。


(こいつが召喚したこれは......複数の強力な魔獣が混ざり合っている......!)


「死の都、アッザトーネを縄張りにしている化物、黒山羊を三体混ぜ更にガムルデイナの大鎌、バルナイドの翼にギルティダラドの剛爪......どうだ?すげえだろ?」


クロウだけでも倒すことは不可能。その上、召喚された魔獣は今までみたどれよりも禍々しく凶悪な魔力を漂わせていたる。

獣独特の香り、死を予見させる殺気。

この場に居るだけで気が触れてしまいそうな、その魔力は金縛りのように僕の体を微動だにさせない。


(......に、逃げなきゃ......無理でも、走らなきゃ)


ズン、と死黒山羊(ヴァールズラティ)が一歩、前足を進めた。


僕の頭の二倍はある山羊の頭。クロウが頭をかきながら面倒臭そうに


「喰え」


と一言。そして魔獣はその命令を実行するため、大きな口を広げる。


――しかしその時、ふわりと冷気が肌を撫でた。


次の瞬間、無数の小さな兎が現れる。死黒山羊(ヴァールズラティ)とクロウの周囲を取り囲むようにぴょんぴょんと跳ね回り、注意を引いている。


「なんだァ?氷の兎?」


(!!、メイの魔法......!?)


メイの氷魔法のひとつ、【氷結兎(リトルラットル)】花屋を営んでいた時、鼠を触らずに駆除したいと彼女が考え出した氷魔法。対象の敵を発見すると撹乱し体当たりし、凍らせ動けなくする魔法。


――ポポポッ!!、とクロウと死黒山羊(ヴァールズラティ)につっこんでいく【氷結兎(リトルラットル)

しかし、それは容易にかわされ死黒山羊(ヴァールズラティ)が兎達を始末していく。


ガッ、ガガガ!!剛爪と尾の大鎌を駆使し、あっという間に半数が氷の粒に還され霧散した。


「――シオン!!」


気がつけば側に駆け寄ってきていたメイ。彼女が僕の手を引く。


「逃がすわけねえだろが」


直ぐ側に迫る魔獣。大きく振りかぶる剛腕が、僕とメイに振り下ろされた




と、思い死を覚悟した時。紅い稲光が死黒山羊(ヴァールズラティ)の全身に走る。不意を突かれた魔獣は驚き動きを止める。同じく予想外の事にクロウも「ああ!?」と困惑した。


その稲妻は言うまでもなくアイカだった。頭から血を流し瀕死の彼女が、地面を這いずり、僅かな水溜りを通し魔獣を感電させた。しかし、ただ電撃を流しただけであり、攻撃力を持たないそれは一瞬気を引くだけしかできず、つまりは


「――シオン、メイ......」


振り下ろされる巨大な剛爪。



死の間際。



アイカがこちらをみて笑う。


「アイカ!!」「アイカちゃん!!」


二人の叫びが響く。



――けれど、アイカは満足だった。



これまで女であることで卑下され遠ざけられ、下に見られ、辛い日々を傲慢に振る舞うことで耐えてきた。


けれど運命は彼女を彼と出会わせる。嫌われてもいいというスタンスで生きてきたアイカは、純真で素直な彼に心を溶かされていた。


いつか二人で話をした時のことを思い出す。


「一族はね、【雷神】を宿したあたしが女であることがゆるせないの」

「そうなんだ」


平然という彼に苛立ち、言葉を重ねる。


「ホントは私もこんな力を継いで生まれてきたくなかった。それか女じゃなくて男で生まれたかったわ」


本心だった。そうだったら、これほど苦しめられずに済んだのに、と。


けれどそんなあたしに彼はこう返す。


「......でも、勝手だけどさ、僕はアイカが女の子で良かったと思ってるよ」


「はあ、あんたね......話聞いてた?」


苛立ちが最高潮に達し、頬を叩こうかと思った時彼はこう言った。


「だって、アイカが女の子でその力を持っていたから、僕はアイカと出会えたんだもん。......僕、アイカと会えて良かったと思ってるから」


確かにそうだ。もし、あたしが男であればこうしてここにはいない。毎日暇なく最高の術者として育てるための訓練に縛られていただろう。

【雷神】がなければ当主の世話に明け暮れる日々があったに違いない。あの一族において女の価値は低く、小間使扱いされているものも多い。


(あたしがあたしじゃなかったら、出会えなかった)


にこにこと笑うシオン。あたしはそっぽを向き


「.......あっそ」


小さな声で、聞こえないように「ありがとう」と呟く。



過ぎゆく日々、彼の優しさに包まれあたしの憎しみの炎は消え始めていた。だからかな.......果たさなければいけないと思っていた事、それをするのは、あたしじゃなくてもいいかもしれないと思え始めていた。


きっとシオンはこの世界を変えてくれる。そんな予感がするの。


彼をここで失うわけにはいかない。だから



――ブォン......



「――......ちゃんと逃げなさいよ。ふん」



あたしは最期まで憎まれ口をきく。




――ドオオオンッ!!!


大地が揺れた。潰されたそこが吹き飛び、割れる。飛沫が舞う。


メイの目を塞ぐ間もなく、散った彼女の命。







ブシュウッ!!



――舞い散る血飛沫。


苦しむ魔獣。


呆然と立ち尽くす僕とメイが発見する。



死黒山羊(ヴァールズラティ)の眼に突き刺さる、一本の矢に。


矢が魔獣に刺さり、奴の剛爪はアイカの真横に振り下ろされていた。紙一重、アイカは無事だった。



「!?、弓士......だと!?どこから......攻撃の気配が全く無かったぞ!?」


驚愕するクロウの声が辺に響く。






――これ、は......アグラムの、矢。










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