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ダンジョン.32



――ジヴェル邸遥か上空。巨大な怪鳥に乗る男女の人影。


闇夜の漆黒を移したかのような着物、頭髪色の女が言う。


「クロウ。......ぬかりはありませんね?これは母上様からの重要任務です。失敗は許されないと言うことを忘れぬように」


それに対しクロウと呼ばれた斑模様の外套を被る長身の男が言葉を返す。


「ああ?大丈夫だっつーの。心配ならお前も来ればいいだろ」

「私が行けば結界に掛かります。それに身バレしてしまえばこの作戦の意味もなくなる」

「冗談だっつーの。まあ、この日のためにこの町に鳥飛ばして偵察しまくってたんだからな。失敗なんざ有り得ねえさ。俺ならアスタも殺せる。行くぜ」


「クロウ」「あ?まだなんかあんのか?」


「最期の言葉を。お母様へ」

「......最期にはなんねえ。お母様がジヴェルを拘束してくれている限りはな。行ってくる」


男が怪鳥から飛び降りた。



◇◆◇◆



――思念の世界。大きな城の前に立つ、ジヴェル。彼女は陰鬱な気持ちでいっぱいだった。何故なら、ここに集まる姉妹はその殆どが自分を嫌い、妬んでいる......表立っては見せないその感情の色が、ジヴェルには視えているからだ。


「あら、ジヴェル。あたしの可愛い妹......お城の前でぼうっとしていてはいけないわ。早くお母様にお顔を見せて差し上げなさい」


「姉上様」


「先の月はごめんなさいね。どうしても会議に参加できない事が起きてしまって......ほら、あたしの担当のエリアは内戦が絶え間なくて。って、言い訳よね。ごめんね、ジヴェル」


「いえ、お忙しい事は重々承知致してます......あの、それとは別に、姉上様......お聞きしても」

「?、なぁに......そんな切れ長の目で見据えられたらドキドキしてしまうわ。ふふ」


ジヴェルの頭を撫で、彼女はにこにこと微笑む。


「以前お貸しした私の紫斑の外套は、まだご必要ですか?」


前回の血族会議でジヴェルは彼女に頼まれ、一着の外套を貸した。それは数百年前、ジヴェルが狩った【紫斑猫(ドグルキャット)】という妖獣の毛皮から作られた物で、羽織った者は気配を消す事が出来る。


「ああ、ごめんなさい。もう少しだけ貸してもらってて良いかしら.......すぐ返すわ。あとちょっとだけ。ね?」

「いえ、大丈夫です。わかりました」


そう言って帰ってこない物が山程ある。しかしながら、姉と妹......その上下関係、格差には明確な力の差があり逆らうことは許されない。


だが、今回だけは違った。


――ゴッ、ドオン。と城の巨大な扉へ近づくと、二人の魔力を感知し開く。


出迎えるのは、紅いドレスを着たジヴェルら七人姉妹の母と、黒い衣服を身にまとう執事たち。


「おかえりなさい、愛しい我が子。さあ、他の姉妹はもう席についているわ。ドレスに着替えて貴方達も席について」


「「はい」」


城の奥、綺麗に磨かれ鏡のように光を反射している床。長い廊下を歩き、辿り着く扉。その向こうにあるいつもの会議室。


小声で「ちょっとこれ会議室遠すぎるわよね?」と姉上様が耳打ちをしてくる。ジヴェルが静かにうなずくと、執事二人が扉を開いた。


円卓のテーブルに五人の姉妹が座り、あるものは本を読み、あるものは食事をし、あるものは眠りについていた。そしてその内の一人、青色の髪の妹がこちらに気が付き声をかける。


「お久しぶりです、イデア姉様、ジヴェル姉様。さあ、席へお座りください」



――促され席に着く。すると、執事が扉に魔法をかけた。情報の漏洩を防ぐためだと思われる。




◇◆◇◆◇



――ジヴェルが眠りについた。


月に一度の長い夜が始まる。アスタは紅茶を淹れ、リビングで外を眺める。


輝く星々の向こうに、ジヴェル達のいる場所を思う。


(......ジヴェル様の勘は当たる)


おそらくは今宵侵入者が訪れるだろう、とアスタは思っていた。けれどこうも考えていた。町の人々には悪いが、私はこの屋敷を離れる事は出来ない、と。もちろん、人々の命は大切だ。けれど、最優先はジヴェル。


ジヴェルを失えばどの道この国は最悪滅ぶ。彼女という抑止力は大きく、換えがきかない。


だから多少の犠牲は仕方がない。


サクリ、と用意してあったレモンパイの一切れにフォークを入れる。


(思えば、私が......)



――ズズ、と背筋に悪寒が走る。



「!?」


魔力の反応は無い。けれど、直感的に危機感が働く。


(得体の知れない物が敷地内......おそらくは、裏山に居る......!!けれど、どうして......この感じは相当な手練だ。なのに......!!)


ジヴェルとアスタは特定の魔法使いに対し、結界をかけた。それは六種あり、この六種はその他を見逃し侵入させたとしても防ぐ価値があると考えられたからだ。


魔界において強者にあたる者は必ずこの六種いずれかの場合が多く、今裏山に降り立った侵入者がかなりの力を持つ者故にこの六種である事が予想されたが、それでは辻褄があわなくなってしまう。


――侵入する脅威、予測もつかない得体の知れない強者。


(けれど、屋敷からは出られない。相手が強者であるならなおさら......屋敷の結界にかけた縛りを用いて戦闘を行わなければ)







――外......裏山の方からジヴェルの匂いがした。


(......あれ、帰ってきたのかな)


だから、不思議に思い外へ出てみた。月が綺麗で、明るく、僕は導かれるように歩く。



そして見つけたのは、ジヴェルの外套。


「......ジヴェル、帰ってきたの?」


フードを脱ぎ、こちらを見るその人がジヴェルではない事を僕は知る。



「良い夜だよな。月光で魔力が昂ぶるぜ」


「......誰?」


ぞわぞわと嫌な感じがする。目があっただけで、わかる。今まで出会ったどんな獣よりも危険な雰囲気。


本能で感じる。彼が敵であること、そしてジヴェルの命を狙っている侵入者である事が。


にやり、と笑い彼は名乗った。


「俺の名はクロウ。お前を殺しに来たぜ......シオン」






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