ダンジョン.31
唐突に流れる涙。浜辺真七、彼女の姿を鮮明に思い出し、その笑顔が恋しくなってしまった。
「ご、ごめん、なんでもない」
照れ隠しのように浴室へ逃げ込む。不思議な感じがする。彼女を思い出してから、僕の中で「思い出せ」と「思い出すな」がせめぎ合っている。
多分、彼女は大切な人だったんだ。けれど、僕とどういう関係でどこで会ったかはわからない。前世とか?
多分、そうなのかな。だって僕は今までこの屋敷から殆ど出ることなく生きてきた。町におりたことも数度しかない。
(やっぱり、前世で出会った人なのか......)
「シオン」
ぼーっと考え事をしていると唐突にキノの声が聞こえ、僕はビクッとする。
「ご、ごめん、驚かせて......お風呂、シオンと一緒に入ってもいい?」
「え、あ、うん......いいよ」
木造の扉を開けると、同じく木で造られた浴槽が右手に備え付けられているのが目に入る。左手には鏡と、桶。天井は吹き抜けていて、見えない結界が張られている。
――星空が綺麗で、僕は思わず目が潤む。
(いや、涙脆すぎじゃない?)
「シオン、大丈夫だよ」
「え?」
「メイもアイカも皆側にいるから。僕もさ」
一瞬何を言われたのか分からずに、僕はキノの顔をぼけーっと見る。湯気がふわりと広がり、その表情はよく見えなかったが言葉が慈愛に満ちているような優しさがあった。
「......寂しいんでしょ、シオン」
「寂しい?」
「あれ?なんかそんな顔してたから。違ったかな......ごめん」
いや別に寂しくなんて......。と、否定しようとする頭。けれどその言葉を反芻してみてわかった。
(いや......寂しいのか、僕は......)
「ありがとう。キノは優しいね」
「ううん。僕もそう言うときあるから」
「キノにも?」
「うん。僕、こんなだから......一族の人たちから嫌われてるんだ。それに学校でも弓士の落ちこぼれだって言われてて、いつも一人だった。......だからずっと寂しかったんだ」
僕はキノと出会った時のことを思い出していた。あの自信のない目とどこか怯えたような振る舞い。その理由が今わかった。
そして、何故かそんなキノに僕は自分を重ねて見ていた。
「でもね、シオンやメイ、アイカの皆に会えて僕は寂しくなくなったんだ。一族の皆から嫌なことを言われても、学校の皆に笑われても......三人の顔を思い浮かべると、大丈夫なんだ」
「......わかる気がする」
僕がそう言うと、キノはこちらを見てにっこりと笑う。
「だから、大丈夫。シオンが寂しい時は、僕がいつでも側に行って助けるから」
不思議だった。
「うん。ありがとう、キノ」
「えへへ」
彼のその柔らかい雰囲気と優しさに、不安が霧散したような気がした。
「背中ながすよ、キノ」
「ありがとう、シオン!」
その後、僕らは二人湯船に浸かり温まった。この体の奥に残る温もりは、多分お湯の温度のせいだけじゃない。
――テーブルに置かれる豪華な食事。部屋の飾り付けと、皆の笑顔。
「これって......」
ジヴェルが言う。
「シオン、お前の誕生日だ」
「え、でも......僕は」
僕は、拾われた子供。そう前に聞いた。だから、誕生なんてわかるはずない。
「ちょうど十三年前の今日だ。お前が家に来て、私の家族になったのはな」
「.......そっか」
「おめでとうございます、シオン様」「おめでとうシオン」
アスタさんとメイが祝の言葉をくれる。次いでアイカとキノも。心の底から嬉しくて、僕はまた泣いてしまう。
「泣いてる場合じゃないわよ、シオン。ほら、メイとアスタさんが貴方の好きな料理を沢山作ってくれたんだから。冷めないうちに食べないとね」
「そうだね、うん。ありがとう」
僕とジヴェル、アスタさん、メイとメイのお母さん、アイカにキノ。七人で祝ってくれる誕生会。僕はとても嬉しかった。
料理を平らげ、コップの飲み物をあおる。するとふとメイがジヴェルと目で合図をしあっているのに気がついた。
(......?)
「ねえシオン、飲み物もっといる?僕、ついでこよっか」
「え、あ、ありがとうキノ」
とてててと、椅子から立ち上がりキッチンへ。横ではアイカがメイのお母さんとアスタさんとで仲良さげに会話している。
昔からアイカはメイと仲良しで、以前は互いの家に遊びに行き来する程だったようだ。そんな感じでメイのお母さんとも顔なじみで仲がいいんだとか。
「シオン」
メイに名前を呼ばれ、振り向くと。
「これ、皆から......誕生日の贈り物。どぞ」
にこっと微笑み差し出される小さな箱。綺麗にリボンが巻かれていて、茶色の包み紙に包装されていた。
「わあ、ありがとう!」
こんなに幸せな事があって良いんだろうか。祝福に包まれ、込み上げてくる想いにまた泣きそうになる。それをぐっとこらえ、感謝を伝える。
「本当に、皆......ありがとう」
「ふふん。ほら、開けたら?」
「うん」
アイカに言われ、僕は頷く。
リボンを外し、綺麗な包み紙を破らないよう丁寧に捲る。すると白い箱が現れた。その蓋をゆっくりあけると――
「!、魔石......!?」
――そこに入っていたのは、小さく紅い宝石のような魔石。それがペンダントになっている。ジヴェルがいう。
「それはメイが選んできた物だ」
「!」
メイは頷く。
「シオンは外で遊ぶ事多いから。それが良いかなって......その魔石知ってる?」
「うん、これ欲しかった。ありがとう、流石メイだね!」
「えへへ」
魔石は魔力を集積し、魔法を発生させる。その魔法は魔石ごとに違い、有用な物ほど効果になる。
(この紅い魔石もかなり高価な部類......嬉しいけど、なんか悪い気がしてくるな)
この紅い魔石に込められた魔法は【変質】だ。
使い手の力に依存し、その込めた魔力がイメージした形になる。あくまで魔力がその形になるだけで、例えば鉄製のナイフをイメージしたとしても実際の鉄製ナイフになることはない。魔力がナイフを形作るって感じだ。
他にも魔力を保存しといて、魔力切れになった時に戻す......みたいなやり方も出来る。
「さて、そろそろ良い時間だな。お開きにしよう」
それからアイカとキノが帰路につく。暗い夜道は危険だが、今日だけは違う。町の中を衛兵や傭兵が見回り、警戒態勢を敷いているからだ。
(......今日はジヴェルが眠りにつく日)
――血族会議に出かける日。アスタさんが町全体を覆うように結界を敷き、更には屋敷に結界を敷く。そして、万一敵が奇襲してきても眠り無防備なジヴェルを護れるよう、その屋敷の結界に縛りをかける。
その縛りの内容は、屋敷から出ない限りアスタさんの魔力が数段上がるというもの。
アスタさん自身の力はこの国で言えばジヴェルに次ぐ程のものだ。だから、お母さんが眠っても基本的には心配ない。
こうして国の兵士達も厳戒態勢でいてくれる。
皆を見送った後、アスタさんが町の結界に不具合が無いか見に行った。
「さて、シオン」
「ん?」
「私は眠りにつくが、良い子でな」
ポンポン、と頭に手を乗せるジヴェル。表情にはでないけど、優しさが伝わる。
「うん、行ってらっしゃい」
窓から月が覗く。
いつかの夜に最も似た、光景。
胸の奥がざわつく。
けれど、ジヴェルが心配しないように
僕は笑顔で見送った。