ダンジョン.25
アイカ、キノと訓練をするようになって一週間が経った。ジヴェルが考えてくれた訓練メニューをこなしていく毎日。
そんな日々を重ねていくうちにひとつの疑問が浮かんだ。
メイは家で働いてくれていて、勉強もアスタさんが見ているから大丈夫だけど、アイカとキノはこんなに毎日家に来ていて大丈夫なんだろうか?
「......あたしの家は大丈夫よ。皆あたしに興味も無いだろうし」
「そんなこと......」
「あら、本当のことよ?あの一族の人間はあたしを忌み嫌っている。あわよくば何処かで事故にでもあって欲しいとか思ってるんじゃないかしら......あたしが死なない限り【雷神】を宿す人間は生まれないし」
凄い事言い始めたな。けど、それはありえる事ではある......ジヴェルに聞いた話だと、ヴェルゼネの一族は昔から【雷神】を奪い合っていたらしいから。その歴史には暗殺や謀殺を謀ってまでも自分の子にそれを宿そうとする者がいたとか。
(けど......)
僕は少し引っかかった。
あの日、初めてアイカと出会ったとき。彼女のご両親は僕に手合わせを願い出たアイカの事を叱っていた。あれは愛情が無ければしないことなんじゃないかな。
僕にはあのご両親の態度が立場上だけのものだとは思えなかった。
「ちょっと、何黙ってるのよ。......ひょっとして、引いた?」
考え込む僕に不安を覚えたのか、アイカは少し焦る。
「ううん、大丈夫。でも、僕は君の味方だから」
「......あ、そ」
そんな会話をしていると、学校が終わったキノがひょこひょことやってくる。
「なになに?二人ともなんの話をしてるの?」
キノもこの一週間で馴れたのか、普通にアイカに話しかけられるようになった。まあ、彼女も色々と歩み寄る努力はしてくれているみたいだ。
「あたしが落ちこぼれだって話よ。あんたと同じで」
前言撤回。なんでそんなこと言うの?キノはしょんぼり......するのかと思いきや、「はは」と笑いこう言った。
「僕は落ちこぼれだけど、アイカは違うよ。強いもん」
キノが成長していく。こうしたちょっとした会話の端々で僕はそれを感じる事が多くなった。
「そりゃどーも。あんたも弓ちゃんと当てられるようになりなさいよ。落ちこぼれのままじゃいられないんだから」
「はは、善処します」
「みんなぁ!」
「あ、メイだ」「こんにちは!」「慌てると転ぶわよ」
「気をつけてるから大丈夫だもん」
駆けつけたメイの頭を撫でるアイカ。二人はまるで姉妹のようで、アイカは彼女のお姉さん的位置にあるようだ。手合わせした時は、メイにキレられて青ざめていたアイカだったが、あれは普段滅多に怒らない人が怒ってビビる稀な事だったようだ。
いや、まあ僕も怖かったからな。あの時のメイは。
ちなみにメイも僕らの訓練に参加している。モチベーションが高いのか飲み込みが早く、体術はイマイチだけど魔法の扱いがかなりのモノになっていた。
(魔力総量も僕やアイカに近くなってきている......見てないところでも相当練習してるんだろうな)
ふと目が合うとメイはにっこりと微笑む。なんかちょっと照れくさい。
「さて、今日も始めよっか」
僕が「ん〜〜っ」と背を伸ばしながらそういうと、三人が「うん!」「がんばるっ」「そうね」と応じた。
その時、メイがハッとした表情になる。
「あ、シオン、アスタ様が今日は雑草を始末して下さいって言ってたよ」
「雑草......ああ、もうそんな頃か。でも大丈夫なのかな僕らだけで」
「大丈夫だと思うよ。ジヴェル様にも許可を取ってあるって言ってたし」
「あ、そうなんだ」
アイカが言う。
「雑草?そんなのさっさと終わらせていつもの訓練しましょう」
「草むしりかあ、僕もお家でやらされていたから得意だよ」
「へえ、ならそれはキノに任せましょうか。あたし達は普通の訓練しましょう」
「なっ!?」
「アイカちゃんはまたそーやって......アスタ様が皆でやりなさいって言ってたしダメだよ」
「ふふん。冗談に決まってるじゃない」
「分かりづらいんだよなぁ......この人の冗談」
「なんか言ったキノ」
「な、なにも......イッテナイデス」
「ぷっ、あははは」
「「「!?」」」
僕は思わずふきだした。
「シオン......?」
「ど、どーしたの急に笑いだして」
「なにが面白いのよ」
「いやあ、何か楽しいなって」
「楽しい?」
「僕は三人が来るまでずっと一人で遊んでたから。今が凄く楽しい。ホント皆と会えて良かったよ」
僕はハッとする。僕は今、かなり恥ずかしい事を言っているんじゃないか?と気がついたが、時すでに遅し。メイとアイカが照れていた。
そんななかキノが微笑む。
「僕も!シオンと......ううん、メイやアイカと会えて良かった!」
雲ひとつない澄んだ空のように、真っ直ぐな曇のない瞳。キノはほんとに良いやつだ。
「ま、まあ、そうね?あたしもあなた達と出会わなければこうしていられなかったわけだし?良かったっちゃあ良かったわね」
実はアイカは僕と手合わせした日以降、ヴェルゼネ本家に引き取られる事になっていた。手当たり次第喧嘩を売る素行の悪さと、親でも制御のできない彼女を完全に管理下に置き矯正するためとかで、連れてかれるところだったらしい。
というより、アイカいわく何もしなくてもいずれ本家に引き取られ、【雷神】を目的とした暗殺にあっていたはずなのだとか。だからあたしなりに足掻いていた。そしたらシオンが手を差し伸べてくれた、と言っていた。
(結局それはジヴェルがアイカを更生させるって話をつけてくれたんだけど、後々ジヴェルにそれはあり得る話だと聞いた)
「私も......シオンがいなかったら、ここに居なかった。アイカちゃんともまた遊ぶ事も、キノくんとも仲良くなる事も無かった。だから、ありがとう」
微笑むメイ。彼女のその笑顔に僕は微笑み返す。
逆だよ、メイ。僕はあの日、君がいたから......君と出会えたから、こうして友達が出来たんだ。
いらないと思っていた。
必要ないと、一人で遊んでいる方が楽しい......気を遣うのは疲れそうだ、面倒くさいと。
でも違った。みんながいることで世界が変わった。
「ううん、こっちこそ。ありがとう」
僕がそう言うと、照れくささが限界に達したのか、アイカが「ふ、ふん!早く雑草取りしましょう。日が暮れるわ」とそっぽを向いた。
「だね。それじゃ、行こっか」
「行く?ここの畑の雑草取りするんだよね?」
キノは不思議そうな顔をする。それに対しメイが答える。
「違うよキノくん。あっちの岩山を越えたところに森林地帯があって、そこに発生してるのを狩るんだよ」
「へえ」
「なら早く行きましょう。本当に日が暮れてしまうわ」
「うん、行こう!」
そうして裏山奥地へ進むこと三十分。森林地帯へ突入し辺りは陽の光が届かない場所へ。
「魔力が溜まっているわね」
アイカが言う。
「まあ、だから発生するのかもね」
と、僕が言う。
「?、どゆこと?」キノが首を傾げた。その時、発見した雑草を僕は指差す。
「あれ」「え?」
僕の指差す先。それは濃い紫の毒素を辺にまき散らし、そこらの木々に蔦や根を絡ませていて、魔力を立ち昇らせている。
大きな牙と、頭部には毒を散布させている真っ赤な花。それは多量の魔力を溜め込んだ魔草が成り果てる姿――
「ま、マンイーターだあああああーーーッッ!!!?」
今までに聞いたことのないキノの絶叫が暗い森にこだました。
「あら、あんたそんな大きな声でるのね」
顔面蒼白のキノと、【喰鬼植物】よりもキノの声量に関心をいだくアイカがちょっと面白かった。




