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ダンジョン.18



「......ん」


瞼をかすめる光。窓からさす陽の光が目を覚ませと言わんばかりに僕の顔を照らしていた。曖昧な意識に揺られながらも、僕はベッドに横になっている事に気が付く。そして、すぐにメイの事を思い出した。


(あ、そっか......僕、また倒れたのか......)


魔力が底をつきてまだ回復していないせいか、体が重く上手く動かせない。それに発熱と激しい頭痛、倦怠感。寒気と目眩。


決して手放しで喜べる状態ではなかったが、僕は自分が生きていることに少しほっとする。


やっぱりかなりの消費量だったんだ......いや、そりゃそうか。物をなおすのとはワケが違う。ボニタは殺されてから時間も経っていたし。尚更魔力を必要としたに違いない。


でも、僕がこうして生きているということは、魔法自体は発動したということだ。魔力が足りなければ、僕の生命力を削り尽くしているはずだし。


......ボニタは多分生き返っているはず。生き物に【時間操作(クロノトリック)】をかけて修復したのは初めてだけど、多分大丈夫だと思う。


メイとメイのお母さんはどうなったんだろう。二人は無事なのかな。あのあと、どうなったんだ。


「......んぅ、っ......すー、すー」


ベッドの枕元。小さな寝息が聞こえる事に気がつく。満足に動かせない体だったが、なんとかそちらを見る事ができた。


(え?)


するとそこには、メイが突っ伏して眠っている姿が。至近距離の寝顔。しかも、なぜかはわからないけど、アスタさんがいつも着ているメイド服を身に纏っていた。


長い睫毛とふんわり枕に掛かる、絹のように滑らかな灰色髪。何かを塗っているのか、艷やかな唇につい目がいってしまう。


......ヤバい。熱があがる。


どきどきする胸に気まずさを覚え、目をつむろうとした。その時。


「......シオン、くん?」


メイが目を覚ました。こちらをまじまじと見つめる彼女は、気のせいでなければ涙が滲んでいる。


「メイ......無事で良かった」


心の底から。ホントに。


「良くないよっ!!」

「!?」


天使のような美しい顔が一瞬にして鬼の形相へと変わった。あまりの豹変ぶりに僕の体も一瞬びくっと跳ねる。


「あ、あんな、無茶して......ボニタが生きてても、シオンくんが死んだら、なにも良くないよ......ひっ、ひっく、うぅ」


僕の肩におでこをあて泣き出すメイ。まあ、怒るのも無理はないか。


「ごめん、メイ......」


顔を埋めたまま無言を決め込むメイ。おそらくこれは無言でキレてるんだと思う。耳をすませばまるで犬のように「ううう......」と唸り声が聞こえてくる。メイって怒ると怖えな。


「......約束して」

「約束?」


「......もう、あんな無茶しないで」

「でも、ああしなきゃボニタは......」


顔を上げるメイ。潤んだ瞳、紅くなった頬――


「......無茶、しないで」


――今の彼女には有無を言わせない強制力があった。


「わ、わかった。約束する......もう無茶はしない」


僕がそう約束すると彼女は「うん」と微笑んだ。そして、頭を下げ、「こんな事言っておいてなんだけど......ボニタを助けてくれてありがとう。大切な家族なんだ、あの子」とお礼を言われた。


(でも、この彼女の笑顔を見ると、やっぱりあの時の判断は間違ってなかったんだと思えた。怖い思いをさせてしまったけど結果的には、僕はメイを救えたんだと思う。けど......)


これは『結果的に僕が生きていたから良い』って話じゃないんだ。メイが僕の事をどう思っているかはわからないけど、遊んでいた相手が目の前で死にかけたという事自体が、トラウマとなり得る。


一歩間違えれば一生苛まれる心の傷に。危ないところだった。


(......ホント、酷いことしちゃったな。あれをやるなら見えないところで、だったかな)


そんな事を考えてると、ハッとメイが両手を合わせた。


「いけない!早くジヴェル様とアスタ様をお呼びしないとっ!シオンが目を覚ましたって!ちょっと待っててね、シオン」


椅子から腰を上げものすごい勢いで部屋を出ていった......と、思ったら戻ってきた。メイは僕の額に手を当て、横に置いてあった桶から手ぬぐいを取り出し水をきる。


そして、魔力を手に集中させる。ひんやりとした冷気。タオルを冷やしているようだった。


(!、......氷結系魔法?)


「メイ、魔法使えたのか」

「うん。少しだけね......攻撃魔法は使えないけど。っと、このくらいかな。はい」


おでこにのせられた手ぬぐい。ちょうどいい冷たさで気持ちがいい。


「ありがとう」

「うん」


なでなでと僕を撫で、メイは微笑む。


「こんどは、私の番」

「ん?」

「私がシオンを助ける番だから。......皆よんでくるね」


「......」


額の手ぬぐいに触れる。今感じている熱は魔力消失が原因ではない事をどこかで自覚する自分がいた。


僕は、彼女の為なら......また死のうとするかもしれない。ジヴェルやアスタさんも大切だけれど、メイは命をかけてでも護らないとと思えてしまう。


何故かはわからない。けれど、胸の奥からわき出る衝動が、きっと......またそうさせるだろう。僕自身もそれで命を失うなら本望だとさえ思っている。けど......


(......あの泣き顔はもう見たくないなあ。今度は上手くやらないと)





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