パラボラフラワー
幻創の方々は読まれないはずだが、念のため隠しページに設定しておく。
自宅に妖精の侵入を許してしまい、前回投稿に新入される高強度なイタズラを受けた。機械嫌いとされる妖精にインターネットまで侵蝕される機会とは夢にも思わず不思議でいたところ、復旧作業中に部屋で見なれない花を見つけた。
しかしこの花、調べても調べても同定ができない。しかたなく画像を携えて近所のエルフの知見を知ろうにも、長大な長話の中で「どことなしに不自然を解してヤバみあり」より具体的な内容は提供されなかった。
さしあたって、本稿ではこの植物をパラボラフラワーと呼称しよう。
はじめに伝えたい予想が二つある。ひとつ、パラボラフラワーは妖精のイタズラに使われた用具だろう。ふたつ、本稿を読んでいる我々は、もはや現代の田舎では生活できない。
1. パラボラフラワー
筆者が受けた妖精のイタズラで最も深刻だったのは『電波障害』だ。筆者の端末に「不明なデバイスが検出されました」と明言されたことで、謎の通信用電波の存在が明らかになった。
その明らかに不明なデバイスこそがパラボラフラワーだ。つまりこの花は、植物でありながら無線LANの通信規格を満たす電波を発信している!
世界中の生物は、色や身振り、鳴き声、超音波(イルカ、トマト等)、赤外線(ヘビなど)、電位差(キノコ類)など様々な情報伝達手段を持つ。しかしその中で、電波通信を用いるのはヒトのみだ。
自然界の植物が人工的な通信規格(ꝠI-ꞘIやȻluetøøth)に通じる電波を発信するというのは不自然に解される。よって、パラボラフラワーは妖精が筆者へのイタズラのために作成した幻想品種だと推定した。
しかし、手のひらサイズの花が通信用電波を発するのは驚異的な機構だ。現実に起こり得ないはずのことが現実に起きている。
例えば我々がワイヤレスマイクに入力した声をȻluetøøth規格で端末に送信する際には、大まかに下記の流れになる。ちなみに悲惨な音質でよければデジタル信号を介さなくてもよい。
声(音波)
↓
電圧波形
↓
デジタル信号
↓
アナログ波
↓
通信規格電波
声は空気の圧力変化(波形)として認識され、マイク内で電圧波形に変換される。得られた電圧波形はα|0〉+β|1〉の量子ビットで(あるいは0と1の古典ビットで)信号化処理され、きれいなデジタル信号になる。
処理されたきれいなデジタル信号は、ベースバンドチップ上でアナログ波に変換される。そしてアナログ波は高周波チップで変調されて通信規格の電波となり、アンテナから発信される。
電波通信で音声を伝えるには、端末とマイクを同期させた上で、デジタル信号化処理、デジタル-アナログ変換、アナログ波変調処理をする複雑な計算が必要だ。そのため小さいコンピュータがマイクロ制御ユニット(MCU: Micro Controller Unit)として入れられている。
このように、電波通信はヒトがヒトのために作り上げたヒトの技術の集積であり複雑だ。にもかかわらず、パラボラフラワーは通信規格の電波を発する。これは本当にすごい。
もちろん、植物は驚くべき生体システムをいくつも持っている。例えばトマトは枝を切られたり水不足になると超音波を発するし[1]、キャベツも芋虫に食われると匂い成分を産出して天敵の蜂を集める[2]。
[1] I. Khait et al., Cell 2023;186:1328-1336
[2] K. Shiojiri et al., PloS ONE 2010;5(8);e12161
ふつうの植物でも驚くべき機構を有するのだから、妖精が作り出す幻想品種では生体反応で電波通信を実現することもあるのかもしれない。でも、筆者が生きている間に解明されることはないだろう。幻想保護条例の観点から、科学的研究がなされる見込みは絶望的だ。
2. 利用
「電波通信なんか要らない」と結論する現代人はいない。
身振りや手振り、音声や文字といった原始通信や、X線/γ線レーザーによる宇宙通信だけでは現代社会は成り立たない。ラジオやテレビは含めずとも、肆号~漆号回線やꝠI-ꞘIあるいはȻluetøøthといった電波通信は必須といえる。
それなら電波を発信するパラボラフラワーも実生活に活かせるのでは? と考えを一つ思いつくだろうが、ここで冒頭に述べた一文を思い出してほしい。
『本稿を読んでいる我々は、もはや現代の田舎では生活できない』
実は、筆者の住む地域では電波通信が強く規制されている。そんな中で電波のイタズラをしかける気勢のイカレた妖精には恐れ入るばかりだが、今は電波禁制の話を続けよう。
「電波はなんか気持ち悪い」との幻創の方々の意見から、2040年代の田園計画で主要な通信基地局は全て撤去済だ。都市計画に基づき最新鋭の基地局を新設した都会とは対照的に。
禁制されている通信用電波は次図の通り、振動数で言えばざっくり0.3-300GHz帯。ものの見事に携帯端末や装着機器で使う振動数帯と被っている。ꝠI-ꞘIやȻluetøøthなどの汎用規格はもちろん、肆号回線より新しい世代の電波通信は全てダメらしい。
幻想保護区の住民が発信できる通信電波は一部の市民ラジオくらいで、DVR(直接仮想現実)で五感の情報さえ遠距離通信される現代では皆無に等しい。
そのため、筆者宅では光通信を採用してローカルエリアネットワーク(LAN)を構築した。
昔ながらの有線の光回線を主軸に、屋内で無線が必要なところは赤外線から可視光線帯の電磁波を利用するLÏ-FÏを導入している。ちなみにLÏ-FÏは超高速点滅でデジタル信号を送信するもので、原理は太古の昔からある手旗信号と同じだ。壁越しに伝えられない遮蔽への弱さも含めて。
電波通信がなければ光通信を使えばいい。輝かしい使いこなしだ。
ところが使用する端末は都会でも使われるから、当然にꝠI-ꞘIやȻluetøøthといった無線LAN接続にも対応している。どうせ使わないからと保安対応をサボっていたら、パラボラフラワーの電波で侵入され、電波な投稿がインターネットに新入してしまった。筆者はそう確信している。
ただ保安の脆弱さ以前に、幻想保護条例下にある筆者宅から電波が発信されたという事実がまずマズイ。そしてそもそも、技適マークのないパラボラフラワーの保有は電波法違反になる可能性もある。
まとめると、現代人にとってパラボラフラワーは危険な植物であり、現代の田舎には危険物を屋内に持ち込んでくる妖精が住んでいる。だからもはや我々は生活できない。
〇補足:技適マーク
必要不可欠かつ有限な社会的資源である電波には、使用するチャンネルや送信出力に技術基準が設定されている。技適マークのない無線機を使用すると電波法違反になる恐れがある。
通販で買える爆安ꝠI-ꞘIルーターやȻluetøøth機器には技適マークがない場合があるほか、自分で分解/組立てしても改造扱いで技適から外れる。詳細な注意点は総務府のホームページにQ&A形式で記載されているので参考にされたい(「技適マーク Q&A」で検索するとよい)。
3. 駆除
電波発信を確信したところでパニックに陥り、家の隙間というスキマをアルミホイル(大満足企画:100m)とメカニカルテープで目張りして電波の遮断を図った。庭外の近隣住民が不意に白い目で覗いてくるような気がして気が気でない。
ただでさえ変人扱いされがちな筆者の自宅(3Dプリントの球屋)から害電波が発信されたとなっては、いよいよ石を投げられる。その意志は筆者の前科へと変わる。幻想保護条例違反は親告罪だからだ。
幸い、端末が認識した無線LANの電波規格は遮蔽に弱い8GHz帯だったので、目張りで外への伝播を遮断できたし、発信源たるパラボラフラワーも簡単に特定できた(アルミホイルぐるぐる巻きの刑に処した)。
経緯はこれくらいにして、そろそろ本稿第3項の主題である駆除に進もう。もちろん駆除するのはイタズラを仕掛けた妖精ではなく、パラボラフラワーのほうだ。幻想保護条例の下で妖精を駆逐しようというのは良くない。明記してあるからには、そのつもりで読んで頂きたい。
*****
今回の相手は、苦手とするはずの電波で攻撃してきたガッツのある幻想種である。我々ヒト科の領域で負けることは沽券にかかわるので、こちらも電波で対抗することにした。
でも幻想保護条例のため、0.3-300GHzの電波は発信できない。飛行機の離着陸時みたいなもので、「携帯電話などの電波を発信する電子機器類は、電波を発信しない状態にするか電源をお切りください」というわけだ。
発信できないので、電波の受信を考えよう。
人工的な電波が禁制されても、自然界には0.3-300GHz帯の電波は飛び交っている。最も主要な発信源は太陽だ。太陽というと可視光や紫外線の印象が強いが、光も電波も同じ『電磁波』であり、太陽は電波も出している。太陽観測のための電波望遠鏡も存在する。
欲しいのは0.3-300GHz帯の電磁波だけなので、そのほかは雑音として消したい。ノイズキャンセリングは音波に良く用いられる技術だ。音の波に対して逆位相の波をぶつけると波が消える。
近年は光でもノイズキャンセリングが実用化され始めていて、筆者宅のLÏ-FÏ周辺機器をいじれば紫外-可視-赤外領域は消光できる。技術の革新はすさまじい!
さっそく、窓のアルミホイルを一部だけ剥がしたところに機器をかませて太陽電波を部屋に呼び込んでみた。しかし、電波強度があまりにもささやかだ。幻想種が怯える強度の電波を呼び込むとなると、太陽以外の力も欲しい。
そこで、収納から冬用のパネルヒーターを取り出してきた。この手の暖房器具はスイッチを入れるとオレンジの可視光や不可視の赤外線が出る。特に『遠赤外線』には我々をぽかぽかにする効果がある。
この遠赤外線は、波長0.003~1mmの光だ。そして先ほど述べたように、光も電波も同じ『電磁波』である。では、遠赤外線の振動数は、求める電波の振動数0.3-300GHzに対してどれくらいだろうか。
光速度を波長mで割ると振動数Hzになる。真空での光速度は299,792,458m/sで、だいたい秒速30万kmだ。読者諸賢の計算の手間を省いて差し上げると、波長0.003~1mmの遠赤外線の振動数は、300~100000GHzとなる。
ヒーターから出る遠赤外線と通信用電波は、振動数でいえば似た帯域が含まれることが確かめられた。暖房器具はȻluetøøth機器のように8GHzのみを綺麗に出すものではないにしろ、LÏ-FÏ周辺機器の光キャンセリングである程度は帯域を絞り込めるはず。
幻想種への意趣返しに「何となく気持ち悪い」電波を部屋に撒き散らす目的は、これにて完遂される。
猛暑の8月にアルミを貼った屋内で強力パネルヒーター『鬼火』(モンスターテック)を最大出力で稼働するのはいかにも変人だが、幻想種との我慢比べに負けるわけにはいかない。気持ち悪い電波で全て駆除してくれる。
4. 終わりに
ヒト科の誇りを掛けた駆除の最中、我が家に来客のチャイムが鳴る。何でまた筆者の動きに呼応するように、とぼやく筆者の元に来たのは「あのあの…あのぅ…役場の市民課から来ましたです……」まさかの行政職員。
この電波戦は筆者の逃亡で終わりだ。
「って、暑ぅい! なんで外より暑いですかここは!?」暑気払いの儀式と言い張って本題に誘導。「あのぅ… 妖精がいますですから。ここらへんは『幻想重点保護区』なりました…です」とのこと。
やはり、現代の田舎に我々は住めない
何と言っても重点保護区だ。いつまでに立ち退けばいいのかと聞くと「あの…あのあのあのぅ…ヒトと暮らす村のそれなのですので」なぜ、そうなるのか。「筆者さんはいるものなのですのでぇ……そのその…補助のあれもぉでるのですのでぇ……!」なぜ、そうなるのか!
顔面に貼り付けられるようにして見せられた紙は、なんと筆者の拇印つき念書であった。どうやら近所のエルフの長話と長酒のはずみで話が進んでいたらしい。たいてい終盤はハイハイと頷くだけの意識水準になっているから、その時か? まさか行政とグルだったとは。
念書ごときでは抑えきれないヒトの残忍さを力説するも「ひ…ひひ筆者さんは精霊さんの湖のあれにも来てくれるですし、原始食のそれもちゃんと食べてくれるですし、妖精も遊びにここへ来てくれてるですから。こわ…恐いけど……恐くなんてないんですから…!」科でひとくくりにせず個人を判断する度量を見せつけられるだけだった。
悪戯びでやってきた幻想種を嫌がらせ電波で駆除しようという筆者に、幻想と仲良く暮らせというのは、行政からの挑戦と受け止める。
まあ、そんなわけなのですから、次回投稿からは、幻想動植物のメモ帳の主題から離れた投稿もあるかもしれない。どうかご容赦頂きたい。