フウセンウキクサ
長雨の季節の水たまり近くなどで、足元をふよふよと泳ぐように宙に浮かぶ小さな黄緑の葉を見たことがある人は多いだろう。
この正体はフウセンウキクサで、雨浮草の名前でも知られる。
近所の池に汚くはびこっているとのことで町内の清掃活動に参加したのを切っ掛けに、少し調べてみた。
1. フウセンウキクサ
ウキクサ亜科の植物で、池など流れのない水辺で見られ、土に根を張らずに水面を漂う。姿としては、葉と茎の性質をあわせ持つ1 cm程度の葉状体を主体とし、ひげ根が直接葉状体から生えている。
よく知られているように、ウキクサ亜科の葉状体は内部に空気を含んでおり、水に浮くのが特徴的である。そのウキクサ亜科の中で、フウセンウキクサは水だけでなく、なんと宙に浮く珍しい植物である。
これは、葉状体の内部の空気が、より軽いガスに置換されるからだそうだ。雨や霧の日になると、葉状体内の空気が軽質ガスに置換され、同時に根を分離して宙に浮かび上がるという。
この空中移動は生息地を広げる役割というのが定説だが、雨や霧で濡れれば重くなるわけなので、移動範囲はそこまで広くない。実際には雨上がりの水溜まりに現れては、再び根を成長させる前に干上がって全滅している様子もみられ、優れた繁栄法かは不明である。
2. 利用
○園芸
フウセンウキクサは外来種であり、1960年代後半に園芸用に輸入されたものが帰化したと考えられている。
ウキクサが沸くのはだいたいが放置された池などであるから、園芸目的で外国から輸入したというのは少し驚いた。当時は、ふよふよと雨や霧を泳ぐ姿が幻想的に見えたのかもしれない。
実際に「フウセンウキクサ チャーム」のキーワードで検索してみると、アクアリウム系の通販サイトで販売している例が確認できた。ウキクサなど入れたらすぐに水面を埋め尽くしてしまうのではと素人ながら思ったところ、案の定というべきか、そのような内容のレビューも散見された。
輸入してきた当時も、軽い気持ちで育てて手に終えなくなった業者あるいは個人が、とりあえず近くの池に流した例などがあったのかもしれない。
経緯はさて置くとして、とにかく他の外来種であるイボウキクサと同様に定着しており、国内に広く分布している。熱帯原産のボタンウキクサのように特定外来種指定ではないものの、在来種のウキクサやアオウキクサが少なくなっているという指摘もあるようだ。
※補足
生態系という言葉の初出は1930年頃と言われる。また環境府の資料によれば、各国で植物を含む外来生物対策の法整備がなされたのは総じて1970年代以降、我が国では外来生物法の交付が2004年である。
20世紀は航空機に代表される輸送手段の発達も著しかったため、この期間にかなりの外来生物が出輸入、そして各国の自然界に放出され、問題になるケースが増えたのだろう。
そのような背景もあるためか、いわゆる外来種というと20世紀以降に渡ってきた種を指すことが多く、それ以前の種は帰化植物と表現する印象がある。
さらに細かくは、我が国で確定年代が分かっている17世紀の江戸時代より古いものを指す、史前帰化植物なる言葉があるそうだ(わざわざ分ける意味があるのだろうか?)。
例えば春の七草で知られるナズナは史前帰化植物に該当する。
近代の外来種も長い年月を経れば、文化にも根差して定着してくるのかもしれない。しかし、現実の被害を無視して遠い未来に期待を抱くというのではあまりにも貧弱であるから、対策はするべきであろう。
○食用
ウキクサの仲間は昔は科として独立していたが、20世紀末に亜科としてサトイモ科にまとめられた経緯があるようだ。
サトイモ科というと食用できそうな気がする。しかしながら、多くの種は劇物指定のシュウ酸カルシウムを多量に含み有毒である(恐怖の尿路結石の原因物質としても知られる)。
結"石"の主成分ということから分かるように、シュウ酸カルシウムは水に難溶で、特に常温の20℃では、100gの水に0.00061gしか溶けない[1]。
[1] W.M. Haynes, Handbook of Chemistry and Physics (96th ed.). CRC Press. p. 4-55.
フウセンウキクサに含まれるシュウ酸カルシウムの量は微量だとは思うが、沸騰した湯で煮る等の素人考えで実食する好奇心はわかなかった
だいたい、食用のサトイモやコンニャクでさえ、葉の部分を食べるという話は聞いたことがない。シュウ酸カルシウムの毒性については、ごく軽ければ舌や喉がヒリつく程度で済むとの体験談も見かけたものの、世の中には他に食べるべき美味しい食品がたくさんある。
余談になるが、在来種のウキクサについて『本邦植物図説総覧』を参照すると、古くは浮萍という生薬として解熱剤に用いたとある。薬効のあるフラボノイドを含むらしい。個人的には、上記のシュウ酸カルシウムの印象からして多量の服用は避けたい。
○素材
英語系のウェブサイトを調査したところ、バイオ燃料への研究例が確認された。
植物由来の糖やデンプンから作る燃料として、バイオエタノールが知られる。ただし、有力な原料がトウモロコシやサトウキビであり、食糧と競合する問題があったり、栽培のための開墾で自然を破壊することが指摘されたりしている。
フウセンウキクサは小さいながら、サトイモ科なだけに根にデンプンを多く含むらしい。そして、丈夫な水草であるため場所を取らず、上澄みを掬えば収穫も簡単。さらに、湿度を上げれば原料となる根と葉状体とが簡単に分離され、しかも葉状体に含まれるガスも別途燃料になるとのことだ。
安易な検索結果を翻訳サイトにねじ込んで得た情報なので信頼性は高くないものの、具体的な例として、西欧では廃水処理施設のタンクで生育しての燃料生産試験が来年から始まるらしい。
あの小さなフウセンウキクサから、果たしてどの程度の燃料が得られるのか、今のところは続報を待つことにしよう。
3. 駆除
景観を損ねるほか、水面を覆いつくすレベルになると他生物への影響や用水路の閉塞が懸念される。
町外れの池はこれまで最低限の管理しかされていなかったが、先日近隣の住宅に越してきた水精霊が悲鳴をあげたことから、清掃活動を行うこととなった。
池面は緑の絨毯のようになっている部分がいくつかあった。フウセンウキクサが主体ではあったが、複数種のウキクサ亜科や、アオミドロのような藻類が混生していたことを確認している。
実際の駆除を考えてみよう。
水系であり、他生物への影響を考えると、手段は網などで掬いとるしかない。そして、名所でもない町はずれの池に沸いた雑草を掬い取ろうと有志を募っても、集まりが悪いのは当然である。
当日は、釣竿持参の子ども、足を滑らせたら溺死しそうな爺さん婆さん、悲痛な顔の水精霊、缶ビールの入ったクーラーボックスを持ち込む筆者などが参加していた。
事前に役所から借りてきていた大きいネットを使って、作業時間は4時間ほど。
水精霊と協力してウキクサを網で囲い、地引き網の要領で引き寄せ、岸辺でまとめて回収するという工程を何度も繰り返すもので、予想以上に重労働だった。個人的には二度とやりたくない作業である。
4. 終わりに
作業後にキャンプ椅子を広げて冷えたビールを飲んでいる時、回収したフウセンウキクサが浮いているのを見つけた。一ヶ所に固められて湿度が上がったためだろうか。
昼食で肉を焼くのに火を起こしていたこともあり、フウセンウキクサの燃料としての側面を試してみたくなる。
浮いている葉状体を袋に回収し、手に乗るサイズの塊にして火に投下する。結果は、湿っている割には心なしかよく燃えるか? という程度で、あまり面白くはなかった。
作業後も残っていた釣りの子どもと水精霊から見れば、まず間違いなく不審者の行動である。近所で妙な噂が立つのも嫌なので帰る前に経緯を説明したところ、どちらにせよ常識外れだったようで、それなりに引かれた。
20XX.5 追記
2項の素材欄で述べた西欧での燃料生産試験の続報を調べた。都市部においては古い技術でも、厳しい幻想保護が求められる西欧の田舎に導入できればすごい事例になる。ただ残念ながら、試験は無期限延期になったとのこと。理由は現地の精霊の方々からの反発らしい。たぶん、引かれてしまったのだろう。