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春風と図書館

作者: 早川泉

緩く読んで頂けたら幸いです。

春は出逢いの季節だったり、始まりの季節だったりとスタートするのに適した季節で認識されているが、誰しもがスタートラインに立てる訳ではない。

分かっているのに夢を見るのが人の性と云うものか。

なけなしの五百円を手にウロウロする私。

朝ごはんどうしようなどと考えながら普段行かない脇道を通った。

すると、左手には古びた建物が。

古びているのに立派。

玄関周りはきれいに掃除されている。

「こんなところに図書館?」

長くこの街に住んでいた私さえ気づかなかった図書館。

昔は図書館が大好きで市民図書館には通っていたが今では全く近寄らなくなった。

興味本位で図書館を訪ねると、めちゃくちゃ香ばしい香りがする……。

コーヒー?

なんで、図書館でコーヒーなのだろうか?

普通、本に匂いとかつくから駄目そうなのに。

お腹が空いてるせいか、足早に出処へと近付いていく。

真っ直ぐ進んだ図書館の奥には『喫茶 春風』と記された看板があった。

がっつり喫茶店をやっていたがメニュー表等は出ていなかった。

扉がついている訳ではなく、簡易的に仕切られているのでそのまま中に入るとカウンター席のみ。

何処から現れたのか、足元で「にゃー」と、三毛猫が鳴いた。

「猫居るんだ……可愛いな、お前さん」

しゃがむと三毛猫はすり寄ってきた。

「いらっしゃいませ、お客様」

中から一人の女性が現れると三毛猫はカウンターに跳び乗り女性の元へと帰っていった。

もう少し戯れたかったが、仕方ない。

私もゆっくり立ち上がる。

「えと……」

「お席へどうぞ。今、コーヒーお持ちしますね」

笑顔の女性はキッチンへと消えていく。

去り際に金木犀の匂いがした。

春なのに金木犀。

席に座ると、見計らったかの様にコーヒーが出てきた。

「あの…私何も頼んでないです…」

「当店は水の代わりにコーヒーなんです。軽食食べますか?」

笑顔の眩しい女性はそう言うとまたキッチンへ引っ込んでしまった。

私、返事してないんだが??

「春ちゃん、お嬢さんが困惑してるよ。せっかちも程々にね」

カウンター席の左奥に座る白ひげを蓄えたおじいさんがそう叫ぶと、手にサンドイッチとスクランブルエッグを乗せたプレートを持って春、と呼ばれた女性が現れた。

「香山さん、あんまり大きい声で云わないで。恥ずかしいから。お客様もごめんなさいね。」

そう言ってプレートを私の前に置いた。

「君はここ、初めてだろ?」

「はい……」

「まぁ、それは料金取るわけではないから食べて大丈夫だよ」

「え?」

思わず春さんの顔を見ると笑顔で頷いていた。

「本当よ。練習みたいなものだから気にしないで食べて」

私はプレートの前で手を合わせてからサンドイッチを頬張った。

生ハムとレタスのサンドイッチはそのままでも美味しいが中にスクランブルエッグを入れても美味しかった。

スクランブルエッグに味がついてないので生ハムのしょっぱさが程よいアクセントになる。

「美味しい…」

久しぶりにこんな美味しい物を食べた。

コーヒーとのバランスも良い。

「こんな辺鄙な所の図書館になんで入ろうと思ったの?」

一息ついた所で春さんが訊ねてきた。

自分で辺鄙とか言って良いのだろうか?

「昔、よく図書館に通ってたので懐かしくなって。でも、入ったらコーヒーの匂いがするので更に気になりまして…」

「そりゃ、気になるよな。ワシもそれが理由で此処に通ってるしな」

図書館にあるまじき大声で笑う香山さん。

しかし誰も咎めたりはしない。

「貴女、ずばり悩み事あるでしょ!!」

何故かテンション高めの春さんはそんなことを口にした。

確かにあるといえばある。

でも何でいきなりそんなことを言うのだろうか?

疑問が頭を高速で駆け巡っていく。

ここでも助け舟を出してくれたのは香山さんだった。

「春ちゃん、だからせっかちすぎるんだよ。見なよ、困惑したお嬢さんの顔を」

「パンク……してますって顔ね。ごめんなさい。私、本当にせっかちで。ちゃんと名前すら名乗ってないわね」

「あ……そういえばそうでしたね?」

「私は立花春。三毛猫は看板猫の風。私はここの管理人なの」

「どうも……私、神崎雪です。せつは雪って書くんですけど。あ、どうでも良いですね。因みに今無職で悩んでます」

「雪さん!素敵な名前ですね」

「どうも」

あまり褒められ慣れてないのでゆっくりとコーヒーを飲み干し誤魔化した。

「ハローワークに行かなきゃなんで私はこれで。あ、全部美味しかったのでお金は払います。五百円しか無いですけど」

カウンターに硬貨を置いて帰ろうとする私の背中に声がかかる。

「あの…!良かったら此処で働きませんか?」

「え?」

今、何て?

聞き間違いかな?

振り返るのは怖いが立ち止まってしまった。

振り向かなきゃいけない……気がする。

「私で良いんですか?」

つい意地悪みたいな事を言ってしまったが春さんは笑顔で頷いて云う。

「貴女じゃないといけないんです」

「私で良ければどうぞ宜しくお願い致します」

お辞儀をすると春さんは更に嬉しそうに笑った。

春の陽光みたいな笑顔。

私にも春が来た。

スタートラインに立てたのだ。


これは、ちょっとせっかちな店主春さんと流されやすい私の図書館喫茶の物語。

彼女の今後は多分波乱でしょうが、幸せだなと感じる日々を過ごせていたら良いなと思います。


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