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自分

作者: 下原太陽

 私の習慣は山手線の最寄駅のホームにあるベンチで時間を潰すことだ。最初は駅員も心配して私に声をかけることもあったが、それも今はない。

 別に寒さが好きというわけではない。むしろ嫌いかもしれない。今だって集めのコートを羽織って、手袋を付けている。マフラーもしてるし、帽子もしている。ワックスで固めた髪は崩れるが、そんなのを気にしている場合ではない。

 「仕事は?」と思うかもしれないが、そんなの残業して終わらせてあるので心配する必要もない。私は昼食やタバコという言い訳で仕事をサボらないので、基本的に19時くらいまでに仕事は全部終わっている。それを全て実現できているのは仕事が少ないからというわけではない。むしろ年収は1000万円越えで同世代で一番出世しているので、キャリア形成はうまくいっている。俺以外がバカなのが悪い。だからここには気が済むまでいられる。

 イヤホンから流れる少し明るめな曲を聴くのが私の通常スタイルである。音を埋めないと頭が静かになって無駄なことを考えてしまうので、基本通常スタイルでいないと落ち着かない。

 突然視界にゆっくり止まろうとする電車が入ってきた。目の前のドアから私と同い年くらいの男が降りる。中にいる仕事仲間っぽいスーツを着た人たちに手を振って、電車がまた動き出すのを見送っていた。

 彼はホームから笑顔で手を振り続けたが、電車が見えなくなったくらいのタイミングで寂しげな顔が表情を奪った。そして少しの間を開けて、彼は何かを言い始めた。今聴いている音楽にも飽きてきたので、しょうがなく音楽を停止して、声を聴いてみることにした。

「どうしよう。どうしよう。どうしよう。」

目の前の彼は何かを本気で焦っている。ちょっと面白いな。私は人生生きてきて他人がガチ焦りしているのをそんなに見たことがない。多分両手には収まる。どうしたんだろう。彼女に振られたのかな。クビになったのかな。それとも何かもっとやばいことかな。そんな見えないストーリーを思い浮かべてるとちょっと楽しくなってきた。私は見てるのがバレないように目を離そうとするが、彼が私の視界と考えを独占する。

 彼はついに両手と両膝を床につけ、大粒の涙をホームの床に小さく散らす。私は浮かび上がろうとする笑みを必死で押さえ付ける。流石にこの光景は人生で見たことがない。映画でもここまで追い込まれているキャラクターはそんなにいない。滑稽すぎる。「w」が何個あっても足りないくらい面白い。おそらくギリギリ真顔を保っていられていると思うが、本当に危なくなってきた。世間では笑ってはいけないようなことだからこそより面白い。

 彼はしばらくそれを続けたあと、立ち上がった。キョロキョロと周りを見始めて体をホームに体を向けた。息を多めに吸い込んで、肩が少し上がっていた。ただ息を吐くと同時に2、3歩後ろに下がった。私は体を斜めにして、顔を覗き込んだが、彼は怖気付いたような表情をしていた。無意識に喉を鳴らして感情をバラしてしまった。彼はそれが聞こえたのか、後ろを振り向いて、ベンチに座っている私に少しづつ近づいてきた。殴られたりするのは嫌なので、私は何も見ていないフリをして顔を下に向けた。彼はしわくちゃな泣き崩れた表情で私の肩を強めに握って、こう尋ねた。

「私、死んでもいいですか?」

と。

 見てる分には面白いが関わるのはごめんなので、私は自分のイヤホンを指差し、聞こえていない風に、急いでいるフリをして、その場から逃げた。

 彼はあっさり手を緩め、私を行かせた。戻るのも不自然なので、今日は帰ろうと思った。改札を通って、振り返るとさっきの彼が改札は逆側のホームの端っこを目指して全力疾走をしていた。死ぬんだろうな。流石にそれは笑えなかった。

 私は音楽で音を埋めたまま、「おかえり」が帰ってこない自宅に戻り、寝室に直行した。私は着替えることもせず、睡眠薬を口に放り込み、イヤホンを耳から外した。頭に何かを考える隙を与えたくなかった。


 次の日、私は起きてすぐに空っぽのスマホ画面にパスワードを打ち込み、ネットニュースを読む。そこにはやっぱり私の最寄駅で男性が自殺をしたという見出しがあった。絶対に昨日の男だ。そのニュースをタップすると、自殺の場所や時間帯の他に今日の朝の状況が書かれていた。もちろん場所は私の最寄駅で、時間帯も22時半ごろと、私がそこを離れた時間と一致する。そして今日の朝、彼の家族や彼女、仕事先の同僚や先輩後輩、大勢が集り、彼が亡くなった場所に白いダリアをみんなで添えたらしい。こんなこと、身近でそうそう起きない。ただ何より私の心臓を握ったのは、彼と私が同姓同名で同じ年齢で同じ誕生日だったということだ。


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