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「え? カルティドール王国の王太子殿下が?」
私の誕生日を祝う宴から一週間が経ちました。
両陛下の私室に招かれた私が、うつけたようにそう聞き返すと、国王であるお父様がそうだと首肯なさった。
カルティドール王国は、我がビアズリー王国と並ぶ三大王国のひとつだ。
非常に優れた学者を多く輩出していることで有名な学術研究の国だが、カルティドール王国とはあまり関わりもなかったはず。そんな疎遠な国の王太子が、使節団を引き連れて我が国を訪問する?
「それは、また」
何で?
淑女らしからぬ呆けた顔でそう思ったことが筒抜けだったようで、お母様の氷河の青の瞳が冷ややかに細められた。
ちょっとの無作法も許さないとばかりに睨まれている。
こ、怖い。お兄様はお母様に似たのだわ。
「かの王太子の訪問は来月になる。いいか、クリスティーナ。くれぐれも、くれぐれもだぞ。油断など決してしないように。今まで以上に気を引き締め、猫を更に上乗せするように」
「そんな、陛下」
「ここは私的な場だ」
「……お父様」
「ちと違うな」
「……パパ」
「なんだい、ティーナ」
途端、威厳を簡単に脱ぎ捨てたお父様のお顔が、ゆるゆるデレデレに蕩けた。
パパ呼びは恥ずかしい。
前世でさえパパなんて言ったことない。
前世の我が家は珍しく父ちゃん呼びだった。女子高生がそれもどうなのと腐女子友達によく突っ込まれていたけど、物心つく前から父ちゃん呼びだったのに、今さら父ちゃん以外にどう呼べと。
そんな私が今世の父親にパパ呼びとか。
しかも相手は国王陛下。
パパと呼ぶたびもにょもにょするこの微妙な感じを察してほしい。
「これ以上養えません。多頭飼育崩壊を引き起こしてしまいます」
「何を言っているのです。それくらい被らなくては覆い隠せないでしょう、あなたのアレは」
「そうだな。ママの言うとおりだ。これまで家族や一部の側近たちだけで食い止められてきたのは、その猫たちの働きあってのこと。もっと増やしても問題はない」
「問題大ありです! わたくしの精神が磨耗してしまいます!」
「クリスティーナ。わたくしたちこそあなたのソレで磨耗しているとは思わないの?」
「まっ……ま、磨耗、しておられるのですか」
「わたくしはもう諦めましたが、お父様やルイスは諦めておりませんからね」
ぐうの音も出ません。
趣味に走ってばかりで申し訳ないです。
王女の務めを軽んじているわけじゃないわ。
いつかなされる政略結婚のために、私のBL愛はいずれ封じてしまわなければならない。
嫌だけど。本当は死んでも嫌だけど!
でも、一国の王女として生を受けたからには、その義務を放棄するわけにはいかない。十六年間ずっと贅沢な暮らしをさせてもらえたのに、その義務だけは知らないとばかりに無視しちゃいけない。
私の、王女の婚姻には大きな国益に繋がる重要な意味がある。
今までの、なに不自由ない暮らしはそのための対価だ。責任を果たす義務から逃げちゃいけない。
だからこれは、嫁ぐまでの自由なの。
タイムリミットのある、尊いBL愛期間なの。
「いいこと、クリスティーナ。あなたの婚約者となるかもしれない御方の訪問です。しっかりと王女を演じなさい」
ああ、やっぱり、と。
「畏まりました」
深々とカーテシーで応えた私は、こっそりと溜め息を吐いたのだった。