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――突然の口づけに思わず突き飛ばしてしまうアルベルト。でも相手は王太子の側近で公爵令息。
マズイ、と硬直した一瞬を見逃さなかったノアが再び唇を強引に奪い、アルベルトは身分差から抵抗に迷いが生じて隙を見せてしまう。
『エイリー様、なにを……っっ』
『ん。黙って』
執拗にねっとりと重なる唇。
僅かに開いた唇を割るように、肉厚な舌が口腔へ侵入してきた。
咄嗟に腰の引けたアルベルトの舌に追い縋るように絡みつく。逃げる舌を強く吸われ、アルベルトはへなへなとその場にへたってしまった。
それを好機とばかりにノアはアルベルトをその場に押し倒して、彼のベルトに手をかけた。潤みきった唇から乱れた吐息がこぼれ、アルベルトは最早抵抗する気にもなれず━━。
ああ、やっぱりダメね。
アルベルトの受けバージョンはいつものように完璧に妄想できるのに、どうしてノアの表情や肉体美が下手くそなモザイク加工したかのように形にならないのかしら。
アルベルトは通常運転なのに。納得いかないわ。
ノアは妄想できない変わり種だから、やっぱり睦み合う姿を直に見たい。
腐女子の沽券に関わる重大案件よ。このままにしてはおけないわ。
ノアは私にとっての鬼門ね。
見ていなさい。物凄い妄想を完成させてやるんだから!
俄然燃えてきたわ。あ、萌えかしらね。
「では王女殿下。お手をどうぞ」
「よろしくってよ」
ふふふ、とやる気に漲ったご機嫌な微笑みでノアのエスコートを受けながらホールの中央へ移動すると、モーゼの海渡りよろしく人垣が左右に割れた。
思い思いに紳士淑女が私に礼を取る。それを鷹揚に頷いて応えつつ、ノアと互いに一礼し合った。
アップテンポなワルツの曲に乗って、踊り慣れたノアと軽快なステップを踏む。ノアとは何度も踊っているから合わせやすくて楽チンね。
鮮やかな青いドレスの分厚い層がふわりと広がるたびに歓声が上がると、不意にノアがくすりと笑った。
「なに?」
「いえ、やっぱり貴女は黙ってさえいれば妖精姫だな、と。今の貴女はとても魅力的です」
「ちょっと。そこをアルベルトに置き換えてもう一度言って」
「アルベルトが可哀想だから言いません」
二度目の残念な生き物を見る目でノアが嘆息した。
なによ。さっき妄想したように、あの細マッチョを押し倒すくらいの気概を見せなさいよ。私を喜ばせなさい。
「まあ、気長に、ね」
「え? 気長に待てば、いつかアルベルトを押し倒してくれるの?」
「ティナの思考回路は致命的ですねぇ」
「そんなはずないわ。いつだって私の脳内フィルターは絶好調よ」
「一辺倒ですけどね」
「尊い偏りよ」
失礼しちゃうわ。
夜会が終わったら甘い口説き文句をアルベルトに囁かせてやるんだから。
男らしく、ベロチューくらいやりなさいよね。