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◇◇◇
「あの人は左の総攻め。あっちは右の総受け。隣も右。あ、いや、誘い受け? ちょっと待って、じゃあその一つ飛ばして右隣はヘタレ攻め? やだリバなの? リバ有り?」
「……ティナ。漏れています」
こそっと、背後に控える幼馴染みのノアが耳打ちしてきた。
私、ビアズリー王国第一王女、クリスティーナ・ビアズリーは、せっかくのお楽しみに水を差されてムッとした。
「だってノア。夜会なんて鑑賞し放題じゃない」
「こっそり鑑賞するのは構いませんが、声に出すのはダメです。貴女は外面は完璧なのに、口を開くと残念極まりないですから」
「相変わらず失礼ね」
じろりと睨めば、麗しの貴公子様が人好きのする笑顔でにこりと微笑んだ。
(━━ムカツク顔ね)
この男は自分の美しさを自覚している。どう表情を作ればより魅力的に映るか熟知している。
衆目を集める中で浮かべるべき表情を的確に選び、令嬢たちだけでなく夫人や令息の関心を惹き付けるのだ。
「あなたに外面云々などと言われたくないのだけれど。あなたこそ、衆目がなくなれば凶悪な笑みを浮かべるサディストに戻るくせに」
「人聞きの悪い。あれはティナ専用ですよ」
「私にとって需要のないサディズムは止めてくれないかしら」
「ティナが令息たちで妄想しないと約束してくださるなら、止めてあげましょう」
「あなた。私に死ねと言うのね?」
「そんなにですか……」
残念な生き物を見る哀れんだ目を向けられた。本当に失礼ね。
唐突なカミングアウトだが、私には前世の記憶がある。
地球の日本で女子高校生だった私はBLが大好きで、所謂腐女子だった。
クラスメイトや人気者の先輩、憧れの先生など、定番だけど身近な男性でいろんな脳内カップリングを楽しんでは悶絶していた。
クラスメイトがただ笑い合っているだけで、私の逞しい妄想という名の想像力は膨らみ、その都度鼻血を出した。しかも決まって両方の穴からタラリと。
鼻血で保健室のお世話になった回数は、きっと私がぶっちぎり一位だったに違いない。
保険の先生は、私があまりにも鼻血を出して訪れるものだから、心配して一度精密検査を受けてはどうかと勧めてきた。
さすがに妄想全開で鼻血を出しましたとは言えず、返答に非常に困ったものだった。
ちなみにこの保険医、二十代の年若い男性で、同じく男性体育教師と高校時代先輩後輩の間柄だったらしい。
たったそれだけのありふれた設定で、めちゃくちゃ妄想が炸裂した対象者でもある。毎日保健室に体育教師が訪ねてくるらしいと噂を耳にして、興奮が収まらなかった。ナマモノ万歳。
鼻血を出して保健室でお世話になっていたのは偶然だ。狙って鼻血なんて出せないもの。
自由自在に鼻血を出せたなら、もっと保健室に通えたのに。観察できたのに。
どうして神はその才能を私に授けてくれなかったのか。
変態?
ええ、私は変態だったわ。
その点に恥じることなど一切なくってよ。
異性愛も同性愛も尊いの。愛って素晴らしい。
そして転生した現在の私も、引き続き変態なのよ。
王女という立場上、絶対にバレちゃいけないと猫をこれでもかと被らされているけれど、変態気質は直すつもりは一切ないわね。潔い自分が大好きよ。
BLは立派な文化なの。
素晴らしい愛の物語なの。
異性愛と何一つ違わないわ。