プロローグ
ここは、三大王国のひとつとされるビアズリー王国。
豊かな土地と気候に恵まれた、妖精の住まう国として有名な王国だ。
実際に妖精の姿を見た者はいないが、真しやかに囁かれる程度には、とても美しい広大な森と湖を持つ。
そして、そうと言われる根拠がビアズリー王家にはあった。
ビアズリーの王族には、共通した特徴がある。
妖精の血を引くと噂される、人外の美貌を備えて生まれ落ちるのだ。
王家には必ず同じ色があらわれる。
ビアズリー王家以外には生まれないそれこそが、ビアズリー王国が妖精の住まう国だと謂われる由縁だった。
その件のビアズリー王宮では、今宵宴が催されていた。
煌びやかな夜会の席で、あちらこちらで固まっていた紳士淑女の方々が、揃って壇上をうっとりと見つめている。
「お美しいわね……」
「ええ、本当に」
「まるで妖精のようだと若君方が讃えておられたけれど」
「妖精姫、でしたかしら?」
ほう、と恍惚とした溜め息が貴婦人方の唇から溢れ落ちる。
壇上には国王夫妻と、王太子殿下とそのご婚約者君、そして妖精姫と謳われ、老若男女を虜にしている王女殿下と、彼女をエスコートする王太子殿下のご側近のお姿があった。
皆が一様に見惚れてしまう王女殿下は、王家の特徴である、月の雫を溶かし込んだかのような光輝く白銀の髪と、鮮やかな青い虹が煌めく神秘的なロイヤルブルームーンストーンの瞳をしており、淑やかに微笑むお姿は天の使いのようであった。
しかし、この国の若君方が恋い焦がれ、こぞって婚約を申し込む妖精姫には、未だ婚約者は定められていない。
今宵は、十六才になられた王女殿下を祝う宴だ。
いつものように、婚約者のいらっしゃらない妖精姫をエスコートするのは、エイリー公爵家の正嫡であり、王太子殿下のご側近であるノア・エイリーである。
王太子殿下と同じ二十二才だが、彼にも婚約者はいない。
背中を流れるプラチナブロンドの長髪をサイドで緩やかに結び、グレープガーネットの甘い瞳をしたノア・エイリーは、女性よりなお美しいと言われている。密かに彼に懸想する男性も少なくないらしい。
そんな彼が未だに婚約者すらいないのはなぜなのか。
ビアズリー王国七不思議の一つと噂されているとかいないとか。
今宵も麗しの妖精姫と貴公子の、まるで誂えたかのように寄り添うお姿に、若君や令嬢方は歯噛みして、紳士淑女の方々は陶然と見つめていた。