第9話「それならもう倒した」
ベルを連れてギルドに戻る頃には、既に日も傾き始めていた。
俺の隣を歩く、ベルは耳をぺたんと落とし少々俯き気味だ。
彼女が落ち込んでいる理由二つある。
一つは討伐した魔物の殆どが、雷で丸焦げになっていたため証明部位が取れなかったからだ。
今日の成果は、俺の手元にあるのはラビット種の皮と肉が2匹分。ラビットウルフの討伐証明部位と、ゴブリンの討伐証明部位。
それとタイガーベアの頭だ。こちらはベルに持たせている。
「あっ……」
「どうした?」
「いえ、何でもないです……」
目が合った。
そして何か言おうとして、口をつぐむ。
逃げ出した事に負い目を感じているのだろう。
俺自身は気にしていないし、本人にもそう伝えたのだが、そうそう切り替えれるものではないか。
これが落ち込んでる理由の二つ目だ。
「なんだか騒がしいな」
ギルドにつくと、冒険者たちが集まってざわついている。
夕暮れのこの時間だ。大方酔っぱらって冒険者同士で喧嘩を始めたか何かだろう。
「何かあったのかな?」
「さぁな。まずは報告に行くぞ」
何があったか分からないが、変に絡まれてもめんどくさいだけだ。
無視して、まっすぐギルドのカウンターを目指す。
「アンリさん! ベルちゃん!」
カウンターにいたニーナが、俺達の姿を見つけ叫んだ。
「討伐依頼の報告に来た」
「はい、報告ですね。って違いますよ! お二人は大丈夫だったのですか!?」
「話が良く分からない。説明してもらって良いか?」
ちなみに大丈夫かと問われ、ベルは苦笑している。
ニーナの大丈夫かと、ベルの大丈夫かでは大分意味が違うのだろうが。まぁこの際置いておこう。
「ラビットの森で、モンスターの大群が街に向かって押し寄せてるという情報が、今しがた入りました!」
「モンスターの大群ね」
ベルに続いて俺も苦笑をした。
「それはもしかして、タイガーベアを率いた大群か?」
「はい。もしかして、アンリさんも見かけたのですか!? 冒険者を募って、今から緊急依頼を出す所なので、帰って早々お疲れの所申し訳ありませんが」
「あー、それならもう倒した」
「はっ?」
俺の言葉に、ニーナだけでなく冒険者達も反応し、一斉にこちらを振り向いた。
俺はカウンターに討伐部位と、ラビット種の皮をカウンターに置いた。
続いて、ベルがタイガーベアの頭をカウンターに置く。
「討伐証明として、頭丸ごと持ってきたぞ」
「な、なんで頭を丸ごと持ってきてるんですか!?」
驚きの表情を浮かべるニーナに対し、ベルも困惑している。
ニーナはともかく、ベルが困惑するのは仕方がない。討伐証明部位は頭部だと、俺が嘘を教えたからだ。
「『倒した獲物をニーナに自慢したい』と言い出したから、頭部を持ってこさせた」
「ボク、そんな事言ってないよ!」
はいはいとベルをあしらう姿を見て、ニーナは何となく察してくれたようだ。
「タイガーベアを倒した自慢がしたくて頭部を持ってくるなんて。飼い主に自慢するネコさんみたいですね」
「だから違うってば!」
クスクスと笑うニーナに対し、顔を赤らめて抗議するベル。
少し和やかな空気だが、冒険者達は違った。
「おい。あの新人、タイガーベアを倒したってマジかよ」
「どうせアンリが倒しただけじゃねぇの?」
「でもアンリって、役立たずで追放されたんだろ? その後パーティメンバーにボコられたって話じゃねぇか」
「アンリをボコったドーガ達じゃ、タイガーベアを倒すのは難しいだろ。じゃあ、あの女が相当強えって事じゃねぇのか?」
遠巻きに、ベルを警戒する声が聞こえる。
これでさっきみたいに後を付けて、変な事をしようとする輩は居なくなるだろう。
「おっ」
見かけた顔があった。さっき俺達の後を付けてきた3人組だ。
「彼らがモンスターの大群が迫ってきている事を知らせてくれた冒険者達なんです」
「そうか」
俺は討伐報酬を受け取り、3人組に近づいた。
「よう、また会ったな」
「……ご無沙汰しております」
3人は必死に目を逸らし、愛想笑いを浮かべている。
もうちょっとイジメてやりたい所だが、周りの目もあるし程々にしてやるか。
「これ、忘れものだぞ」
「恐縮です」
剣を受け取り、少し複雑そうな顔をされた。
一応ふき取ったとはいえ、剣には血が付いてるからだ。このままでは錆びてしまうかもしれない。
「悪いな。勝手に使わせてもらった。こいつは弁償代と思って受け取ってくれ」
適当に金貨を数枚握らせた。多分ナマクラ2本くらいは買える金額だ。
タイガーベアを倒すためとはいえ、勝手に使った事に関しては俺が悪い。
俺に盗まれたとか変な噂を流されても困るし、これで手打ちにしてもらいたい。
実際、金貨を受け取った冒険者はほっこり顔をしているし、問題ないだろう。
「もし、また良からぬ事を考えていたら、次はお前らの首が並ぶからな」
とはいえ、金を払った事によって舐められても困る。
離れる際にボソッと耳元で呟き、クギを刺しておいた。
「ベル。そろそろ行くぞ。暗くなると宿が無くなる」
「あっ、待って」
冒険者ギルドを出ると、外は暗くなり始めていた。
まだベルは俯いたままだ。仕方ない。
「ベル」
「はい!」
ビクッと反応をするベルの頭に、そっと手を置いた。
「明日もよろしくな」
「……はい!」
満面の笑顔で返事が返って来た。
うむ。よろしい。