表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河戦國史 (漂泊の星団と創国の覇者)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
8/47

第7話 自衛軍の体質

「なんで、そんなバカなことするんだろうな?」

「上官が、バカなのさ。」

 吐き捨てるような、ベンバレクの口ぶりだ。「今後、どんな戦況が到来し得るかとか、どんな戦況になったらどんな作業がどれくらい発生するかとか、現状ではどの作業をこなせる兵士が何人いるとか、どの作業がどれくらい難しく習得するのにどれくらい手間がかかるかとか、そういうことを、ちっとも把握できてねえんだ。それでも、どんな戦況になっても、全ての必要な作業をやれる兵士が、確実にいて欲しいなんて言いやがるから、兵士全員に全部の作業をこなせるようにさせろ、なんて無茶を言うしかなくなるんだ。」

 ヤヒアも、続けて苦情を言い立てる。

「1つの作業に習熟するのにも、それなりに時間はかかるんだぜ。覚えなきゃならねえ作業の数が増えれば、1つ1つの作業を覚えるのに必要な時間も、更に長くなっちまうんだ。1つずつなら5時間もやれば覚える作業でも、2つ同時に覚えさせられたら、5たす5で10時間じゃなく、12時間とか13時間とか、場合によっちゃもっとかかかっちまう。人間なんてそんなもんさ。」

「そうだ、覚える作業の数をできる限り少なく絞った方が、1つ1つの作業の習得にかかる時間は短くなるってもんなんだ。それなのに、全員に全部の作業をできて欲しいなんて言いやがるから、習得にかかる時間も無制限に長くなる。実際には、全員が全部の作業を習得し切れてねえって、最悪の状況になっちまうのさ。」

 アブトレイカの顔にも、憤りが滲み出ている。それを横目に、ベンバレクがまた口を開く。

「それぞれの兵の習得すべき作業を少数に絞るためには、上官の管理能力が高くなくちゃならねえ。今後到来し得る戦況についての見通しの精度を上げるとか、色んな戦況に応じての各作業に必要な兵士の数を正確に見積もるとか、どの作業をできる兵が今何人ずついて何人ずつ増やせばそれぞれの戦況への対応が可能かとか、それらを習得させるのにどれくらいの時間がかかるかとか、そういうのを上官が把握できているかどうかが、重要になるんだ。

 そんでもってこの軍じゃ、上官の能力が決定的に足りてねえもんだから、兵に無制限な『多能』を求めなきゃいけなくなっちまってるんだ。」

「つまりは、部下に“ 多能 ”を求める上官ほど無能だってわけだな。1人の部下の作業範囲をどこまで絞り込めるかが、上官としての重要な能力の1つなんだからな。こんな状況を見ていると、この『セロラルゴ』管区自衛軍の幹部は無能者だらけだし、軍自体も、滅茶苦茶弱いぜ。あんなバカばかりが部門の長を務めているようじゃ、とても効率的な戦いはできねえ。どんな戦況になっても、しっかりと作業をこなせる兵が、1人もいねえことになっちまうんだからな。」

 ヤヒアに続いて、アブトレイカも見解を述べた。

「今俺たちのいる射撃管制部門の上官もバカだが、この艦の艦長ってのも、相当なバカみたいだぜ。射撃部門に人手が足らねえって聞かされたら、闇雲な人数を押し込んできやがった。人数を増やせば、人手も増えると思ってやがるんだ。人手と人数の違いが、分かってねえんだ。

 人数は、手間暇かけて教育訓練をしなきゃ人手にはならねえし、そもそもやる気のねえやつは、どんだけ手間暇かけたって永遠に人手にはならねえ。俺たちみたいに、自ら志願したわけでもなく捕虜として拘束された奴ばかりを、補充要因としてわんさか連れて来やがったんじゃ話にもならねえ。

 それに、人数に応じた施設や設備ってのも用意しねえと、教育訓練なんてできねえってのに、それも分かってねえ。むしろ、増えた人数の面倒を見ることに熟練兵の手が取られて、結果、射撃部門の人手不足は、返って悪化の一途をたどるばかりになっちまってるって、体たらくだ。」

「こんなのが、全ての部門で起こっているようだ。使えねえ人数があふれかえり、“ 多能兵“を育成するなんてほざく無能なヤツの方針によって、全部の作業において熟練者が足りてねえ状態で、決戦の時を迎えそうだぜ。」

「じゃあ勝てないどころか、戦いが始まるや否や、あちこちでトラブル続出となるかもしれないな、この部隊は。『セロラルゴ』管区自衛軍が、こんなにも無能な集団だなんて思わなかったな。銀河連邦の流儀を受け継いで、ずっとこの星団を守って来たはずなのに。」

「昔からこうじゃ、なかったはずだぜ」

 ベンバレクが、ゴドバンを諭すように応えた。「エドリーの親父のエドレッド・ヴェルビルスの頃には、完璧ともいわれる銀河連邦の流儀をしっかりと浸透させて、かなり抜け目のない管理ができていたはずだ。『トラウィ』の軍も、エドレッドの率いる『セロラルゴ』管区自衛軍と共闘した実績があるが、遠い昔であるその時の記録からは、自衛軍の管理レベルの高さが透けて見えてるんだ。親父の死から2年でエドリーのヤツは、高かったはずの軍の管理レベルを底辺にまで落っことしちまいやがったんだな。将や兵も、優秀なのはどっかに行っちまって、奴に尻尾を振ることだけが取り柄みたいな、無能なイエスマンばかりが残ったのだろうぜ。」

「以前までのレベルの高さは、古株の司令官が口にする言葉や、昔から改定されずに残っているマニュアルなんかを見ていても分かるぜ。全てを正確に把握しようと努めている上官も、古株には、少数だが居ないわけではない。詳細に至るまで手取り足取りってなくらいに、分かりやすく記されているマニュアルだって、何回か見かけたことはある。銀河連邦の定めた規格や評価基準が、当時には適用されていたからだと思うが、本当にとんでもなく高いレベルなんだ。

 そんなのも、見受けられねえわけじゃねえんだが、ごく一部になっちまっている。エドリーが統括官を務めている2年間に、段々に失われていったんだろうな。」

 ヤヒアが指摘すると、アブトレイカにも思い当たることが出て来たらしい。

「そういえば、機器や装置の整備記録などを見ても、昔と今の決定的な違いは明らかだったな。定期的なメンテが隅々にまで渡って十全に行われていた以前と、ごくたまに思い出したように実施されるメンテが、しかも粗雑でごく限られた部分だけに実施されている現在。目を覆わんばかりの劣化と言っても、過言じゃねえな。」

「数百年もの長い間『セロラルゴ』管区自衛軍は、航宙民族の侵略をはねのけて民衆の暮らしを守り抜いてきたが、その実力は、エドリーの無能さのおかげで完全に失われちまってるってことだぜ。」

(そういうことなら、「ザキ」族との戦いが激しくなれば自衛軍は、かなりの確率で大混乱に陥るだろう。数における優勢や連邦の看板効果で、自衛軍内部には楽観的な見方が広がっているみたいだけど、そんなものではどうにもなるもんか。むしろ、余裕が油断に繋がって、トラブルの芽を増やしただけだ。付け入る隙は、必ず出てくるはずだ。)

 ベンバレクの言葉に、ゴドバンはそんな感想を持った。その混乱を、どうやって脱出に繋げるかの具体策は、まだ、ちっとも見えては来ないが。

 それから後も、訓練の日々は続いた。ベンバレク達の意見を念頭に兵士たちを、特に上官である将官クラスの者たちをよく見ていると、ゴドバンにも、彼らの無能が良く分かるようになった。

「お前は、この作業はできるのか?」

などと将官たちには、何度も聞かれた。けれども、何をもって「できている」とするかの詳細な基準は、ここに連れて来られたばかりのゴドバンに分かるはずがない。

 似たような内容の作業を、これまでに彼はやった経験ならある。しかし、使っている機器は違うし、細かい手順や役割の範囲なども、同じであるはずはない。異なる組織では同じような作業であっても、「できている」の基準は違ってくるはずだ。ましてや軍と民間という相違があるのだから、求められる基準や詳細な内容には、決定的な差異が出てくるはずなのだ。

「似た作業を、やったことはあります。」

と、とりあえず彼は答えておく。すると、

「そうか、できるのか。じゃあ、それほど練習しなくても大丈夫だよな。」

などと、簡単に納得してしまっている。

 軍隊で要求される内容を、軍隊で要求される基準でやってのける自信など全くないのだが、ゴドバンの返答だけで、できるものと決めつけてしまっている。他の虜囚においても、同様だろう。これで実戦が始まれば、あちこちで不十分かつ不適切な作業が行われ、トラブルが続出するのは確実だろう。

(こんなんじゃ、この部隊は、まともには戦えないぞ。)

 上官の無能は、ゴドバンが小型の爆弾を数個も作り上げるのさえ、見落とすほどだった。訓練のために弾薬庫からランチャーへと送られた実弾から、点検を実施しているふりをしながら火薬を抜き取ったのだが、兵たちには全く気づかれなかった。

 送られた実弾が、おかしな位置で長時間滞留していても、作業内容を把握できていない上官はおかしいとすら思わない。弾薬重量がわずかに減っているが、数値をちゃんと確認しない者がそれに気づくわけもない。資材なども相変わらず、艦内を輸送中のものの中から入手できたから、手のひらサイズの爆弾など幾つでも作れた。

 あちこちの機器や設備の隙間に、ゴドバンはそれらを分散して隠した。いざという時に、いつでも武器として使えるように。

 そうこうして、ゴドバンの戦闘艦での活動が5百時間を超えた頃、

「戦闘予定宙域に移動するぞ。到着し次第、別の艦に移乗してもらうからな。その艦で、お前たちは実戦に参加するのだから、緊張感を持つように。」

と、他の虜囚たちと食事をとっている際に、兵士によって伝えられた。

(そうか、別の艦に移乗させられるのか。だったら、あっちこっちに隠しておいた爆弾は、全部無駄になるな。爆弾をもって移乗したら、さすがにバレるだろうしな。)

 しかし、それにはゴドバンは、それほどがっかりはしていなかった。

(良い練習にはなったぜ。移乗した後でも、もう、いつでもすぐに爆弾を作れる。メンテの作業以上に、爆弾作りの技能に習熟したからな。)

 爆弾の件は良かったが、移乗の命令は、厳しい現実もゴドバンに突きつけた。

(ベンバレクたちとも、引き離されちまうのか。せっかく再会できたのに。)

 戦闘予定宙域への移動には、3日を要した。タキオントンネルを使って光の千倍のスピードで宇宙を駆けるという、別の時代の者には呆れ返るような移動が行われたらしかったが、ゴドバンには何も分からなかった。

 加速重力が生じ続けていることで移動している実感はあっても、艦内の奥深くに閉じ込められていては、通常空間での移動なのかタキオントンネルでの移動なのかは、知る術がないのだった。

 大雑把には、「セロラルゴ」管区と「ザキ」族直轄域の間のどこかであると、兵士たちの会話から漏れ聞いていたところから知ることができた。それぞれと、どれくらいの距離なのかは分からなかったが、両者の直線距離が20光年弱だとの知識は、ゴドバンはジャジリから与えられていた。

(移動がずっとタキオントンネルだったのなら、「セロラルゴ」管区から南西上に十光年くらい移動したことになるか。通常空間が多かったのなら、それよりもっと短い距離の移動ということになる。いずれにしても、管区から南西上方向となれば、近くに有人の星系の無い宙域が広がっているはずだな、確か。「ザキ」族が庶民を巻き込まずに戦闘を行うつもりなら、一番好都合な場所になるかな。)

 三次元の宇宙だから、移動方向は東西南北に加え、上下も考慮してイメージしなくてはならない。管区や戦闘予定宙域などが立体的な配置図として、ゴドバンの脳裏には描かれていた。兵士に連れられて艦を後にする時にも、彼は状況把握に努めたのだ。

 移乗用のシャトルに運ばれながら、窓外に、ベンバレクたちを乗せたままの艦を見送った瞬間には、ゴドバンは微かな焦燥を覚えた。彼らが近くにいる間に、何かをするべきだったかもしれない、と思えたのだ。

 だが、ここで行動を起こしても、脱出に繋がりそうにはない。焦る気持ちをぐっとこらえたゴドバンだった。



 移乗先の戦闘艦では、2人の男と、送弾機構の1つの系統を受け持つメンテナンスチームを組まされた。いずれも虜囚だった。ゴドバンよりずっと早くから拘束されている様子だ。

「よう、相棒!俺はクレティアンって言うんだ。ゴドバンとか言ったかな、よろしく頼むぜ。へへっ!」

「俺は、ハムザだ。この3人で、とりあえずは協力して作業するわけだな、ハッハーッ!」

 やけに陽気な調子で、自己紹介をして来た。陽気にしていないと気が滅入ってしまうからと、無理に絞り出している感じもあるが、本来の性格がそうでないわけでもなさそうだ。

「あんたたち、『ザキ』族じゃないか?」

 ゴドバンの、彼らへの第一声はそれだった。

「おうっ、良く分かったな。知り合いでもいるのか、『ザキ』族に?」

「ああ。ティミムって奴と、拘束された翌日に知り合ったんだ。最初に軟禁された部屋でな。あんたたち2人ともあいつと同じで、ノッポだし筋肉質だし、なおかつ野性的な顔つきだからな。」

「おお、ティミムか」

 クレティアンは、パッと表情を明るくした。「あんな奴より、俺の方が男前なはずだぜ。一緒にしてくれてんじゃねえよ、ハハッ。あいつも、この艦に来ていたな、そういや。航路観測系のチームに入れられたらしいぜ。」

「俺たちはずっとこの艦で、そっちの訓練を受けてたんだがな、艦がこの宙域に移動したと思ったら途端に、航路観測系のメンテ作業はティミムたちに盗られちまった。それでもって、やったこともねえ送弾機構のメンテなんぞを、急にあてがわれちまった。まいっちまうぜ、ハッハーッ。」

 ハムザの言い草には、ベンバレクたちと同様な、「セロラルゴ」管区自衛軍に呆れている気持ちが見て取れた。

 今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/11/14  です。

 作者の個人的な愚痴を「トラウィ}兵たちを通じてぶちまけた、みたいな回になってしまいました。作中に述べたよな、業務を全く管理せずに丸投げばかりして自分は神輿の上でふんぞり返っているだけ、みたいな管理者には、読者様には心当たりはないでしょうか?パワハラ、セクハラ、過労死、品質偽装、不正契約などなど、企業等の不祥事が相次いでいる我が国ですが、作者にはこれらは、管理者の能力欠如が一番の原因に思えています。丸投げばかりして末端作業者に余計な負荷がかかるから、作業者間の軋轢が増えてパワハラや企業内いじめみたいなことに発展したり、部署内の状況を把握できていないから、セクハラなどの犯行に及ぶ隙を与えてしまったり、というのが多いのではないかと。過剰労働も品質偽装も不正契約も、そもそも自分の部署の作業内容を管理者が把握できていないことから、引き起こされる事象ではないかと。不十分な情報からの想像にすぎないかもしれませんが。しかし、管理者に管理能力がないことも、管理者個人だけに原因を求めるのは間違いだと思います。管理者としての能力を開発するプログラムを、この国では学校教育でも、各企業での人材開発でも、ちゃんとやっていない気がするのです。作者が目にしてきた範囲の中では、の話ですが。管理者が何をしなければ組織が有効に機能しないのかを、ほとんど誰も分かっていないのがこの国なのではないのかと思えます。役割分担や各担当の分掌範囲や詳細な作業内容を明確化・文章化しておくとか、文章と実際との誤差を定期的に点検する機会を作らなくちゃいけないとか、そんな組織運営を基礎みたいなことを、学校教育とか企業の人材開発などで繰り返しきちんと教えるようにしないといけないんじゃないかと。

 後書きでも、とりとめのない愚痴を垂れ流してしまいましたが、登場人物に個人的な不平不満を託すのも、小説を書くことの醍醐味なのだとご認識の上、ご寛容頂けると有難いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ