第5話 虜囚の兵役
「よし、お前たちは、俺について来い。こっちだ。」
(俺と同じく、小柄なのが集められたな。体格で別けやがったんだ。航宙民族の血を引いていそうな筋骨隆々のヤツらとは、引き離されちまった。)
少し不安に思いつつ、ゴドバンは自衛軍兵士の背中を追った。ティミムとも離れてしまったことが一番の不安要素だったが、贅沢を言っていられる場面ではない。
絨毯の敷かれた、瀟洒な通路に導かれる。片側に窓が、反対側に部屋のドアが、整然と並んでいる。それらを次々に通り過ぎる。どれもピタリと閉じられていて逃げ出す隙などなさそうだし、この城館から逃げ出したとて、宙空建造物からの逃走手段は目途が立たない。
(やはりここに軟禁されていては、脱出できない。)
そう再確認したゴドバンの目には、階段も飛び込んで来た。過度なほどに装飾的な手すりが、威厳を見せつけるというこの城館の存在意義を表している。先導する兵士は、その階段へと足を進めた。
階段の後には、通路を走って、その先にもあった階段を下りて、また通路を走って、もう一度階段を下りて。何度もそれを繰り返した末、瀟洒な通路や階段は過ぎ去り、コンクリートがむき出しの無機質なそれらが現れた。
(城館を出て、地下に入ったんだな。)
地下とは、宙空建造物の外周壁面の中でもある。遠心力がその “ 壁 ”を “ 大地 ”に仕立てているわけだが、“ 大地 ”の上の建物は“ 壁 ”の中で連絡している。人には地下通路と認識されるものによって。
地下通路を走った先にあったエレベーターに、ゴドバンたちは兵士に先導されて乗り込んだ。
乗り込むと一転、どんどん上る。数分がかりで加速し、十数分もの間上昇を続けたエレベーターは、その後には、数分をかけて減速した。
(円筒形建造物の中心にある回転軸の部分に、連れて行かれるんだな。)
詳しい移動経路は分かるはずもないが、エレベーターの中での体感の変化で、ゴドバンにはそれが分かった。回転による遠心力で外周壁内面に人や物を押し付け、疑似重力としているのがこの建造物だから、人に “ 上 ”と実感される方向は回転中心になるし、“ 上る ”と実感される移動は、回転中心に近づくことを意味する。
さらに外周壁面から回転中心への移動は、様々な方向への揺さぶりをゴドバンの身体に加えて来るので、それによっても彼は判断できた。
加速のために一旦下方向の重力が強くなったが、加速が終わると逆に、それが徐々に低下していくのが分かる。遠心力が弱まって行くためだ。それに加えて、コリオリの力や重力勾配の変化によって、複雑な揺さぶりがゴドバンたちを翻弄するのだった。
右に左に、前に後ろに、上に下に、彼らの体は誘導される。四方八方から伸びて来た手に引っ張られ、しっちゃかめっちゃかに掻き回される感じだった。
エレベーターの中に取り付けられた手すりにつかまって、懸命に体を固定しようとしたが、十分な安定は得られなかった。壁や人に何度もぶつかった。それでも声一つ立てず、兵士の指示や合図を見逃さないように、神経をとがらせ続けていた。
(建造物から宇宙空間へは、出られるみたいだな。いよいよチャンスは広がるぞ。)
ゴドバンの、表情に出さぬように努めた高揚を伴う、内心の呟きだ。
円筒形建造物の回転中心には、スペースポートがある。回転する建造物からの出入りは、一番動きの小さい回転中心で行うのが合理的だから。そこに連れて来られたということは、宇宙船に乗って建造物から出る為、と考えるのが自然だ。
エレベーターを降りると、金属の隔壁に仕切られた殺風景な通路が見える。幾つものポールが縦横に通路を横切っているが、それらは移動補助用のものだ。
無重力中では手ごろな間隔で蹴り飛ばすものを配置しておかないと、移動し難いのだ。無重力だから、どれを縦とし横とすべきかは分からないが、ゴドバンから見れば隣り合ったポールが十字にクロスする角度で取り付けられている。それが通路の中を、ずらりと沢山並んでいる。
次々にポールを蹴り飛ばして、自衛軍兵士は移動していった。その後ろを、5人の虜囚が追いかける。
突如、広い空間に飛び出した。
(ドックだ。・・・戦闘艦だ!)
視線を巡らせ、ゴドバンはそれを見つけた。
今通って来た通路の何百倍にも及ぼうかという、広々とした筒状の空間があり、その半分を埋めるような巨体を晒して、航宙戦闘艦が係留されていた。2百メートル以上は離れていると思われるのに、ゴドバンの視界に収まり切らないサイズだ。
直方体の中央を少し膨らませた感じの輪郭に、ニョキニョキと大小の突起が生えている。よく見ないと分かりづらいが、真ん丸の穴も、あちこちに幾つもある。レーダーシステムやレーザー銃、ミサイル射出孔に戦闘艇収容孔といったところか。破壊や殺戮への知恵と技術をたっぷりと詰め込んだ結晶物が、ゴテゴテと外殻を飾る宇宙船だ。
ジャジリと共に拘束された時に、初めて実物を目にしたのが航宙戦闘艦だった。同じものが、今また目の前にある。間違いなく「セロラルゴ」管区自衛軍の保有艦であると、確信できる。
いやな思い出がよみがえるが、この後の身の処され方を推察させてくれる景色でもあった。
(戦闘艦に乗せられるんだ。戦闘要員に、させられるってことだ。兵士の経験もない俺たちを戦闘要員に仕立てるってことは、よほど早急に戦力を増強しなくてはならない、切羽詰まった事情が出来したんだな、自衛軍には。)
高揚感が、一層激しくなる。顔に出さないのが一苦労になるくらいだ。
(脱出のチャンスが生じる可能性は、いよいよ高くなるぞ。さっきの部屋とは、全く別次元だ。兵士たちも当然、俺たちへの警戒を強めるだろうけど、きっとどこかに隙は生じる。慌てずに、冷静に、それを見つけ出さなくちゃ。)
戦闘艦へと無重力空間を飛翔している自衛軍兵士を追いかけて、自分自身も宙を泳ぎながら、ゴドバンは必死に目を凝らした。艦体の形状をできるだけ詳細に記憶して、チャンス発見への一助とするために。
(大きな戦いが、近づいているのかもしれない。もしかしたら、「ザキ」族が攻めて来たのかも。ティミムの話からすると、その可能性が一番高いな。運が悪ければ、「ザキ」族の攻撃を浴びた艦と運命を共にして、戦死なんて結末になるかもしれない。だけど、脱出のチャンスも大きくなるはずだ。それが、戦闘がもたらすはずの混乱状態というものだろう。)
心臓が胸の中で暴れるのを意識しつつ、それでもゴドバンの思考は冷静だった。
かなりの距離を飛んだ。なのに、一向にたどり着かない。艦との距離も、艦の大きさも、最初の予測を上回っていたということになる。艦体の何十分の1かという限られた部分だけですら、既に視界を埋め尽くしている。それでも、まだまだ艦とは距離が残っている。
こぶし程の大きさの、手だけを突っ込む為のものと思われたハッチが、実は人が出入りできる大きさだと気付き、距離や大きさの誤認を痛感する。それも、5人くらいが横一列に並んで通れるサイズの出入口だと気付いた時には、自分の目がおかしくなったのかと思った。
出入り口の正確な大きさが分かったところで、改めて上下左右を見回してみると、既に艦の端などは、どうやっても見えないくらいに遠くに行ってしまっていた。
いや、艦の端の部分とは、実際には遠くなっているどころか、このドックに出た直後より距離が縮まっているはずなのだが、遥か彼方に遠ざかってしまったようにゴドバンには実感されるのだ。
(なんていう巨体だ。感覚が、はちゃめちゃに狂わされちまうぜ。目の前の壁が戦闘艦の一部だということを証し立てる痕跡は、もはや視界の中には、何もなくなっちまったぞ。)
戦闘艦の大きさに驚きつつ、だがゴドバンは、脱出の隙を見つけ出す努力を忘れてはいない。目を凝らし、視線を走らせ、細かく状態を見極めようと試みる。
遠くで、同じ部屋に軟禁されていた男たちが飛翔しているのが、見える。反対側に視線を転じると、そこにも同じく、さっきまで一緒だった男たちが見えた。
(あの部屋にいた連中は、全員この艦に連れて来られたんだ。十組くらいに分けられた虜囚たちが、それぞれ別のルートを通ってやって来る必要があるくらいに、この艦は巨大だったわけか。)
妙な事実からも艦の大きさを印象付けられたが、それはそれとしてゴドバンは、虜囚たちが艦のどの部分に連れて行かれているか、必死で記憶しようとした。
(あの3人は、メインスラスターのあたりに連れて行かれているな。動力系のメンテナンス要員かな。あっちの5人は、レーザー銃が並んでいるあたりに入って行くな。でも、虜囚をいきなり射撃要員にするとも思えないから、やっぱりレーザー銃周辺の電気系統のメンテナンスだろうな。)
目に付くものに、いちいち思考を巡らせる。彼を連行している兵士に遅れないようにも気を付けなくてはいけないので、ゴドバンは忙しい。
ティミムも見つけた。5人くらいの虜囚と共に、レーダー用のアンテナあたりを目指して飛んでいるらしい。
(軍用と民間用で、仕様や性能が大きく異なる設備は、軍での経験がある者に担当させるらしいな。でも虜囚はみんな、メンテナンス要員だろう。武装を直接操作させるほど、信用できるはずはないからな。)
そんな考えに行き着いた頃に、ゴドバンは艦の入り口をくぐった。
「お前達には、艦内を巡っている資材輸送機構のメンテナンスを、やってもらう。専用のチェッカーを配るから、使い方の分からない者は、手近な兵を捕まえて聞け。もたもたするなよ。使えない作業者は、命は無いと思え。しっかり役に立って、一日でも寿命を延ばすように努めろ。」
感情のこもらない言い草からしても、脅しでも何でもないのだろう。使える奴だけ生かしてこき使い、使えない者はさっさと殺してしまおうと、本気で思っているのだろう。ゴドバンは、そう見て取った。
作業は、ゴドバンには簡単だった。ムニ一族のところでも、似たような作業はやったことがあった。チェッカーなど、使う機器は異なるものだが、しばらく眺めれば使い方は分かった。
(設備の狭い隙間に、潜り込んで行っての作業が多いな。だから、小柄な俺たちが選ばれたんだ。こいつは、物陰に隠れて色々と細工をするには、好都合なポジションかも知れないぞ。)
寝入りばなを起こされてから、十時間以上もぶっ通しで働かされた。最後にしっかり眠ったのは、もう40時間以上前だろう。ジャジリの宇宙船に設えられたベッドの中以来、落ち着いて眠る機会などなかった。それでも疲労を覚えないくらいに、作業は楽なものだった。
あまりに退屈な作業なら眠気に襲われていたかもしれないが、複雑な配置や形状をしている機器の隙間を縫って無重力空間を跳び回るメンテナンス作業は、適度な刺激があって眠くもならない。ゴドバンは、作業そのものは楽しんで取り組めた。
休憩無しの十時間に及ぶ就業時間と、6時間ほど就寝、食事はそのサイクルの間に1回だけ、というのを何度か繰り返した。かなりきつい条件の強制労働だと言える。それでもゴドバンは耐えたし、他の虜囚たちも、文句ひとつ言わずに黙々と働いた。
2回目の就寝時間中に、突如として重力が生じるのをゴドバンは感じた。艦が発進したのだろう。予告もなく艦を動かし加速重力を発生させるのは、乗っている者に危険を与える行為なのだが、虜囚たちにそんな配慮はしてもらえないらしい。壁に固定された寝袋の中にいたので、ゴドバンは体を安定させられたが、作業中にそれをやられていたら、どこかに頭をぶつけて死んでいたかもしれない。
(円筒形建造物からは、出たらしいな。どこに向かっているのか、どこを航行しているのか、何も教えてもらえそうにはないけど、加速が一時的だったことからしても、遠くへ移動しようとしているわけではないだろう。「ラバジェハ」星系の中で、しばらく訓練航行をする感じだろうか。)
それ以来一度も重力を感じることはなく、つまり、加速も減速も方向転換もしていないと思われる艦の中で、ゴドバンたちは強制労働に駆り立てられ続けた。
「バカ野郎っ!のそのそ動いてるんじゃないぞ!」
そんな叫び声と共に、誰かが殴られる音や悲鳴が聞こえたこともあった。
十分ではない食事と睡眠のせいで、てきぱきとした仕事ぶりを維持できない者がでて来るのは、無理もない。だが、殺されてしまう程使えなくなる者は、いなかった。脱出のチャンスを見つけるまで何としても命を繋いでやると、彼らは決意している。歯を食いしばって、従順な作業者を装うという戦いに、虜囚の全員が挑み続けた。
その甲斐もあって、自衛軍兵士の警戒心は、どんどん薄れて行くようだった。銃で武装した兵を、初めは数分おきに目にしたが、艦に乗り込んで50時間も過ぎた頃には、2時間に1回も目にしなくなった。武装していない兵士しか見ない時間が増えた、と思っていたら、数時間にわたって兵士を見かけない状態さえも、出てきた。
持ち物検査も、最初の3回の作業においては終了時に実施されたのだが、4回目以降はなくなった。丸腰で近くにまで寄って来る兵も、ちらほらと出てくる。背中を向けて何かを確認している時など、その一人の兵だけなら、すぐにでも打ち倒せそうな状態にもなった。
作業中、誰の目もゴドバンに注がれていない状況も、連続数時間という長さで発生したので、彼は試しに工具の一つを加工して、小さなナイフのようなものを作った。それを懐に忍ばせたりもしてみたのだが、全く気付かれないほど、兵士たちの油断は拡大しているようだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は 2020/10/31 です。
円筒形宙空建造物の中での移動についての描写も、本シリーズでは何度も出て来て、「またか」の印象を持たれている読者様が、またしてもおられるでしょう。でも、他の作品を読んでおられない読者様もおられるでしょうし、こういったディテールにこだわることが作品の基本コンセプトでもあるので、こればっかりはやめる訳には行きません。
遠心力による疑似重力の効きかたなど、実体験がないのでどこまで正確かはわかりませんが、これを詳細に描かないと、未来の宇宙の物語だとの実感を持ってもらえないのじゃないか、との思いが作者には強いのです。従来のSF作品に、こういったディテールを描写したものが見られない(探せばあるのかもしれませんが)ことへの不満が、執筆の動機にもなっているので、これからも繰り返し描き続けることになると思います。
“コリオリの力”や“重力勾配”については、以前にもどこかで説明したし、ちょっと調べれば(ウィキペデアとかで)分かるので、今回は説明を割愛しますが、地球上ではありえない、遠心力を疑似重力としている宇宙の建造物ならではの現象で、世界観構築に最適の要素です。いつか実体験ができる日が来たとして、ここでの描写に対する“答え合わせ”を、多くの読者様にやって頂くというのが作者の夢ですので、是非心の片隅に留めておいて下さい。