第4話 トラウィの国情
ゴドバンの憂慮を、ティミムは察したようだ。
「そういう奴らなのか、お前を護衛した兵士たちは。まあ、確かに『トラウィ』族と言えば、このあたりの航宙民族の中でも生真面目で一途な連中だって、昔から評判だったようだな。俺も、以前には航宙民族をやってた『ザキ』族の一員だから、そんな噂は色々と聞こえて来るんだ。」
「つまりベンバレクたちだけじゃなく、『トラウィ』族の一般的な性質なのか、あの飛び抜けた生真面目さは。ここに来るための準備の最中にもよ、俺はいつもと大して変わらない作業をやってるだけなのに、その荷物重くねえか、運ぶの手伝ってやろうか、とか、宇宙服はエア漏れしてねえか、俺も確認してやろうか、とか、滅茶苦茶気を使ってくれやがるんだ。ただの庶民だぜ、俺なんか。『ムニ』一族の者ですらない、雇われの使用人だぜ。そんな俺に、あんなにも献身的に、まめまめしく気を使ってくれたんだ。」
「そいつは想像すると、いささか滑稽だな。航宙民族はたいてい、ごつい体つきをしているもんだ。『トラウィ』の連中もきっとそうだろう。そんなヤツらが、お前のような小柄な奴にあれこれ気を使って、ちょこまかと動き回ってる姿は、素晴らしく微笑ましいぜ。」
「本当だぜ。そんで、盗賊が現れたって思った時には、目にも止まらねえ素早さで出撃して行くし、命懸けだろうってくらいの速度や軌道で戦闘艇を操って、何が何でも俺たちを守ろうとしてくれるし、気真面目にもほどがあるぜ。」
「そういえば『トラウィ』族には、他の航宙民族には無い“負い目”ってのがあるって、いつだか聞いたことがあったな。」
また目を丸くしたゴドバンが、ティミムを見つめた。
「負い目?」
「百年ほど前の、航宙民族による『モスタルダス』星団への大侵攻と略奪の直前に、やつらは航宙民族同士の戦いに敗北して、星団のすぐ外側にあったそれまでの住処を追い出されちまったのさ。敗戦の結果として、ボロボロにさせられちまった宇宙船で、当てもなく虚空を彷徨っているだけの状態で、奴らは『モスタルダス』星団に侵入して来たんだ。他の、元気いっぱいに略奪しまくっていた航宙民族どもとは違ってな。
庶民への略奪すらもままならない状態で、極限の飢えに苛まれ、もはや全滅もやむなしってところにまで追い詰められていた時に、『モスタルダス』星団内で当時は銀河連邦が直接統治していた『アルティガス』区域に流れ着いた。今の『トラウィ』王国とほぼ一致する空間を占めていたのが、銀河連邦から『アルティガス』と名付けられていた区域だ。」
「それは、俺も聞いたことがあるな。『トラウィ』族が餓死寸前でやって来た時に、『ムニ』一族をはじめとする今の『トラウィ』王国がある『アルティガス』区域に住んでいた人々が、食料や住む場所など生きて行くのに必要なものをすべて、無償で提供してやったって。戦いに負けて流れ着いた、なんてのは初めて聞いたけど。」
「俺たち航宙民族の間じゃ、抗争に負けた一族が滅亡して全員が死に絶えるんなんて、ありふれたことだ。それに、何度も侵攻や略奪で苦しみを与えて来た『モスタルダス』星団の住民には、見殺しにされても文句は言えねえはずだ。それなのに『トラウィ』族は、救いの手を差し伸べられた。」
「それが“負い目”なわけか。俺はその時代に『トラウィ』族と『アルティガス』区域の住民が、対等の関係で契約を結んだのだと思っていた。『トラウィ』族は防衛と行政だけを担当して生産活動は行わず、彼らに必要な物資は住民が税という名目で拠出する、という契約が結ばれたのだと認識して来た。」
「表向きは王と王国民の関係だが、実質は傭兵隊長と雇い主みたいなものなのだな、『トラウィ』族の長と住民の間柄は。」
「そう聞いている。航宙民族による嵐のような蹂躙の跡から、ようやく復興を遂げつつあったこの頃の『アルティガス』区域の住民には、航宙民族である『トラウィ』族の武力は頼もしかった。一方で、餓死寸前でやって来た『トラウィ』族には、住民の生産する物資が必要だった。」
「そこで住民が『トラウィ』族を、用心棒として雇うって形になったんだな。だが、防衛や治安維持が最大の課題だった時代背景から、『トラウィ』族の長を国王に祭り上げ、税という名目で物資を拠出する形にしたのだな。その方が末永く安定的に、体制を維持できると考えたのだろう。」
「それが『トラウィ』王国の実態だな。だけど『トラウィ』族が戦いに負け、全滅も覚悟しなければいけなかった状況で、住民との契約が結ばれたなんて知らなかった。それじゃ対等の関係じゃなく、『トラウィ』族の方により大きな負い目がある形の契約だったんだ。」
「もともと俺たち航宙民族の間では、長の保護責任という意識はとても強い。毎日が戦いの連続みたいな航宙民族においては、集団を守り抜く力量のない長など、殺してでも交代させなければ生き残ってはいけない。族長は全力で、一族への保護責任を果たそうとしたし、一族に属する者は厳しい目で、族長の力量を観察し評価する。族長とは初めから尊敬される存在ではなく、十分な実績を示して皆を納得させて、初めて権威を与えられる存在だと考えられているんだ。」
「だから、従来の族長が死んだらその息子たちが集団を分割相続し、その集団同士で戦うという“コンテスト”みたいな時期を経て、ふさわしい能力を持った者を新な族長として選び出そうとするわけだな。今の『トラウィ』王国が、3つの分王国に別れてしまっているのも、それだ。」
「そうだ。それほどに、集団はふさわしい力量を持った長を望むし、長は命を懸けて集団への保護責任を果たしたという実績を示し、集団からの尊敬を勝ち取ろうとする。」
「じゃあ『トラウィ』族の兵士が、俺たちを必死で守ってくれるのも、保護責任の意識の延長線だってわけだな。『トラウィ』族全員が『トラウィ』王国住民の守り手という立場でもあるからな、今の王国においては。」
「多分な。もともとある保護責任の意識に加えて、全滅を覚悟しなければならないところを救われた “負い目”も感じているから、『トラウィ』族の王国民を守らなければという義務感は、異様に強固なものとなっているのだろうな。国王やその一族と王国民という関係性からは、普通なら考えられないくらいに、『トラウィ』族は王国民を守ることに心血を注いでいるんだ。」
「けどそんなのは、ベンバレクたちが俺をあんなにも必死で守ってくれる理由には、ならないと思うんだけどな。この旅の前までは、会ったこともなかった他人なのに。ただの、使用人なのに。」
「そんなお前を守り抜けなかったことを、ベンバレクとかいう奴をはじめとした『トラウィ』族の兵たちは、心底悔やんでいるというわけか?」
「ああ、多分な。俺を連れ出してくれたジャジリも、安全だと言ったのに危険に晒しちまったって悔やんでいるだろうし、ベンバレクたちも・・。これでもし、俺が死んじまったら、あいつら、もっと・・・」
「じゃあ、生き残らねえとな。なんとしても。」
力を込めた、ティミムの言葉だった。自信があるのを示すことで、勇気づけようとしてくれている意図に、ゴドバンも気が付いた。
「当然だ。チャンスは、絶対に逃さねえ。ねえとしたら、どうしようもねえが、あるんなら、絶対に見逃さねえ。」
若者2人の視線が、交錯した。命懸けの目的の共有は、会ったばかりであっても問答無用に、友情の絆へと結実するものらしかった。
「そのチャンスだが、俺は『ザキ』族の仲間たちが、必ず作ってくれると思っている。俺たちが制圧されたって情報は、もうとっくに本拠に伝わっているはずだ。それだけの情報網を、俺たち『ザキ』族は整備しているからな。そして『ザキ』族に手を出した奴を、俺たちの族長は絶対に放ってなんかはおかない。エドリー・ヴェルビルスも愚かな奴だ。あいつが『ザキ』族を蔑視している気配は以前から感じていたが、こんな形で裏切りやがるなんて。あいつの父親と俺たちの先輩が築き上げて来た信頼関係を、躊躇もなく踏みにじりやがるなんて。俺たち『ザキ』族の兵に、こんな非道を働きやがるなんて。こんなことは自殺行為だったと、すぐにでも思い知るだろうさ。俺たちの族長が、必ず思い知らせるはずさ。」
「保護責任の意識ってやつか?」
「そうだ。俺たちの族長だって、その意識は並大抵ではない。いや、これまでのどの航宙民族の長と比べたって、俺たちの族長のその意識は、強大だ。絶対的な信頼を俺は、彼に対して持っているんだ。」
向かいの壁をにらみつけるティミムの視線には、確信が込められていた。
「確か『ザキ』族といえば、南北の『ホッサム族』に次ぐ勢力だと言われているな。その軍勢が動くとなれば、脱出の隙くらいはできそうか?この『セロラルゴ』管区の中枢である『ラバジェハ』星系をも、混乱に陥れるくらいの動きを・・」
「それどころか、ここまで乗り込んで来るんじゃないかとすら、俺は思っている。言っておくが『北ホッサム』族や『南ホッサム』族にも、『ザキ』族は引けを取らないぞ。数の面ではわずかに下回っていても、戦士1人1人の力量や団結の強さは、断然上だ。それに、何より長の勇猛さと知略が、比較にならないほどに上回っているんだ。この『モスタルダス』星団の周辺じゃ俺たち『ザキ』族こそが、絶対に最強の一族だ!」
誇張や自己陶酔ではないことが、ゴドバンには素直に理解できた。「ザキ」族の長に対する確かな実績に裏打ちされた強固な信頼と敬意が、ティミムの内側に根付いていることも。
「そう言えば俺もジャジリに、『ザキ』族の勇猛な戦いぶりについては聞かせてもらったことがあったぜ。特に族長が直接率いている軍団は、無敵なのだってな。数の上での優勢なんて族長の軍団を相手にしたら、まるで意味をなさないそうじゃないか。2倍以上の敵でも完全に圧倒してみせた戦いが、最近の戦歴の中にも幾つもあるってな。」
「そんなのは当たり前のことさ。3倍くらいまでの敵なら、勝つのが当たり前だって思ってるのが、族長の直轄軍団ってものさ。あのエドレッド・ヴェルビルスだって、どれほど厚い信頼を寄せていたか。
彼が評するには、同じ種類の戦闘艦に乗っても族長の直轄軍団が一番速く動かせるし、同じ性能のプロトンレーザーでも族長の兵こそが、最も命中率を高くできるそうだぜ。あのエドレッドが、言葉を尽くしてそう絶賛していたんだ。そこに、何ものにも臆さぬ度胸と気迫が加わるのだから、無敵でないはずがないとも、太鼓判を押してくれていたんだ。
重要な戦いにおいてはエドレッドは、必ず我が『ザキ』族に支援を要請すると、決めていたくらいなんだ。」
「なるほど、そんなにまで強いのか『ザキ』族は。族長の人柄や実績が、最強を自負する力の源泉みたいだな、お前の口ぶりを見ると。そんなにすごい人物なのか、その族長は?」
「もちろんだ。最高の英雄だと思っているさ。あの人に従っていれば、間違いない。一生ついて行くって、俺は決めているのさ。俺たち『ザキ』族の長、この『モスタルダス』星団における最高の勇者、トラベルシンにな。」
変化は、その夜に早くも訪れた。夜と言っても、天体の運行に伴う自然な明暗の変化が訪れるわけではない。ゴドバンたちが押し込まれている円筒形宙空建造物内の、全体をてらしている照明が、弱められただけだ。真っ暗にはならないが、だいぶ暗くなるし、暗くなれば人は、夜が来たと認識するものだ。
夜を認識すれば、眠くなる。いつ殺されるとも知れない身の上だが、図太い虜囚たちには、心地よい睡魔が訪れた。
布団も毛布も与えられなかったので、くじ引きに勝った運の良い6人ほどはソファーに横たわり、それ以外は絨毯の敷かれた床の上に、雑魚寝の要領で思い思いに寝そべった。
ティミムの寝息をすぐ隣に聞きながら、ゴドバンも眠りに落ちて行こうとしていた矢先だった。「セロラルゴ」管区自演軍の兵士どもが、わざとけたたましく立てたとしか思えない物音を響かせて、部屋にずかずかと入って来た。そして薄暗闇の中で口々に、寝入りばなの虜囚たちへとがなり立てた。
「起きろっ、捕虜どもっ!すぐに移動だ。もたもたするな。命が惜しければ、言われた通りにさっさと動け!」
虜囚たちは、素早かった。全員がさっと立ち上がり、文句も言わず命じられた通りに、きびきび動いた。
「お前はこっちだ。あいつについて行け。お前はあっちだ。その兵士の言う通りにしろ。」
威張り散らした命令口調にも、誰一人として反抗しない。てきぱきとした動作。駆け足での移動。こんなところで目を付けられたり、怪我なんかでもさせられるのは無意味だ。そんな思いを抱いているからこそだが、それだけではない。
(来た。チャンスだ。)
ゴドバンと同じ呟きを、全員が内心で漏らしていた。(ここに閉じ込められたままでいる間は、まず脱出の可能性はないんだ。どんな変化でも、ここにいるよりはましだ。状況の変化は、全てチャンスだと捉えるべきだ。)
その変化を速やかに進行させるべく、虜囚たちはてきぱきと行動しているのだ。
(従順を装って、油断を誘うべきだ。素直に従うやつらだと思わせて、警戒心を緩めるべきだ。)
その考えの共有も、彼らの行動に結実している。絶望的な状況からの生還を目指す虜囚たちの、わずかなチャンスをも逃さない為の一致団結した全力の戦いが、既に始まっていた。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/10/24 です。
名も無き庶民であるゴドバンのために、涙ぐましいまでに防衛責任を果たしてくれる生真面目な「トラウィ」族についての描写に対しては、「そんなことあり得るか?」との疑問の声も聞こえて来そうです。ですが、現在の我々には理解し難い人と人との関係や集団の体制というものが、歴史の中に存在する可能性も、否定できないでしょう。野蛮な民族が略奪目当てに侵略して来たはずなのに、いつの間にか助っ人の防衛要員として定住していたとか、野蛮民族が国家を打ち立て住民を支配下に置いた状態ながら、案外対等に近い関係での役割分担ができていたとか、そんな状況もあったのかなあ、なんて想像を膨らませた結果の、本物語です。侵略者が造った王国を、その王家の家宰が奪取して王位に就いたりしたケースにおいても、王位を奪われた側は外来の蛮族出身だったけど、奪った側は旧来の定住民の血筋が強い人だった、なんてことも、あるのかもしれません。
ここまでの記述で、既に具体的な歴史上の国名や人物名を思いついている歴史好きの人から、全くちんぷんかんぷんの歴史に詳しくない人まで、誰にでも楽しんでもらえるようには書いているつもりですが、歴史好きの人に、歴史の知識を思い浮かべながら読んでもらえていたら、やはり嬉しいです。
歴史好きの人と共に、宇宙好きの人にも楽しんでほしいです。この後書きを書いている日にも、ブラックホールの解明に功績のあった科学者がノーベル賞を受賞したとの報に接しました。宇宙の真実が、次々に明らかになって行くことに、ときめきを禁じ得ません。そんな先端科学が明らかにしている宇宙を、人類が生活の舞台にしたなら、そこで歴史が展開されたなら、どんな風になるだろうとの想像を、止めることができません。
歴史と宇宙への好奇心を目いっぱいにぶつけて、これからも「銀河戦國史」を書いていくつもりなので、一人でも多くの方に読んで頂いて、読者様にも歴史好き・宇宙好きになって頂きたいです。作者の勝手な願望でした。




