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銀河戦國史 (漂泊の星団と創国の覇者)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第45話 英雄の視線(本編最終話) 

 戦力的には劣る敵との戦いだったのだが、長距離を遠征した果ての決戦であったので、「トラウィ」公国軍は実力を発揮できなかった。補給や休息を考慮に入れないかなり無茶な遠征だったから、敗北は当然の結末だった。

 ゴドバンは初めから遠征に反対だったが、国王の命令とあれば出撃しないわけにはいかなかった。エセディリ艦長はじめ、かれらの艦のほぼ全員が批判的に見ていた遠征だったから、命令に従って出撃したとはいえ、いつでも退却できるような備えはしていた。

 大敗を喫したとはいえ、逃げ足の鮮やかさが功を奏して、人的被害は少なく抑えられた。だが、ゴドバンの乗っていたものも含め、ほぼすべての戦闘艦が小さからぬ損害を受けた。ゴドバン自身も、ブムニジェルという旧来の戦友を失う悲劇に見舞われた。

 たった1隻の戦闘艇の喪失が、ゴドバンの艦にとっては唯一の損害だったのだが、それがよりによって親友の戦闘艇だったのだ。窮地に陥った3個もの味方艦の退却を手助けし、5百人近い兵士の命を救う敢闘の末に、ブムニジェルの操る戦闘艇は敵艦のレーザー銃に射抜かれてしまった。

 そしてこの敗戦は、「トラウィ」公国の国力を大幅に削る結果になった。

 ガラケル王にとっては大失敗の遠征となったのだが、「モスタルダス」星団王国にとってみれば、“ 雨降って地固まる”といった効果がもたらされた。ちなみにそんな言葉は、宇宙時代には誰も知るわけがない。降雨なんて現象は、誰も見たことがないのだから。

 効果の1つは、「南ホッサム」族の方からトラベルシン王のもとに詫びを入れ、和睦を乞うて来たことだ。

――意図せず勃発してしまった戦闘により、貴国の艦隊に損害を与えてしまったことを、大変遺憾に思っている。だが、迂回ルート探索の独立商人を勝手に襲撃し、貴国艦隊に対しても非礼を振舞った我が軍内の不穏分子どもは、族長の名のもとに厳正な処罰を実施した。この措置をもって、今回の件は水に流して頂きたい――

 そんな親書が「南ホッサム」族の長から送られて来たと、定期訪問の折にトラベルシンがゴドバンに伝えた。この頃には「セロラルゴ」管区の「ラバジェハ」星系にある、かつてゴドバンが捕虜にされていた円筒形宙空建造物内の宮殿が、王の居城となっていた。

 虜囚である時には、暗澹たる絶望で眺めていた窓外の緑豊かな景色は、今は心地の良い癒しを纏って、ゴドバンの眼に飛び込んで来ている。敗北に終わった遠征の疲れも、戦友を失った悲しみも、少しは薄れるというものだ。

「軍の一部の不穏分子が勝手な行動に出たが、『南ホッサム』族としては、こちらの迂回ルート探索を妨害する意思は無いということか。友好関係を築きたいとの意思表示は、本物だと考えているのか、トラベルシンは?」

「そうかもしれぬと、期待は持っているぞ、ゴドバンよ。連中が言うには、迂回ルートを通るよりもこちらにとって、経済的に有利な程度にしか、通行料は請求しないつもりだそうだ。それ以外にも、不当な手段で強欲に『モスタルダス』から富を吸い上げることは、禁止するつもりでいるそうだ。だから、ある程度の通行料を『南ホッサム』族が収益源とすることは、認めてほしいと要求してきた。

 連中としては、『南ホッサム』と『モスタルダス』が共存共栄できる未来を求めているのだ、という主張を実務者レベルでの協議でも展開していたと、メテブの報告にはあった。」

「話だけを聞くと、良い方向に進んで行きそうに思えるけど、完全に信用し切ってはいない顔だな、国王陛下殿は。」

 すっかり砕けた調子を、ゴドバンはトラベルシンに対して貫いていた。冗談めかして恭しすぎる呼称を用いるのも、彼らの間柄の親密さの証というものだった。

「うむ。『南ホッサム』族内部も一枚岩というわけではなく、色んな主張や方針が権力者の間で入り乱れているみたいだ。『モスタルダス』への侵略を主張する勢力もあれば、属国として従えるための策略を練っている連中もいると聞く。現在かろうじて、やつらの中で主流派の地位を守っている一派が共存共栄を目指す方針でいるのは嘘ではないのだろうが、今後どうなるかは分からんな。」

「でも、両国が共存共栄できるのならば、それが一番理想的な未来じゃないか?」

「もちろんだ。奴らがどんな方針転換をしても対処できるよう、準備だけはしておきつつ、とりあえずは『モスタルダス』星団王国の方も、『南ホッサム』族との共存共栄を目指す方向で、積極的に取り組んで行くのが良いと思っている。」

「それは、ソフラナ王妃の提案でも、あるんだろうな。」

「良く分かっているじゃないか、ゴドバン。あいつがいてくれなければ、我一人では、こんな穏健で未来志向な結論には、たどり着けなかっただろうさ。それ以前に、あいつが王妃でなかったら、『南ホッサム』もこんな友好的な態度をとってくれなかったかもしれないな。」

 ソフラナの話をする時には、トラベルシンは殊の外嬉しそうな顔を見せた。2人の仲睦まじさが、ありありと透けて見える。

 チクリ、とゴドバンの胸には、未だに突き刺さる棘がある。かつて恋焦がれた女性が、こんなにも目の前の男と愛し合っているのだと、思い知らされたわけだから。

 ソフラナの胎内には彼らの愛の結晶が宿っていることも、ゴドバンは知らされていた。世襲制を採用するならば、次期国王となるのかもしれない。

 王位継承の方法をトラベルシンは規定しないつもりらしいから、そこはどうなるか分からないが、嬰児を授けられたことが王と王妃の絆を強くしたのは間違いない。

 1人の男としては、複雑な気持ちにもなる。しかし、王と王妃の蜜月は、善良な王国民としては喜ばなくてはならない。王国の明るい明日のために、それは絶対に必要なことだから。それに何より、トラベルシンによってソフラナは、秘めていた魅力や能力を存分に発揮して王国の発展に貢献するという幸福を、ずっと味わっている。それはゴドバンには、決して真似のできないことなのだから。

「つまり当面は、『モスタルダス』星団王国も『南ホッサム』族も、共存共栄を目指す方針で一致しているんだな。」

 楽観しすぎるわけにはいかないが、「南ホッサム」族は存続したままでも、彼らにとって脅威ではなくなる日がいつかはやって来るのではと、ゴドバンも期待をかけることにした。

 ガラケル王の失態を機にそんな方向に話が進むのは、皮肉なものではあっても、不快なものではなかった。失態が失脚に結びつかずに済んだのも、「南ホッサム」との関係の好転があったからなので、「トラウィ」公国としても胸をなでおろす展開だった。

 そして、ガラケルの失態が生んだもう1つの効果として、「モスタルダス」星団王国内の結束の強化があった。

 王国内でも最大規模の戦力を誇る「トラウィ」王国軍が惨敗を喫してしまった事実は、王国内各集団に、団結強化の必要性を強く感じさせた。

 権力や利害をめぐっての対立や論争は、王国が成立するや否や各集団の間でも、それぞれの集団の内部でも、とりとめがないほどに沸き上がっていたのだ。だがこの事件を機に、数年をかけて徐々にではあるが、沈静化に向かったのだ。

 目先の利益を少し諦めてでも、権力構造上のある程度の不利を受け入れてでも、とにかく王国の存続と発展を最優先に行動しなければ、自分たちにも明るい未来はない。王国内のすべての集団や権力者において、そんな考えがジワジワと受け入れられていった結果だった。

「王国の内部も、外部との関係も、安定化に向かいそうじゃないか。我らが『モスタルダス』星団王国の未来は、安泰と言って良くなったんじゃないか?」

「うるせえよ、ゴドバン。心にもねえこと言いやがって。」

 王国樹立から十年が経ったある日、皮肉を言ってからかったのがあからさまな属国からの使者に、苦笑交じりで国王が言い返した。

「ははは、国王って立場にいる者にすれば、俄然プレッシャーが高まる状況だろうな。この状況では、王国民の平和や発展への信頼は、今までにないくらいに高くなっているに違いないわけだからな、国王様は大変だぁ、あはははは・・」

「人の苦労を、笑ってんじゃねえよ。お前の言う通りさ。こういう事態になってくれば、この星団の住民が『モスタルダス』星団王国に期待することの中身も水準も、いよいよ多岐にわたるしハイレベルにもなってくる。すっかり平和で豊かな未来を期待し始めた王国民どもの顔を見せつけられると、自分の負った責任の大きさに、改めて背筋が寒くなっちまうぜ。」

 少年から青年を経て、壮年を迎えつつある使者に対し、髪に白いものの混じり始めた国王が吠える。

「だが、何年か前にも言ってたけど、あんたの代でできることには、やっぱり、どうしたって限界があるわけだろ?」

「ああ、我の次の代には、さっそく王国は試練の時を迎えるだろうさ。我が土台を固めた王国を横取りして、自分が君主として君臨してやろうと密かに画策している奴らなど、数えきれないほどいるからな。我の血縁者や近親の者たちに、色んな形で接近を図ってその可能性を探っている動きも、あれこれと報告が来ている。表面では王国の一致団結を呼びかけているやつらでも、裏を返せば、権力への野望をメラメラ燃やしていたりしやがるのさ。」

「国が分割されちまう事態も、現実味を帯びて来ているんだな。俺たちの『トラウィ』王国が、そうだったみたいに。」

「きっと、そうなるだろうさ。外からの脅威より中での分裂の方が、やはりこの星団王国の存続には、危険となるのだろうな。」

「星団の外で、今は一応『モスタルダス』星団王国の一部だと自称している集団も、王国が内部分裂すれば、態度を変えるだろうな。それを外からの脅威と考えるか、内部からの解体と見るべきか、よく分からないけど、今は1つの王国を形作っている集団が、いくつかに別れてしまう可能性は高そうだ。」

「分裂するなら、すれば良い。その後の、それぞれの君主が誰になるのか、どの集団の出身者になるのか、なども大した問題とは思わない。この星団とその周辺に住む者たちにとって、かつてよりは危険の少ない、貧しさからも解放された環境が出来上がるのならな。

 ま、といっても、これからも色んな紆余曲折があって、戦争で多くの血が流れることだって、権力闘争の挙句に混乱状態になることだって、自然災害などで王国民が貧苦にあえぐ事態だってあるだろう。

 だが、いつの日にか、ずっとずっと遠い未来になるのかもしれないが、『モスタルダス』星団とその周辺に、終わることのない平和と繁栄がやってくることを、祈りたいものだ。」

「あんたが今ここで、『モスタルダス』星団王国という巨大な共同体を作り出してみせたことは、それに向けての貴重な第一歩には、間違いなく成り得ると思うぜ。たとえ王国が分裂や解体の憂き目を見たとしても、決して無駄な一歩にはならないさ。」

「ありがとうよ、ゴドバン。道のりは、まだまだ長いだろうし、後戻りしてしまう時期だって来るだろう。多くの血も流れ悲劇も生まれるだろうし、終わらない平和や繁栄にまで、本当にたどり着けるかどうかも、分からない。

 それでも、はるかな未来にそんな可能性を、この王国を樹立したことで、わずかにでも出現させたのだと、我は思う。」

「うん、そうだな、トラベルシン。『モスタルダス』星団とその近辺に住む人々が巨大な共同体を目撃し、その結束に基づく安定や平穏を経験している現状は、この先に何があったとしても、きっと、意味のあることなんだ。」

「お前も、そう思ってくれるか、ゴドバン。お前からそんな言葉を聞いて、我が安心感に浸るってことが、増えて来たな。」

 トラベルシンが、遠くに視線を彷徨わせた。抽象画のような緑の濃淡をあらわしている森林が、その中心で鏡面のような輝きを見せる湖水が、心を癒す景観を現前している。

 だが、王の視線は、森や湖よりも、もっと遠くに向けられているらしい。

 ゴドバンも、王の視線の先を追った。

 はるか遠くのどこかなのか、はるかな未来のいつかなのか、分からないが、2人は1つの何かを、しばらくの間ずっと黙って見つめ続けていた。いや、見極めようと試みていた。

「やっぱり、見えないものは、どうやっても見えないけどね。でもそれに向けて、歩みを進めなくちゃ、いつまでも見えないままだ。」

「まあ、今できることを精一杯やりつつ、その一方で、祈り続けるとするか。それしか、ないだろうな。この『モスタルダス』星団とその周辺に、終わらない平和と繁栄が、いつの日にか、訪れることを。」

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/8/7  です。

 このシリーズのお約束ですが、本編の最終話の後にはエピローグがあります。本編がここで終わったからと言って次回を見逃すことの無きよう、読者各位にはお願い申し上げます。

 ゴドバンとトラベルシンが、なにか未来でも見えているかのような会話をしていました。実際にこの物語の下敷きとしている史実の、その後の時代のことを作者が知っているから、こんな感じになってしまっています。せっかく苦労して国を創ったのに、後には分裂や抗争が際限なく繰り返される歴史が現実世界にはあるので、国を創った物語の登場人物たちにもそれへの覚悟を持っていてもらおう、なんて発想です。分裂や抗争が繰り返されても、国を創った苦労は無駄じゃないと言わせたかったわけです。

 日本でも、千年前に律令体制という共同体が一旦出現したことの恩恵に、今日の我々も浴していると思っています。間に、ばらばらになって殺し合いを演じた戦国時代なんてものが挟まれていたとしても、一旦一つにまとまった意味は残り続けると思います。「歴史物語」というのは、登場人物と読む人の間にこんな密接なつながりがある物語の事を言うのだと思います。

 なので、エピローグに登場する、ゴドバンたちの物語を読んだ(?)人たちも見て頂かないと、本物語は成立しません。次回のエピローグを、是非よろしくお願いいたします。

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