第44話 覇王の憂慮
この戦いで「北ホッサム」族と同盟していた多くの勢力は、トラベルシンの配下に収まることを自ら希望し、「モスタルダス」星団王国の一部となった。臣下の礼をとるべく国王のもとを訪れた各集団の長が、しばらくはトラベルシンの前に行列を作ったそうだ。
星団の外に拠点を持っている「ハグイ」族を始めとした、多くの航宙民族の支族までもがトラベルシンに臣下の礼をとることを希望したので、彼の王国の範囲は星団内にとどまらないことになった。容積にすれば「モスタルダス」星団の3倍くらいが、「モスタルダス」王国の勢力範囲となったのだ。星団に収まらないサイズの巨大国家に、「モスタルダス」星団王国は膨張したのだった。
「いったい、どこまでが俺の王国の領域なんだか、さっぱり分からねえぜ。」
「この王国に属しているって肩書があるかないかで、星団の外にいる集団にとっては、拠点宙域の安全性が変わってくるらしいからな。こうなるのも、仕方がないさ。」
ゴドバンはトラベルシンのもとを、定期的に訪れるようになっていた。ガラケルが使者としては、主に彼を用いるようになったから。
「それにしてもよう、星団の外のはるか遠くの、名を知る天体が一つも無いような宙域までが、我の王国の一部ってことになっちまってるんだぜ。そこで誰かが略奪の被害にでも遭えば、我の軍が駆け付けてやらなくちゃいけねえって義務が発生しちまうんだ。気が気じゃねえよな。」
「われらが『モスタルダス』星団王国には、これまで防衛を担ってきた『ザキ』族の武勇に加え、連邦派遣軍の名望も受け継がれている。もと『セロラルゴ』管区の役人だった連中を中枢に据えることで、行政機構も充実した。あんたがやって来た寛容政策も誰もが知っているし、慈悲深いことでは定評のあるソフラナ王妃も、行政機構の幹部として参加している。王国民にとっては、これ以上にないほど信頼でき安心できる体制が、実現していると言えるんだ。こんな国なら、星団内外のあちこちの集団が参加したがるのは、当然だろう。
でもまあ、そうは言っても、とりあえずは元々の集団がかなりの独立性を保って、自己責任で防衛はやることになってるんだろ?この前も『ハグイ』族は、星団の外にある拠点への侵略を企てて更に遠くから遠征して来た航宙民族を、自力で追い払ったらしいじゃないか。そんなにトラベルシンが気を揉む必要は、無いんじゃないか。」
「確かにな、そっちの件は『ハグイ」族が、上手くやってくれたからよかったがなあ、各集団で手に負えない相手が出てきたら、我が何とかしてやらねえと、王国の存在意義が無くなっちまうだろ。各集団が王国から離反しちまったら、また星団の内外で、血みどろの抗争を繰り広げる時代に、逆戻りしてしまいかねねえじゃねえか。」
「うん、そうだな。王国の結束を維持して星団内を平穏に保つには、何があっても王が守ってくれるって信頼を、裏切るわけにはいかないよな。でも、俺たち『トラウィ』の軍も、いつでもトラベルシン王のために戦えるように準備を万端に整えているから、何でもかんでも、あんた1人で背負いこまないでくれよ。」
「ああ。お前たちの軍に対しては、我は我の直轄軍団の次に頼りにしているからな。我には手に余るくらいにでかい国の王にさせられちまって、本気で参っちまってるんだから、よろしくたのむぜ、ゴドバン。」
彼らしくもない弱気なセリフも、これだけの巨大権力を背負ってしまえば、当然のことだろうか。弱気なセリフ以上に、「モスタルダス」王国の国王などという重すぎるポストを引き受けた彼の勇気が、ゴドバンの胸を熱くさせていた。
「このままこの星団は、一つの平和な王国として、発展して行けるのかな?」
「そんな甘いもんじゃ、ねえだろうな。このまま順調に平和を維持して行くなんて、期待するべきじゃねえさ。」
「やっぱり、そうか。まだまだ、色んなことが起こりそうか。」
「今のこの王国は、我という個人への信頼や畏怖で成り立っているだけだ。俺にだって寿命があって、いつかは死んじまうんだ。その後にも王国の結束を維持するのは、並大抵じゃないだろうな。」
「今あんたに従順に振舞っている各集団も、あんた亡き後には、自分勝手な動きを見せるのかな?」
「そうだなあ・・今、各勢力の長を務めている奴らの目の黒いうちは、それなりにおとなしくしているだろう。だが、我も、各集団における現在の長も死んでしまった後に、今と同じ結束を維持するのは、至難の業だろうな。」
「特に、星団の外にいる集団は、早い段階で離反しそうだな。生活水準は、どうしても星団の外の方が中よりも低くなってしまうから、外の集団が中へと、侵略や略奪を企てて来る事態は、いつかは再発してしまいそうだな。」
「さらに、今王国に属していない集団の中にも、勢力を拡大させる連中は出てくるはずだな。それらを撃退できるほどの結束を、星団の中の集団がいつまでも維持し続けられるとも、思えない。」
「未来は、暗いままだな。せめて、南北の『ホッサム』族くらいは、もっと弱体化させておくとか統制下におくとか、しておいた方が良いような気もするぜ。」
「いや、逆だな。ある程度の脅威を残しておいた方が、星団の結束が守られる可能性が高いと、我は見ているんだ。」
「ま・・まさか、そのために南北の『ホッサム』族を、存続させているのか?」
「そのためにってつもりでも、ないんだがな。結果的にそうなったって言った方が、正確だろうな。だが、国なんてのは、ある程度の脅威を抱えているくらいの方が、結束を保てるとは思っている。全く脅威がなくなれば、内部分裂から崩壊に至っちまう可能性が高い。それも、この俺の血縁者を大将に立てた勢力どうしが、権力闘争をおっぱじめるってのが、一番危惧されることだ。
そうならないように、血縁者には冷酷なほど厳しく対処して来たんだがな、どこまで内部分裂の芽を摘めたのかは分からない。そしてそんな内部での分裂こそが、どんな強力な外部からの圧力より、王国の命運を危うくするものさ。」
「あえて外に脅威を残すことで、内部分裂の可能性を低くする策なのか。さすがは国王陛下だぜ。ずっと先の未来まで視野に入れた、したたかな戦略だ。」
「馬鹿野郎。そんな、思い通りに行くとも思ってねえよ。だが、とりあえず我は、我にできることをやっておくさ。その上で後のことは、後を引き継いだ奴らに任せるしかない。やるだけのことはやったから、後はお前たちで何とかしなって言って、バトンを渡すしかないんだ。」
「この次にこの王国を訪れる脅威は、王の後継者をめぐるものになるのかな。その前に、今度は『南ホッサム』族が、侵略を企ててくるかな?」
「それはないな。『南ホッサム』族は、侵略という形でこの星団から利益を貪るという野蛮で稚拙な方法からは、一歩も二歩も進んだところにいる。」
「やっぱり、そうなるのか?」
ゴドバンは、以前に聞いた話を思い出した。「侵略せずに利益を貪るやり方を、奴らは企てるのか?」
「そうさ。この星団も、ここからさらに発展しようと思えば、外にある大規模勢力との交流が、欠かせないものとなる。銀河連邦とも、どうにか交流を再開させなくちゃならねえだろうし、それの加盟国と貿易などを展開して行くことも、不可欠の要素となってくる。」
「そうか。今の『南ホッサム』の勢力範囲を考えれば、『モスタルダス』王国の民が外の集団と交流を持つには、奴らの支配領域を通るのが一番合理的だ。そんな俺たちから通行料を巻き上げる方が、奴らにとっては、侵略するより簡単に儲けられるのだな。狡猾だな、『南ホッサム』族は。」
「軽はずみに侵略を企ててくれた『北ホッサム』の方が、ずいぶん扱い易かったというわけだな。これだけの大勢力どうしとなると、相手の領域に踏み込んだ側の方が、確実に不利になる。こちらに踏み込んで来てくれれば『南ホッサム』族でも倒せる確率は高いが、こちらから踏み込んで行ったのでは、勝てる可能性なんて絶望的だ。」
「だから奴らは、踏み込んで来て略奪するより、外側に陣取って通行料を巻き上げるのか。やめさせるには、あっちに踏み込まなくちゃいけないけど、それをやると絶望的に不利になる。厄介な相手だな。」
「それに、貧乏人の家に押し入って根こそぎにするより、通りすがりの金持ちに、安全のためとして自分から差し出させる方が、案外実入りは多いものだ。」
「あははは・・貧乏人の金庫の中より、金持ちのポケットの中の方が、入っている財産は多いって理屈か。そうなると、生産力の低下した『モスタルダス』星団を侵略するより、いったんは平穏と安定を享受させ、十分に肥え太らせたところで通行料をせびった方が、安全かつ簡単に大金を手にできるんだな。」
「そんな策に出るってことは、『南ホッサム』族の方も自活が可能なくらいに生産力を高めていて、慌てて目先の物資獲得に乗り出す必要は無くなっているということだ。長い目で見て一番楽に沢山稼げる方法を、奴らは冷静沈着に狙いすましているのさ。」
「それは、スパイを送り込むとかして情報を得た、確かな根拠に基づく見解なのだろうな。」
「当り前だ。国王を舐めるなよ。」
「ははは、そうだな。当然だな。ならば『南ホッサム』族が、侵略より通行料を巻き上げる戦略に出るのは、間違いないわけか。『モスタルダス』星団王国は、奴らに富を吸い上げられ続けることを、余儀なくさせられそうだな。」
「富を吸い上げられ続けても、戦争で血を流すことを避けるのか、人命を犠牲にしてでも、生み出した富を全て我が手に確保し続けようとするのか、それは、我の後を継ぐ奴に判断させる以外にない。我は、それについては、何の意見も残さないつもりだ。」
「王国の結束を維持するのにも、『南ホッサム』族という脅威はあった方が良い。けど、その脅威を残していれば、いつまでも富を吸い上げられ続ける。『南ホッサム』族との関係は、末永く『モスタルダス』星団王国の悩みの種として、残りそうだな。」
「ああ。でも『南ホッサム』の処置については、我の仕事じゃない。俺の後の代の仕事だ。」
「うん。あんたは、あんたのやるべきこと、あんたにやれることを、ちゃんとやり遂げたと思うよ。バラバラだった、色んな集団が好き勝手に動き回っていた『モスタルダス』星団を、1つの王国にまとめ上げたんだ。喫緊の脅威だった『北ホッサム』族も退けたのだし、十分じゃないかな。」
「お前にそう言われると、我も安心できるぜ。自分の考えに、確信が持てるってもんだ。」
薄く笑ったトラベルシンの顔に、ゴドバンは深い感慨が止まらなかった。
国王という立場を引き受けたことで急激に責任感が強くなり、先の先までトラベルシンは考えるようになっていた。落ち着きが増し、気配り目配りにも更に磨きがかかって、隙が無くなった。トラベルシンに対して、ゴドバンが持った感想だった。
それ以上に思ったのは、彼が弱気になり、老け込んで行く速度が増した気がすることだ。
それは、背筋を寒くさせる感想だった。彼の寿命が尽きることは、この生まれたての星団王国に、大きな試練をもたらすものだから。分裂を繰り返しつつも、幾代かの王位継承を経て安定を保っている「トラウィ」王国の経験やノウハウは、トラベルシンの王国に、何らかの貢献ができるだろうか。ゴドバンは、それを考えずにはいられなかった。
ガラケル王も、その点は同じらしかった。「モスタルダス」王国の属国という立場になった「トラウィ」公国だが、「モスタルダス」王国の安定を願う気持ちは、星団の中でも彼らが最も強いかもしれない。
王国民への強い責任意識に裏打ちされて、星団の中でも高い安定を築いていた「トラウィ」王国だっただけに、「モスタルダス」星団全体の平穏への要求も、強いものがあるのだった。
平穏への強い気持ちは、しかし時には、とんでもない空回りを見せてしまうこともある。王国樹立から5年ほどたった頃、ガラケル王が、「トラウィ」公国の存立すらをも脅かしかねないくらいの大失態をやらかしたのだ。
迂回航路を見つけ出して、『南ホッサム』族の支配領域を通らずに銀河連邦の本部にたどり着こうと試みた、独立商人の一団があったのだが、それが「南ホッサム」族軍の襲撃を受け、応援要請を発した。
相当に綿密な監視網を敷いて、迂回路探索の動きを早期に発見してすかさず妨害できるように、「南ホッサム」族は警戒態勢を整えていたらしい。彼らとしても、迂回を許してしまえば収入源が断たれてしまう。
だから、必死になるのは当然だ。自分たちに通行料を払わずには、絶対に外の勢力とは接触させない。そんな決意が、高らかに宣言されたとも受け取れる。
ガラケルは、その独立商人からの応援要請を受け、急遽大戦力を差し向けた。トラベルシンに命じられたわけでもないのに、彼の公国が持つ戦力の7割近くをつぎ込んだ、大遠征部隊を派したのだった。「南ホッサム」族の脅威に苦慮しているであろう新生「モスタルダス」星団王国の、国王を忖度した結果の、出過ぎた行動と言っても良いかもしれない。
その遠征部隊が、壊滅的な大敗を喫したのだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/7/31 です。
出来上がったばかりの王国に、さっそく色んな難問が持ち上がった感じでした。「北ホッサム」という脅威がなくなるや否や、内部分裂の心配をしている有様です。選挙の時だけ協力する野党を見れば、こういう雰囲気も分かりやすいでしょうか。トラベルシン亡き後の事も心配していました。個人への畏怖や敬意が核になっているような集団は、代替わりの度に分裂の危機に見舞われます。信長亡き後の清須会議も、そのことへのいい例になるでしょうか。
わざと外部に脅威を残すことで団結を維持する、なんてやり口も、ズルいようですがトラベルシンは用いていました。共通の目標を持つと言い換えると聞こえは良くなりますし、自然災害やパンデミックなどの脅威のために団結するのなら、悪い印象はないでしょう。団結のために外部に脅威となる勢力を残すのは、是でしょうか否でしょうか?権力維持のための脅威の演出を目的として、核心的利益なんぞをでっちあげる行為と五十歩百歩でしょうか?
トラベルシンのような時代では「必要悪」かもしれませんし、古今東西にありふれた話かもしれません。こういう問いも、歴史をテーマにしている物語の醍醐味だと作者は信じています。




