第39話 ゴドバンの恋情
熱く語るトラベルシンの隣ではソフラナが、ソフラナならではの微笑みと共にうなずいていた。
使者としての責任意識からか、使者に取り立てられた自信からか、以前ほどにはソフラナを前にデレデレした自分にならないことを、ゴドバンは感じていた。今日のソフラナの服装が、露出を控えたものだったことも影響しているかもしれない。
「私たち『トラウィ』族が、王国民の皆様に感謝しているのと同じですわ。私たちも王国民のおかげで、略奪を糧とするしかない暮らしから脱することができたのですもの。
今では『トラウィ』王国領となっている宙域、それは、かつては『アルティガス』と呼ばれるのが普通だった宙域ですが、そこも銀河連邦との繋がりの強い時代に、多くの先端技術が導入されていた場所でした。敗北して宇宙を放浪していた私たちは、流れ付いた『アルティガス』で居場所を与えられただけでなく、連邦由来の先端技術を教示してもらい、定住して暮らしていく術を身に付けさせてもらいました。更には、防衛と行政を委託して頂いて、『トラウィ』王国の統治者という名誉ある立場まで、手に入れられたのです。
ですからわれら『トラウィ』族も、王国民と共に銀河連邦にも、並々ならぬ感謝の念を抱いています。」
「銀河連邦が担っていた『モスタルダス』の防衛を、『ザキ』族や『トラウィ』族が命がけで引き継ごうとしているのも、感謝の念の裏打ちがあってのことなわけだな。」
「王国領しか守っていないわれら『トラウィ』族と、星団全体を守っている『ザキ』族では、ずいぶん立場は違いますけれどもね。」
微笑みを絶やさないソフラナだが、目の奥には複雑な感情も垣間見える。
「だが『トラウィ』には、一族以外の多くの人々を、王国民として統治してきた実績がある。それも、一族を数倍する人口をだ。その経験とノウハウは、『ザキ』族には無いものだ。戦闘でいくら無敵でも、それなしには大集団はまとめられない。『セロラルゴ』管区が機能停止している今、『ザキ』族も自分たちの直轄領を安定的に治めるために、大集団に対する統治や行政の能力を向上しなくてはならない状況となってしまった。」
「そのために、2人は、その・・こうやって、こんな風に・・なることに、したわけか。」
「いや・・まあ、それは、それだけでは・・・」
「それだけでは、ありませんわよ。一人の男性として、夫として、心から愛していますわ、もちろん。」
男どもが言い淀んだ件を、ケロリと、且つきっぱりと、ソフラナは言い切った。
「まあ我も、その・・なんだ、政治的打算だけではなく、ちゃんと、あれは・・その・・気持ちは、ある・・・のだぞ。」
トラベルシンも、デレデレはしなくてもオロオロすることはあるのだと、ゴドバンは少し安心した気分で族長夫妻を見比べた。
穏やかにほほ笑む1人と、取り乱した顔の2人がしばし沈黙しているその一室に、族長への挨拶に来たらしい男が入って来た。少し前にこの施設を住居として使い始めた支族の、代表者だそうだ。それをゴドバンに対して名乗った後に、トラベルシンの前に片膝をつき、臣下の礼をとった。
「この度は我が集落を、『トラウィ』王国からの使者様の視察と謁見の場に選んでいただき、大変光栄に存じております。」
「そうか?ただ迷惑をかけているだけだから、光栄も何もないと思うがな。迷惑をできるだけ広げぬように、大仰なことはしてくれるなよ。食事も就寝部屋も、ここの住民と同程度のものを用意するのだぞ。」
「お・・おお、そうですか。そう言って頂けると、我らも助かります、族長トラベルシン様。」
「それで、ここでの生活には、馴染んで来たか?」
「ええ、それはもう、以前とは別世界の、快適な生活を送らせていただいています。」
何十年か前までは、『ザキ』族の中でもトラベルシンが直接に率いている支族が、この施設で暮らしていたらしい。族長直下の中核一族が「セロラルゴ」管区近くに移住したのに伴い、別の支族が、ここを住処とするようになったと説明された。
移住して来た支族は、もとは『ザキ』族とは別の航宙民族として暴れ回っていて、何度も『ザキ』族に討伐されては許されることをくり返した後に、いつしか『ザキ』族への合流を希望し始めたそうだ。
そういった経緯で『ザキ』族の支族となった集団の代表者であるからには、彼はティミムとは違って、恭しい言葉を族長に対して使っている。よそ者のゴドバンですら求められない言葉遣いが、支族の代表者であるこの男には必須となるわけだ。
かつては、何百人もの『ザキ』族兵士を殺害した彼らだったが、先々代の『ザキ』族の長は、彼らを温かく迎え入れたらしい。かつて与えた損害を償ったり、受けた恩義に報いたりするためには、態度にも恭しさが求められるのだ。
迎え入れた後にも反抗は起こり、少なからぬ犠牲を出したが、『ザキ』族の歴代の族長はそれを許し続けた。それどころか、自分たちの住処だったこの施設を明け渡してやって、安住の場所を手に入れさせてもやったというのだ。
「任せておいた、第6支族の一部による反乱の鎮圧は、首尾よく行きそうなのか?」
「もちろんです、族長様。すでに制圧は完了し、首謀者は厳しく処罰しましたが、後の者は不問に付してやりました。あなた方がかつて、我らにそうしてくださったように。」
「そうか、助かるぞ。これで3回目だな。お前のところの支族が、『ザキ』族内部での反乱を鎮圧してくれるのは。航宙民族から『ザキ』族に合流して間もない支族が沢山あるから、こういった反乱も後を絶たない。そんな状況でお前たちのような頼もしい配下を得て、心強く思っているぞ。」
「いえ、そのような・・。首謀者となった者は、族長であるあなたの血縁者であったので、厳しく処罰したことには戸惑いもあるのです。族長様の名に、良からぬ印象をもたらしてしまいそうで。本当にあれで、宜しかったのでしょうか?」
「もちろんだ。厳しく処罰するようにとは、我が直々に命じたことなのだからな。
族長である我と血のつながりがある者こそ、不遜な態度は許すわけにはいかない。族長の血縁者という肩書を利用して支族の親玉に成り上がろうなどという行為は、そのために支族の不満を煽り立て反乱へと駆り立てるなどという行為は、断固とした厳罰をもって報いなければならない。身内への甘さほど、集団全体からの忠誠を損なうものはないのだからな。
身内への態度については、残虐で血も涙もない族長だとのイメージをもたれるくらいが、丁度良いのさ。お前たちが厳しい処罰を断行してくれたことは、『ザキ』族の将来に大きな貢献を成すものだ。重ねて礼を言うぞ。」
「身に余る光栄です、族長様。航宙民族どもから防衛すべく、星団中を駆け回っておられる族長様の手を煩わせぬよう、一族内部の反乱におきましては、我らが全て引き受けて見せます。あなた方から受けた恩に報いるためにも、あなた方に強いてしまった犠牲を償うためにも、我らは命に代えて、我らの任務を果たすでありましょう。」
「うむ、頼むぞ。身内に厳しくしている分、血縁者から不穏分子が出るのはどうしても避けられぬ。反乱の鎮圧を任せられるお前たちの存在は、我には不可欠なものだ。」
「でも、無理をするのではありませんよ。」
ソフラナが、族長と支族代表の会話に割り込んだ。「あなた方が従える兵や民も、我ら『ザキ』族の大切な仲間なのですから、いたずらに命を浪費させてはなりません。必要と思えば、すぐに援軍を要請してください。『ザキ』族への恩に報いるにはまず、あなた方支族の民全員が、幸せになってくださらなくては。」
「ソフラナの言う通りだ。無理のない範囲で、内部の反乱を鎮圧してくれ。援軍の用意は、いつでもしてあるから、遠慮などするのではないぞ。」
「はい、族長様、ソフラナ様。有難きお言葉を、肝に銘じさせて頂きます。」
ややでき過ぎとも思えるやり取りは、使者の目の前という事情もあってのことだろうが、それでも『ザキ』族というものの本質は、ゴドバンにも良く分かった。
トラベルシンだけでなく、以前までの代々の族長も、寛大なやり方を貫いて来ていたのだ。自分たちが傷つくのも構わずに、倒した敵を許し、支援して来た。外部の航宙民族でも、内部の反乱支族でも、それは変わらなかった。
銀河連邦が彼らにしたことを、族長たちは忘れることなく、代々受け継いで来た。トラベルシンもそれを受け継いでいるからこそ、倒した敵を片端から許しているのだ。
「民政的な部分でも、何か困ったことがあるなら、遠慮なく相談してくれよ。これからは主にこのソフラナが、そういった問題には対処することになるのだがな。」
「重ね重ね、ありがとうございます、族長様。ソフラナ様を妻に迎えられて以来、我が支族だけでなく『ザキ』族の全ての支族において、暮らしぶりは良くなっております。貧困者の救済や教育施設の充実など、ソフラナ様が提案なされた政策が、素晴らしく効果を上げております。」
族長夫妻を見比べながら語る彼の眼には、眩しそうな、慕わしそうな感情が満ちている。艶やかで愛くるしいソフラナと、その隣で自然体に振舞うトラベルシン。そんな2人の放つ雰囲気が支族代表者をして、この人たちに付いて行こうとか、この人のために働こうとか、そういった忠誠を掻き立てているのがゴドバンにも分かった。
権威ではなく、徳による統率というものが、『ザキ』族において芽生えつつあるのだと実感された。
「それだけ民政上の技能が向上しているなら、『モスタルダス』星団全体の統治だってもう、トラベルシンには担えるんじゃないか?」
「馬鹿を言え」
感服に満ちた問いは、だが、すかさず否定された。「そのことには、我もずっと悩んでは来たが、どう考えても無理だ。『ザキ』族と『モスタルダス』星団では、次元が違い過ぎる。人口といい、人種的多様性といい、生活習慣の差異といい、桁違いなのだ。何とかしたいとも思って色々と試しても見たが、やはり無理だと結論付けるしかない。我らは『モスタルダス』星団においては、防衛を担うのが精一杯だ。航宙民族を討伐するために駆け回るのが、我らにできる精一杯のことだ。」
「そうかな・・。でも誰かが星団全体の統治を担わないと・・『セロラルゴ』管区の残党などでは、不安だし・・・」
「そんなことより、そろそろ場所を変えて、本題に入ろうではないか。使者としてのお前の用向きを、聞かせてもらわなければな。」
話をそらされてしまったゴドバンだったが、深追いする気にはなれなかった。当たり障りのない話をしながら、彼らは公式な謁見のために設けられた特別室に向かった。
当たり障りのない、といってもその内容は、ソフラナとの仲睦まじい夫婦生活を赤裸々に語ったのろけ話だったので、ゴドバンはどんな顔で聞けばいいやら、困惑し通しだった。
手の届かぬ雲の上の存在と認識していても、ゴドバンの中には確かに、ソフラナへの淡い恋情が未だに息づいているのだった。
だが、彼女を盗られたとかいう嫉妬心があったわけではない。そんなことより、彼よりトラベルシンの方がはるかにソフラナを理解していて、ソフラナを活かしてあげられる行動を起こしていて、ソフラナの幸せに尽力していることに、やりきれない劣等感を味わうだけだった。心惹かれた女性を、理解もできていなかったし、何らの行動も起こせなかったし、彼女への貢献にしたって、何一つできていないのだから。
のろけ話を散々聞かされている内に、いつの間にか特別室の中に踏み込んでいた。トラベルシンが着くべき玉座も、目前に迫って来ていた。
変わらぬ調子で、友人同士として話をしながら特別室に入った2人だったが、トラベルシンが玉座へと上って行ってしまうと、ゴドバンは一段低いフロアに留まらなければならない。
「では、本題に入ろうか。」
「はい・・いや、うん。」
玉座に着いたトラベルシンの声を聞くと、途端に、ゴドバンは立場の違いを認識させられた。
「つい先日、第2分王国からの第2弾の使者も、謁見したところなのだ。」
「そうです・・いや、そうか。」
一段高いところに据えられた、装飾たっぷりの椅子に座った彼の声は、俄然覇者の風格を纏っていて、これまで通りに砕けた口調で話しかけるのは憚られた。しかし、そうすることが彼との約束でもあったので、丁寧になってしまいそうなのを懸命にこらえ、普段通りの口調に努める。
「先を越されたな。行動の素早さでは、第2分王国の方が上ということかな。」
「え?じゃあ、もう、第2分王国の支持を、決定したのか?」
「わははは・・・まさかな。たった1日の違いくらいで、何も決まりはしないさ。」
「両方の分王国から繰り返し支持を要請されるなんて、『ザキ』族の長も難しい立場だな。他所の民族の権力闘争には、首を突っ込みたくないと言っていたのに、そうもいかなくなってしまった。」
「うむ」
頷く族長は、微笑の中に少しの沈痛を見せている。が、「珍しいことではないさ。同じようなことは、何度も経験している。首を突っ込みたくないことにまで首を突っ込まねば、『モスタルダス』の防衛という役割は果たし切れないらしいからな。こうなったからには支持する相手を明確にして、『トラウィ』の分裂に早急な終止符を打つことから、我は逃げるわけにいかぬな。」
「どちらを支持するのか、気持ちは固まっているのか?」
親しい間柄ではあってもこの問いを発する時には、緊張を感じずにはいられなかった。
「第2分王国は、国民を戦闘には巻き込まないという義理を忠実に守り、内紛も航宙民族対策も、あくまで『トラウィ』族兵士だけで乗り切ろうとしている。国王のその意志に打たれ、兵たちも一致結束して、難局に臨もうとしている。その姿は健気であり、尊敬に値するものだ。第2分王国に属する王国民もブアジン王を信頼し、王の庇護のもとで安心して日々の生活を送っていると聞く。
その点、第1分王国のガラケル王は、軍の強化を優先して王国民からも兵を募り、王国民の生活に多大な悪影響を与えて来た。お前の家族や同僚だって、お前の身を心底から不安視しているというのも、我は聞き及んでおるぞ。
自分たちだけで防衛を背負い切るという、『トラウィ』族の祖先からの誓いを、ガラケル王は裏切ったと言っても良い。」
「うん、その通りだな。『トラウィ』族だけで防衛を担おうとしている健気な第2と、一般王国民を巻き込んだ身勝手な第1って解釈は、否定のしようがないな。じゃあ、やっぱり、第2の方を支持するのか?」
厳しい返答に備えたゴドバンが、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/6/26 です。
ゴドバンとトラベルシンのやり取りを通して、ザキ族の統治実態を描いた場面でしたが、作者としては力不足を最も痛感させられる箇所でもあります。使者の前だからでき過ぎの会話になったなんて作中で言い訳している支族の代表者とトラベルシンの対話も含め、わざとらしく白々し印象の拭えないシーンが続きました。基本設定にも表現力にも、まだまだ決定的に未熟な部分があるようです。
身内に厳しくしているというトラベルシンの態度についても、モデルとなっている歴史上の人物が身内に対して残忍だったという文献上の記事を受けてのものでしたが、あまりに単純な正当化だったかもしれません。日本の歴史上でも身内に対して残酷な措置をとったエピソードはたくさんあり、一方で身内への甘さや優遇措置が問題視される事件が現代の日本の為政者に頻発していて、こういったことを深みのある文章で表現できる力量をどうにかして会得したいと切に願っています。何をどう努力すればいいのか皆目見当もつきませんが。
今後、少しずつでもマシな作品を作り上げるべく頑張る所存なので、読者様に置かれましては引き続き、「銀河戦國史」に目を通してやって頂きたいと思っています。




