表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河戦國史 (漂泊の星団と創国の覇者)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
39/47

第38話 ガラケルの使者

 その後数日の間、ゴドバンはトラベルシンの座上艦にとどまり、トラベルシンと意見交換をしたり、ティミムを始めとした彼の部下に艦内を案内してもらったりした。『ザキ』族軍の戦術に関してまで、詳しいレクチャーを受けたのだった。

 充実した時間であり、有意義な経験が沢山できた。その中で、ソフラナに話しかけられる場面も幾度となくあったのだが、そのたびにゴドバンは逃げた。

 彼女が視界に入っただけで、口角が上がり始めている自分に気付かされる。どうしても、デレデレした態度になってしまう。他の男たちと同様のだらしない笑顔を、彼女に見せることを避けられそうにもない。

 そう思うと、彼女を慕う気持ちを上回って、彼女に近づきたい本能を凌駕して、逃げ出したい衝動が彼を支配するのだった。ゴドバンはとうとう、ソフラナと面と向かって話す機会を、一度も持てなかった。

 そんな王女を、自然体でエスコートしているトラベルシンの姿も、ゴドバンは何度も目撃した。誰よりも彼女に近く寄り添っているのに、誰と比べてもデレデレした雰囲気がなく、力みも緩みもない顔で過ごせている。

(なんで、あんなにも魅惑的な人の隣で、あんなにも自然体でいられるんだろう?)

 その点にも、ゴドバンはトラベルシンに、統治者としての非凡な素質を認めざるを得なかった。

 生まれながらの王者気質というものが、あるのだと感じさせられた。自分にはない、人の上に立ち、人を率いる気質。それが遺伝なのか、成長環境によってはぐくまれるものなのか、よく分からない。

 だが、ソフラナの隣にいても自然体でいられる彼の気質が、大きな集団を率い統治する者としてのそれと、深いところで繋がっているのではないだろうか。ゴドバンには、そんな気がして仕方が無かった。

 徳というものを、ゴドバンはトラベルシンに見出しているのかもしれない。権威とは違う、集団を率いる能力の一つだろう。

 力で押さえつけ、本人の意志や要望に関係なく、支配者が誰かを自分の言葉に従わせる力、それが権威だろう。

 その点、徳というのは、多くの者に、こんな風に振舞えるようになりたいとか、こういう人間でありたいとか、思わせる能力ではないか。言葉に従うのではなく、生き様を真似たいと思わせる力だ。個々人の要望を押さえつけて従わせる権威とは違って、個々人の要望そのものが、指導者の理想とする方向に合致していく。強引にそうするのではなく、自然にそうなっていく。それが、徳という力ではないか。

 ソフラナの隣に立つトラベルシンは、そんな徳を身に纏っているように見える。徳を纏うために、ソフラナを妻に選んだのではないか、とすら思えてくる。意識してそうしているのではなくとも、天性の王者の素質が、ソフラナの隣で自然体に振舞える自分を見せつけることが、多くの者に徳を感じさせるのだと本能的に察知しているのかもしれない。

 ソフラナと共にいるトラベルシンを見るたびに、この人のようになりたいとか、この人について行こうとか、この人の指し示す方向に進みたいとか、この人のもとで一つにまとまりたいとか、そんな衝動が湧いてくるのをゴドバンは感じていた。

 周りの人たちの反応を見ても、そんな衝動が自分のものだけではないと感じられる。ソフラナの隣にいるトラベルシンを見た誰もが、彼を王者と認めずにはいられなくさせられてしまうのだ。

(権威だけでは、多くの人を末永くは、統率して行けそうにないものな。)

 ゴドバンは、いつしかそんな風に考えるようになっていた。(権威には、それが通じる人数にも、時間の長さにも、限界があるよな。押さえつけて従わせようとするんじゃなくて、自分から付いて行こうと思わせるのじゃないと、大きな集団を末永く安定的にまとめて行くことは、できないんだろうな。だからトラベルシンは、打ち負かした敵を配下に従えたり、各集団に防衛への協力を求めることを、しなかったのかな。)

 今まで納得できなかった彼の一連の行動が、権威ではなく、徳によって「モスタルダス」星団をまとめ上げるという目的を持ったものだったのかもしれないと、ゴドバンは考えるようになった。そしてそれを、恐るべき思慮遠望だとも感じた。

 本人に聞けば否定するだろうし、自覚もしていない可能性が高いけれど、トラベルシンは無意識の内に、本能的に、権威よりも徳を重んじた統治の仕方を志向していた可能性があるわけだ。そうだとしたら、まさに、生まれ持った天性の王者気質ではないか。

 あれこれと知識を得たり感銘を受けたりしているうちに、あっという間に帰国の時がやって来た。

「おう、何だゴドバン、返って来たのか。てっきり『ザキ』族の一員になっちまうのかと思ってたぜ。」

 冗談めかしたホスニーだったが、どこか本気で言っている印象もあった。

「そんなわけないだろ。俺は『トラウィ』で生まれ育ったんだからな。『ザキ』族に、なるわけないだろ。」

「いやいや。『ザキ』族だって、いわゆる政治的集団ってヤツで、生まれや育ちは関係ない、都合と打算で集まっている連中なんだ。数年前まで別の民族に帰属してたやつらが、『ザキ』族内にはゴロゴロといるんだ。お前だって、いつだって『ザキ』族になれるんだ。」

「でも俺は『トラウィ』に居たいし『トラウィ』が好きなんだ。」

「そうか。じゃあ、好きにしな。」

 不愛想に言い放ったホスニーだったが、表情は嬉しさを隠しきれていない。「トラウィ」族の兵士として、「トラウィ」王国民にそう言われることほど心に響くものはないらしかった。

 第1分王国領内に戻って来てすぐに気付かされたのは、第2分王国との戦闘の激化だった。つい昨日まで共同行動をとっていた相手とのことだから、ゴドバンには強い違和感が催す。共に戦い、危機を乗り越え、長らくの帰途をも共にし、艦を並べて宇宙を渡って来たのだ。

 その第2分王国の軍と、今日からは血で血を洗う激闘を再開しなければならない。頭も心も、ついて行けない。そんな気分にさせられた。

 遠征軍を送り出したことで隙が生じていることを期待した第2分王国は、第1分王国に奇襲攻撃を仕掛けたらしい。が、奇襲を仕掛ける側も遠征軍を出しているわけだから、攻撃部隊の充実しているはずはない。力不足の奇襲攻撃は、思うように成果を上げられない。

 逆に、自分たちの側の防御に、大きな穴をあける結果となった。

 兵力不足の第1分王国だったが、大穴の開いた第2分王国軍の防衛網に、付け込まない手はないと考えた。結果、互いが互いの王城近くに橋頭保を築いて睨み合う、という事態に至っていた。喉元に刃を、突き付け合った状態だ。

 そして両陣営が、共に危機感にかられることとなり、同じ行動を起こすことになった。

 トラベルシンに、支援の要請をしたのだ。「ハグイ」族の掃討戦に援軍を向けてくれたことで、第1の王も第2のも、トラベルシンへの親近感を強めたらしい。自分をこそ支援してくれるものと両王が期待し、支援要請の使者を立てたそうだ。

 トラベルシンのもとから帰ってくるゴドバンたちと入れ替わるようにして、王たちの使者はトラベルシンのもとへと急いだ。今頃は、それぞれの使者による支援獲得に向けたアピール合戦が、彼のもとで展開しているはずだという。

「情けないな。どちらも『ザキ』族の戦力を、当てにしなくちゃいけない状況だなんて。」

「仕方ないさ。『ザキ』族のあの戦力を見せつけられたら、それを味方につけた方が絶対に勝つと思うしかない。」

 そんな会話をホスニーとゴドバンが交わした翌日、ゴドバンはエセディリ艦長から、驚きの指令を受ける。

「我が分王国のガラケル王が、お前に会いたがっている。ゴドバン、至急向かってくれないか?」

「は?ええ?お・・俺に、か?王が、俺に、会いたがってる、って言うんですか?」

「ああ。お前とトラベルシンの間柄を聞き及び、交渉の切り札にできるかもしれないと、考えたらしいぞ。」

「俺が、国王の外交交渉の、切り札に・・だって?」

 本来の駐屯宙域に戻ってすぐに、ゴドバンたちはまた、旅立たなくてはならなくなった。

 敵部隊が橋頭保を間近で構えている王城に向かうわけだから、危険を伴うものだ。ゴドバンは、彼の乗る中型戦闘艦に送られて、彼の小隊だけでなく、大隊規模の物々しい護衛までつけられて、王のもとを訪ったのだった。

「こ・・国王陛下に置かれましては、ご・・ご機嫌うる・・・」

「よいよい、そんな型通りのあいさつは、抜きにしよう。」

 第3分王国のガラケル王が、ゴドバンの散々練習してきた挨拶の言上を遮った。

「え?い・・良いのか、あっ、いや・・・良いのですか?そんなんで。」

「良いわい。わしは『トラウィ』族の者どもにとって王であるが、一般の『トラウィ』王国民にとっては、ただの行政府の長だ。そんな堅苦しい挨拶を聞かされる立場ではない。で、さっそく要件だが・・」

 知っていたはずの「トラウィ」族の思考傾向だが、国王の口から聞くと改めて驚く。支配しているのではなく、あくまで行政を委託されているだけというのが、「トラウィ」国王の認識なのだった。

「トラベルシンが支援の相手を決めるにあたっては、まず第一に『北ホッサム』族との対決への、決意や準備のほどを重視すると私は思います。ですが、一般王国民を巻き込まないという姿勢にも、彼は強い共感を覚えているように見受けられました。」

 国王の問いに、ゴドバンは記憶を探るように視線を巡らせながら答える。

()の族長のもとには、私が滅ぼした第3分王国の王女が嫁いでいるのだが、そのことは、彼への支援要請に差し支えないものだろうか?」

「遺恨に関しては、心配なさらなくても良いと私は思います。ソフラナ様からは、怒りや恨みといった情動は、感じられませんでした。ですが、防衛は『トラウィ』族だけで担うべきだとの矜持は、今も変わらずに強く持たれているようでした。」

「一般王国民を巻き込んででも航宙民族との対決の準備を進めるわれらと、『トラウィ』族だけで防衛を担おうとしている第2分王国と、判断は微妙だということだな。」

「頭では、準備を進めることが最優先だと考えつつ、気持ちの面では、『トラウィ』族だけで防衛を背負い切ろうとしている第2への共感がある、というところでしょうか。」

「我ら第1分王国が一般王国民からも兵を募り、軍の強化を図ってきたことが、トラベルシン殿にどう評価されるかだな。王国民への責任転嫁と受け止められれば、彼は第2分王国の方を支持するかもしれん。だが、やって来たことを素直に告げた上で支持を乞うしか、今はあるまい。ゴドバンよ、お前が使者に立って、そのことをトラベルシン殿に伝えて来てくれないか。」

「し・・使者?王から王への使者なんて、もっと高い身分の人がやることじゃ・・」

「お前とトラベルシン殿の間柄を考慮すれば、他に適任者などはおらぬのだ、頼む、引き受けてくれ。」

 思いもよらぬ重大任務を与えられたが、断る理由もないし、トラベルシンに会いに行けることはゴドバンには単純にうれしいことだった。当然、彼は引き受けた。



 重力のある環境は、やはりゴドバンにはつらかった。1時間も経たないうちから、全身が悲鳴を上げ始めていた。

 そんな彼を気づかってか、トラベルシンは1Gの負荷がかかる最下層エリアの見学を、手短に切り上げてくれた。

「1Gの環境でないと上手く育たない作物があるなんて、俺は知りもしなかったよ、トラベルシン。まあ、そもそもバイオオリジンフードなんて、俺には縁がないものなんだけどね。こんなのを一般の集落で量産しているんだから、『ザキ』族の支配宙域っていうのは進んでいるな。銀河連邦との繋がりが強かった過去を持つことを、良く分からせてくれる事実だね。」

 同じくらいの大きさの小惑星を2つ、人工の構造物で連結し、それを回転させることで遠心力を生じさせている。施設を作り込むにあたっては、小惑星の表面から液化させてある特殊樹脂を、浸み込ませた上で固化させる技術が用いられている。その処理を施した上で刳り抜かれた小惑星の内部には、人の住める環境が創出されている。特殊樹脂が、気密の確保と宇宙線の遮断を、両方とも実現しているのだ。

 簡便且つ低コストに建造できる、宇宙の居住施設だった。開発したのはもちろん、銀河連邦だ。千人くらいを養えるし、疑似重力もある。更には、農作物の栽培や家畜の飼育もできて、バイオオリジンフードを全住民にたっぷりと振舞えるというのだから、至れり尽くせりだ。

 回転軸から最も遠い外側が、疑似重力も一番強く作用していて、1Gになっている。中心に近づけば、つまり中の人間には“ 上“と認識される方向に移動すれば、疑似重力は弱くなっていく。3つあるフロアの最上層にまで来れば、疑似重力はゴドバンにも楽に過ごせる強度となった。

「航宙民族として暴れまわっていた我が『ザキ』族を、激戦の末に打ち破って討伐した直後に銀河連邦は、こんな素晴らしい施設を提供してくれたのだ。もう、何百年も前の話だがな。

 その後にも、何度も反抗して、この施設の中でも千人近くの連邦軍兵士を犠牲にしたこともあったのだ。それでもわれらを見限ることなく、連邦は支援を続けてくれ、こういった施設を使っての略奪に頼らない暮らしを教え込んでくれた。

 ああやって辛抱強く許し続けてもらうことでしか、我らは野蛮で獰猛な種族を脱することはできなかっただろう。いまでも全ての『ザキ』族の民には、連邦への感謝の念が絶えないのだ。」

「だから『ザキ』族も、何回でも討伐した航宙民族を許すし、生活の支援も続けているんだったな。配下に従えて、自分たちの戦力に加えることも強要しないで。」

「航宙民族が略奪生活から抜け出すのに、こういった寛容や忍耐がどれほど不可欠であるかを、俺たちは身をもって味わっている。そして航宙民族たちは、討伐するだけでなく文明化してやらなくては、『モスタルダス』に本当の平穏はやってこない。武力で手に入るのは一時の安全だけだ。末永い平和を得るには、寛容がどうしても欠かせない。許すのは相手のためではく、自分たちの明るい未来のためにこそ必要なのだ。」

 弱目の疑似重力でふわふわのソファーに押し付けられながら、ゴドバンたちは言葉を交わしていた。重力に慣れない体でも、これなら無理なく過ごせるのだった。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/6/19  です。

 小惑星2つを連結させた人工宇宙建造物は、どこかで見た覚えがあると思われている読者様がおられると、作者としては喜ばしいです。別作品でも登場させていますので。

 同じアイディアを使いまわすなんて発想の乏しいヤツ、とのご意見もあろうかと思いますが、銀河連邦という同じ組織の支援活動なので、使われる技術も同じになってしまうわけです。この作品でも他の作品でも、銀河連邦は脇役的な存在ですが、銀河戦國史シリーズ全体においては主役級の存在に仕立てたいと目論んでおり、各作品でちょっとずつアピールしているのです。同じ技術を使っての支援活動を地道に続けている銀河連邦を、色んな作品の中でチラッチラッと見せるという作戦に、意味や効果が有るのか無いのか、不安と楽しみが入り乱れた心境で作者は過ごしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ